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いろいろあるが学園は平和だ。そう思っていた。
「リュカス・クワイエット!!」
先日、家を通して関わるなと忠告だけで済ませていたはずの当の本人が声を掛けてくるまで。
「…………」
呼ばれたが無視する。
いきなり人に指をさして呼び捨てする輩の話を聞く義理はない。
「逃げるのか。こっちの身分が低いからと差別するのか!! 学園内は平等に接しろというの決まりがあるだろう!!」
差別ではなく区別。名乗っていない輩を相手にする意味もないし、学園内の平等という意味は平等に学ぶ権利であって、平等に接しろではない。
数年前に学園内は平等だからという理由で自分よりも身分の高い者達に無礼な扱いをして、それを咎めた令嬢に差別されたと騒いだ女子生徒がいたらしく、しっかり校則で平等は学ぶ環境のことだと書いてある。
「逃げるなっ!! 卑怯者っ!!」
このまま後ろで騒がれ続けると煩いな。
「………っ」
歌を歌うように魔力を紡ぐ。髪が金色と水色。黒に染まる。
「なっ!!」
動揺しているそいつを放置して、目の前から消える。
――実際には水と闇で鏡のような空間を作り、光の屈折と反射を利用して消えたように見せかけているのだが。
一瞬でも見失ったのでそのまま今度は別の人間に擬態する。
「これでやり過ごせるだろう……」
少し離れたところでいまだ探しているその男子生徒を確認する。家を通して注意したはずなのに懲りないようだ。
相手にしている時間も勿体ないからとその場を後にしようとしたが、
「あっ」
この場に近付いてくる人物の声。
「アゼリア嬢!!」
こちらが声を掛けようとしたが、変装しているので自重した瞬間に、血眼になってこちらを探していた男子生徒がアゼリアに向かって近づく。
しまった。ここで別人の見える魔術をしたからアゼリアが捕まったのかと術を解こうとするが、
ちらっ
アゼリアがこちらに視線を向けてきた。
変装しているこちらに向けて。
口が動く。
大丈夫と。
「……?」
本当に大丈夫なのかとかいろいろ思ったのだが、それよりも先にそいつが動く。
「奇遇ですね。どうしましたか?」
「…………」
アゼリアに馴れ馴れしく声を掛けてアゼリアの肩に触れようとするが、アゼリアが闇魔法を発動させて未然に防ぐ。
「何をっ⁉」
「――貴族令息がむやみやたらと異性に触れるのはいかがなものでしょう」
驚いた。
アゼリアの表情が冷たく。感情が感じられない。
昔のおどおどと怯えている様でも、おずおずと甘えてくる感じでもなく。感情が消え去っている。
(あんな表情も出来るんだ……)
初めてみる一面にこちらが驚いているのに対して、アゼリアに声を掛けてきた男は動じていないのはアゼリアのこの表情はよく見せられているということだろう。
「そ、それは……」
「異性の。しかも侯爵家嫡男の婚約者に馴れ馴れしく近づいて、婚約を破談にさせたいのでしょうか?」
「あっ。そっ、それはいい。君は侯爵家に恩があるから刷り込みのように婚約を受け入れているだけで、君にはもっと」
「では、――私に相応しいと貴方が思う方は幼少期の闇属性だからと虐待されていた少女をありとあらゆる力を使って助けだしますか?」
「そんなのっ!! 身分があるからできるんだろう。それくらいできるさっ」
「そうですか。――ならば、闇属性があるというだけで、ろくな生活も出来ていないで世間の常識を知らない子供を立派な淑女に育てられると自信が」
「当然ある!!」
アゼリアの冷めた眼差し。
「俺は外交官ではないから異国に行けない。だから、助ける機会がなかっただけで……」
「では」
何かを言い掛けた声を遮るアゼリア。
「先ほど、貴方は学園内は平等とおっしゃっていましたね。自習室の予約して借りていた庶民の男子生徒から自習室を貴族に譲れと奪い取っていた生徒がいたのですが、その現場に貴方も居ましたよね」
「そ、それは……」
ああ。あった。
貴族令息が事前に予約していた庶民から無理やり自習室を奪おうとしていたのを咎めたのだが、その場に彼もいたのか。
「貴族が多く通う中、庶民にとっては狭き門である庶民が通える時点でその人物の優秀さは折り紙付き。
異国にいた私を助けるよりも簡単に手助けできますよ。――その方を貴方は助けましたか?」
「それは……相手が……」
「その時点で貴方は口先だけの方と判断します」
冷たく告げて、すぐに用件は済んだとばかりに去っていく。
そんなアゼリアをそっと追いかけると。
「正直、うんざりします」
「アゼリアでもそんなことを思うんだね」
まだ、見た目を戻していないがアゼリアはしっかり見抜いている。
「当然です。リュカスさまの素晴らしさに見とれていたからこそ、そんなリュカスさまを侮辱するなど……」
「ははっ。ありがとう」
素晴らしいと褒められると照れ臭い。前世の習慣が抜けないただの一庶民なだけなのだが。
「偽善とか騒ぐ方もいますが、その偽善に救われた立場からすれば、ならば行動してみろと言いたくなりますね。綺麗ごとだけで目の前の現実を解決できるならしてみろと」
淡々と告げるがその声にはわずかに苛立ちが含まれていた。
「アゼリア……」
「何を言っているんでしょう。不愉快な感情がドロドロ湧き出ていて……」
たぶん。アゼリアにとって初めて感じた負の感情。
怒り。
「それは人間として当たり前の感情だよ」
「リュカスさま」
アゼリアは恥じるが僕は嬉しかった。
怒りを覚えてますます人間らしくなっていくアゼリアが。




