八話 前編
遠征任務前日の夕刻。
第五師団の談話室には、新人とベテランを含め、およそ五十名が集められていた。
そこで今回の任務内容が説明される。
思っていたより人数が多い。
そう感じた理由はすぐに分かった。
第六師団は少数精鋭で構成されている。
今回の任務でも、同行するのは二十名ほどらしい。
不足分は第五師団で補うという形だった。
説明が終わると、副師団長から指示が出る。
各自準備に入るため、その場は解散となった。
出発は翌朝早朝である。
「遠征ってどんな感じなんだろうな……」
「遺跡の調査もあるんだろ?なんで専門家に頼まないんだ?」
「何か理由があるんだろ。頼めないか、頼む必要がないか」
「それにしても、第六師団って本当に少数精鋭なんだな。師団長が、あれだからか?」
その言葉に、周囲も納得したように頷く。
ユキレスティア。
人付き合いをほとんどしない。
無表情で、静かで、近寄りがたい。
それが大方の印象だった。
シオンも最初はそう思っていた。
だが実際は違う。
ロイやユアンとは軽く言い合いをし、時には冗談も交わす。
昼頃になると、第六師団宿舎裏の温室へ向かう姿もよく見かける。
その時だけは、どこか機嫌が良さそうだった。
ただし、大勢の前で笑う姿はほとんど見たことがない。
「一度でいいから、目の前で笑ってるの見たいよな……」
「花束渡した時、遠くて見えなかったんだよな」
「あの時は笑うっていうか、微笑んでたな。デラフトは見たら死ぬかもな」
「いや、あの方の顔で死ねるなら本望だろ」
「ほんと単純だなお前ら」
「儚い……尊い……それだよな……」
「年齢いくつなんだろうな。シオン、お前知ってるか?」
「いや、聞いたことない」
そういえば――とシオンは思う。
女性に年齢を聞くのは失礼。
幼い頃、母に強く叱られた記憶がある。
その影響で、そうした話題にはどうしても躊躇いがあった。
「よし、準備できた!」
「俺も問題ない!」
「じゃあ飯食って、さっさと寝るか」
翌朝。
荷物を持って談話室へ向かうと、すでに何人か集まっていた。
「あれ、女性陣は?」
「まだ来てないだけだろ。朝は時間かかるんだよ」
先輩隊員が笑う。
任務前にも関わらず、空気はどこか緩い。
時間さえ守れば、ある程度自由なのが第五師団の特徴だった。
やがてナーゲルが入室する。
軽く挨拶を交わし、雑談をしている間に女性陣も揃った。
「よし、全員いるな。整列して裏門へ向かうぞ!」
やけに機嫌のいいナーゲルに、先輩たちは苦笑する。
シオンたち新人は、ただ元気だなと思うだけだった。
裏門には数台の荷車が並んでいた。
その中に一台だけ、白を基調とした装飾付きの上等な車がある。
その前に幹部たちが立っていた。
一般兵は荷台へ。
装飾付きの車には師団長と副師団長が乗る。
荷物を積み終えた後、全員に集合がかかる。
ロイの隣には、ひどく眠そうなユキが立っていた。
副師団長たちはその後ろに控えている。
「本日より三日間、合同遠征を行う。新人には少々堪えるかもしれんが、これも訓練だ。慎重に行動しろ。独断行動は原則禁止。違反すれば罰則とする」
その隣で、ユキは舟を漕いでいた。
サイラスが肩を叩くが反応は鈍い。
身体がふらついている。
それに気づいたロイは、ユキの頭を両手で掴み、やや強めに揺さぶった。
「……出発するぞ」
「はい……すみません……痛い……!」
涙目のまま、ユキは半ば引きずられるように車へ乗せられた。
その光景に新人たちは呆然とする。
一方でナーゲルだけは満面の笑みだった。
――――――――――
「……頭が割れそう」
「少しは目が覚めただろう」
