七話 後編
「合同遠征なんかしなくても大丈夫。自分の師団員だけで十分よ。合同は却下します」
「その申し出を却下させてもらう!」
「なんで!?絶対いや!新人なんて足手まといよ!それに第五師団員でしょ!?関係ないじゃない!」
「いやいや〜、第五師団と第六師団は兄弟みたいなものだろう?仲良くなるにはいい機会じゃないか」
「お断りします!」
「そのお断りを拒否しまーす!」
執務室に響くのは、いつものようでいていつも以上に騒がしい応酬だった。
突然現れたユアンとアリシアは、任務内容の書かれた紙を差し出す。ユキはそれを受け取ると、一読しただけで眉を寄せた。
「……こんなの、認められるわけないでしょう」
即座に拒否する。だがユアンはどこ吹く風だ。
「まぁまぁ、落ち着いて」
「落ち着いていられるわけないでしょ!」
言い合いは平行線のまま続く。
ユキは小さく舌打ちすると、隣で困ったように笑っているアリシアへと矛先を変えた。
「アリシア!どうにか言ってよ!このお花畑の頭にも分かるように!」
「すみません……私では止められそうにありません」
あっさりと見放される。
ユキは深く息を吐き、今度はサイラスを振り返った。
「ならサイラス。何か言いなさいよ。副師団長でしょ」
「この中では一番下の立場なので、無理です」
「……使えない」
ぴしゃりと切り捨てるが、サイラスは肩をすくめるだけだった。
(いつものことだが……今日は特に機嫌が悪いな)
そう内心で呟いた直後、パン、と軽い手拍子が鳴る。
視線を向ければ、満面の笑みを浮かべたユアンが立っていた。
「はい、決定!総司令官からの正式な指令だよ」
嫌な予感しかしない。
「明後日、第五師団と第六師団、計七十名を率い――メルメリカ王国西側、エスプランドル領で発見された遺跡の調査を命じる」
一拍置いて、さらに続ける。
「期限は三日。第五師団長ローウェルと連携し、明日正午までに名簿と物資申請書を提出。いいね?」
有無を言わせぬ口調だった。
数秒の沈黙が落ちる。
「……………………はい」
絞り出すような声で、ユキは答えた。
「よしよし!じゃあよろしくね〜!」
「すみません、お願いしますね……」
満足げに笑うユアンと、申し訳なさそうに頭を下げるアリシア。そのまま二人は嵐のように去っていった。
残された執務室には、重たい空気だけが残る。
ユキの周囲に、じわりと黒い気配が滲んだ。
机に向かい、書類を手に取る。扱いはやや乱暴だが、処理は正確だ。紙は次々と整えられていく。
(怒っていても仕事は完璧……本当に厄介だ)
サイラスが小さく息を吐いた、その時。
執務室の連絡機が鳴った。
「はい、第六師団執務室、副師団長サイラスです。……ああ、お疲れ様です」
相手は食堂の料理長だった。注文していた食材がすべて揃ったという連絡だ。
「分かりました。すぐに受け取りに向かいます」
通信を終え、サイラスはちらりとユキを見る。
依然として機嫌は最悪だ。近づけば斬られそうな空気すらある。
(さて……どうしたものか)
少し考え、慎重に口を開く。
「料理長から連絡です。依頼していた食材が揃ったそうです」
反応はない。
「それと……良いリンゴが手に入ったそうですよ」
その瞬間だった。
「リンゴ……?」
ぴたりと手が止まる。
「リンゴって言った?」
ゆっくりと顔が上がる。先ほどまでの空気が嘘のように、瞳がきらりと輝いていた。
「はい。リンゴです」
「食べる!!私、取りに行ってくる!!」
言い切ると同時に、ユキの姿は風のように消えた。
嵐が過ぎたあとのような静寂が訪れる。
サイラスは額を押さえた。
「……誰か、追いかけてくれ」
すぐに待機している師団員へ連絡を入れる。
「ユキ様が一人で食堂へ向かわれた。至急同行を」
返事は早かった。これでひとまず安心だ。
リンゴはユキの大好物だ。理性より先に体が動くほどに。
(全く……分かりやすい方だ)
そう思いながらも、わずかに口元が緩む。
しばらくして、ユキは戻ってきた。
手には紙袋。そして――すでにリンゴをかじっている。
「……ユキ様」
「なに?おいひいよ」
口いっぱいに頬張りながら答える。
「行儀が悪いです。食べるなら座ってください」
「新鮮なうちに食べないと勿体ないでしょ」
まるで反省の色がない。
結局、軽く注意するだけに留まった。
その様子を見ていた師団員の一人が、小声で耳打ちする。
「リンゴ、総司令官が手配したそうです」
「……なるほど」
サイラスは天井を仰いだ。
(完全に手のひらの上だな)
嬉しそうにリンゴを食べるユキを見ながら、小さくため息をついた。




