七話 前編
シオンが騎士団に入隊して、ひと月が過ぎようとしていた。
第五師団では、日々の業務や雑務を通して適性を見極める。そのためシオンも様々な職務を経験し、できることが増えていた。
そんな中で、彼に最も適した仕事が見つかり、専属になりかけている。
それは、副師団長ナーゲルの補佐だった。
ある日のこと。
シオンはナーゲルの手伝いとして執務室にいた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!! 師団長ぉぉぉお!!!どこやったんですかァァァ!!!」
「探しているのだろう。そんなに叫ぶな」
「無理です!!!!」
重要書類が行方不明になり、三人で探し回る事態になった。
叫び続けるナーゲル。無言で探すシオン。そして、探しながらさらに散らかすロイ。
ようやく書類を見つけ、総司令官ユアンのもとへ届けると、当然のように呆れられた。
この仕事には新人も交代で入っていた。
しかし戻ってくる者は、疲れ果てているか、怒りに震えているか、あるいは半死半生だった。
理由は単純だった。
執務室が、執務室とは思えないほど散らかっているのだ。
シオンはナーゲルに確認しながら、少しずつ整理を進めた。
だが毎日新しい書類が届くため、作業はまるでいたちごっこだった。
まず期限で分類する。
古いものを優先し、新しいものは後回しにする。
しかし重要書類は例外で、その都度確認が必要になる。
実際に、他師団へ回すべき書類が第五師団で滞り、大問題になったこともあった。
第六師団長ユキから苦情が入り、ユアンが乗り込んできて、ロイが締め上げられたのだ。
その光景を、シオンとナーゲルは部屋の隅で震えながら見守っていた。
シオンの父も怒ると恐ろしい人物だった。
しかしユアンの怒りは、それとは質が違う。笑顔のまま容赦がなく、相手を動けなくするほどの威圧を放つ。
その結果、ロイは療養室送りになりながら書類整理をする羽目になった。
シオンはその時、心に刻んだ。
――総司令官ユアンには逆らうな。
――第六師団関連は最優先で処理しろ。
こうして作業を続けた結果、一ヶ月後にはようやく床が見えるようになった。
慣れもあり、シオンは効率よく動けるようになっていた。
もともと家事に慣れていたこともあり、身体を動かす作業は得意だった。
今では専属の掃除兼整理要員として、執務室に常駐することが増えている。
ナーゲルからは感謝され、追加の報酬も出るようになった。
本人は「片付けただけ」と思っているが、口には出さなかった。
入隊から数週間が過ぎた頃。
シオンは執務室の整理だけでなく、いくつかの任務にも参加していた。
最初の任務は、王都近郊の巡回だった。
魔物の出現が増えているとの報告を受け、第六師団と合同で行われたものだ。
その時、初めてユキレスティアとしっかり顔を合わせた。
「第五師団の新人か」
「はい。本日、同行させていただきます」
シオンが頭を下げると、ユキは一瞬だけ視線を向けた。
だがすぐに興味を失ったように前を向く。
「足を引っ張らないで」
「……はい」
それだけだった。
会話は続かず、任務中も必要最低限の指示しか飛んでこない。
他の団員には細かく声をかけているのに、自分にはほとんど何もない。
シオンは違和感を覚えながらも、任務に集中した。
二度目は、物資輸送の護衛任務だった。
街道を通るため危険は少ないが、盗賊対策として人員が割かれていた。
道中、シオンは一度だけユキに声をかけた。
「あの、この先の分岐ですが――」
「分かってる」
言葉はそれだけで遮られた。
視線すら向けられない。
その直後、ユキは別の団員に同じ内容を確認していた。
まるでシオンの存在だけを避けるような動きだった。
三度目は、小規模な魔物討伐任務だった。
数は多くないが、連携が重要になる場面だった。
戦闘自体は問題なく終わった。
シオンも的確に動き、周囲の援護にも回っていた。
任務後、装備の確認をしていると、ユキが近くを通りかかった。
シオンは思い切って声をかける。
「お疲れ様です」
「……」
一瞬だけ足が止まる。
だが返事はない。
そのまま、何事もなかったかのように立ち去っていった。
――やはり、自分だけ対応が違う。
そう確信した瞬間だった。
理由は分からない。
思い当たる節もない。
それでも、無視に近い扱いを受け続ければ、さすがに堪える。
気にしないようにしても、頭のどこかに引っかかり続けた。
執務室に戻れば、いつもの騒がしさがある。
ナーゲルの叫び声も、ロイの大雑把さも、今では少し落ち着くものになっていた。
だからこそ、余計に際立つ。
ユキの態度だけが、明確に冷たかった。
――何かしたのか。
――それとも、何もしていないからなのか。
答えは出ないまま、時間だけが過ぎていく。
そしてようやく、総司令官へ相談する機会ができたのだった。
「こっちは整理終わりました。期限切れは優先処理をお願いします。こちらは印鑑のみなのでナーゲルさんへ。これはサインと印鑑が必要なので、後ほどロイ師団長へ」
「わかった。助かる」
仕事は順調に進み、部屋にも余裕が出てきた。
そのためか、ナーゲルとロイの顔色も明らかに良くなっていた。
「俺、今思ったこと言っていいっすか?」
「なんだ」
「シオン……お前、師団長になってくれ」
「無理です」
「ナーゲル、お前は死にたいのか?」
軽口を叩き合う中、ナーゲルは本気だった。
「シオンの方が仕事が早いし、部屋も綺麗になる!他師団にも迷惑かからない!」
「……後で第一から順に書類を届けてこい」
「イヤだァァァ!!」
そんなやり取りが日常になっていた。
その時、扉がノックされる。
ナーゲルの表情が一瞬で輝いた。
「失礼するよ。ロイ義兄様、いる?」
「ああ、ユキか」
第六師団長ユキだった。
彼女は書類を差し出し、淡々と用件を伝える。
シオンは気づいていた。
ユキは自分にだけ、どこか冷たい。
挨拶はされる。
だが目を合わせない。
話しかけても、反応が薄い。
思い切ってロイに相談すると、返答は曖昧だった。
「気にするな、そのうち慣れる」
そう言われるも納得できないまま時間だけ過ぎていった。
そして今日、総司令官とゆっくり話す機会ができた。
いつも通り補佐官のアリシアと共に現れた彼は、部屋を見ると驚いていた。
「おや、片付いてるね!」
「新人のおかげです!」
「そう!何か褒美をさずけないとね!何がいい?」
この流れで、シオンへ話が振られるが、この事を話していいのか悩んでいた所、ロイが察して代わりに伝えてくれた。
「ユキが冷たくてへこんでるかぁ。」
「はい……。」
ユアンは少し困った顔をしてから言った。
「君が悪いわけではないよ。ただ……君のお父さんが関係している可能性があるかもね」
思いもよらない言葉に、シオンは絶句する。
父は騎士団時代の話をほとんどしなかった。
ユキの名前も聞いたことがない。
つまり、自分は何も知らないまま影響を受けているということだった。
納得できない。
だが怒りの矛先もわからない。
そんなシオンに、ユアンは軽く笑いかける。
「そのうち本人から聞けばいい。ちょうどいい機会もあるしね」
「機会?」
「合同遠征だよ」
第六師団との共同任務。
遺跡調査の護衛だった。
「一緒に行けば、自然と話す機会も増えるだろう?」
そう言ってユアンは去っていく。
残されたシオンは、小さく息を吐いた。
不安はある。
だが同時に、少しだけ期待もあった。
――もしかしたら、関係が変わるかもしれない。
そう思いながら、終礼のの時間となり、自室へと戻っていった。