「ええ、おかげさまで」
ユキは頭を押さえながらぼやく。
ロイはため息をついた。
本来なら二日で終わる規模の遺跡だった。
しかし新人教育のため、一日延長されている。
ユキは何度も反対したが、総司令官ユアンに却下された。
過去には遺跡調査中に単独行動を取り、迷子になったこともある。
その結果、第六師団全体に罰則が下され、ユキ自身も外出制限を受けた。
それでも懲りず、今回も隙を見て単独行動に出ようとする。
だがロイに捕まり、そのまま担ぎ上げられた。
「先に中を確認する」
「了解しました。逃がさないようお願いします」
「任せろ。行くぞ、じゃじゃ馬」
「誰がじゃじゃ馬よ!降ろして!」
言い合いながら、二人は遺跡の中へ消えていく。
残された者たちは呆れつつも、すぐに動き出した。
「各自グループを組め。第六師団は周辺警戒。第五師団は野営地の確保と防御準備だ。魔物には十分注意しろ」
「新人は俺についてこい!」
「了解!」
それぞれが持ち場へ散っていく。
――――――――――
遺跡内部は、蜘蛛の巣と湿った空気に満ちていた。
暗闇を好む魔物が、あちこちを徘徊している。
普通なら足を踏み入れるのも躊躇う場所だ。
だがユキは迷いなく進んでいく。
「少しはゆっくり歩け」
「そんな余裕ないわ。早く見て回らないと」
ロイは呆れたように息をつく。
「遺跡以外の趣味を持て」
「結構よ。私はこれが好きなの」
やがて二人は、壁一面に壁画と文字が刻まれた空間へたどり着く。
ユキはすぐに調査を始めた。
周囲など気にも留めない。
ロイは壁にもたれ、その様子を見守る。
しばらくして、足音が近づいてきた。
「お疲れ様です。確認に来ました」
「シオンか。他は?」
「戻ってしまいました。自分だけ来ました」
ロイは呆れつつも許可する。
シオンは室内を見渡し、ユキに視線を向ける。
だが声はかけない。
「ユキはあそこだ。今は話しかけても無駄だ」
「すごい集中力ですね」
「ただの趣味だが、今はやめておけ」
静かな時間が流れる。
シオンはロイの隣に立つ。
「……すごいですね」
「何がだ」
「全く読めません」
ロイは小さく笑う。
「俺もだ。ほとんど分からん」
「それでも任せるんですね」
「あいつの領分だ」
少し間が空く。
「ユキ師団長って、昔からああなんですか」
「人付き合いが苦手なのは昔からだな」
ロイは静かに続ける。
「昔は病弱でな。外に出られなかった」
「……そうなんですか」
「その代わり、本を読んでいた。古代語もその頃だ」
シオンは納得する。
「だから遺跡が好きなんですね」
「まあな」
沈黙。
水の滴る音だけが響く。
「……嫌われてるんですかね」
「気にしているのか」
「少しだけ」
ロイは短く言う。
「気にするな」
その時。
「……終わった」
ユキが顔を上げた。
一面の解読が終わったらしい。
軽く首を回す。
そして二人に気づく。
「……いたの」
「確認に来ました」
「そう」
短い返答。
だが次の瞬間。
地面が唸る。
軽く説明を交わす中、突如地面が揺れた。
遠くから咆哮が響く。
「今のは!?」
「外からです!」
「ユキ、戻るぞ!」
「わかった!」
三人は出口へ向かって走り出す。
その時だった。
大きな揺れと共に、ユキの足元が崩れた。
「ユキレスティア!!」
ロイが手を伸ばす。
しかし届かない。
ユキの身体は、そのまま奈落へと落ちていく。
――次の瞬間。
シオンが迷わず飛び込んだ。
「シオン!!?」
「師団長は先へ!!」
二人は闇の中へ消える。
ロイは歯を食いしばる。
だがすぐに踵を返した。
――あいつなら大丈夫だ。
そう信じ、地上へ向かって走り出した。




