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5年経過しました
突然だが、僕は不機嫌であったが顔に出さないだけの分別はあった。
「リュカス殿。貴方のような方にぜひ我が国に留学生として来てもらいたいのです」
我が家に僕に用がある来客が来たので対応をしているのだが、現れたのは父の同僚の外交官の一人で本命は彼が連れてきたどこぞの学園の園長で、内容は学園に入学してほしいという懇願だ。
(まるで、スポーツ推薦で来て欲しいと言われている学生みたいな気分だよ)
いや、見たことないが。
まあ、我が国は魔術に関しては他国より遅れているのは現状だ。留学に誘われているのなら挑戦してみるのもいいかもしれないが……。
しきりに汗をかいている父の同僚は察しているだろう。僕が微笑んでいるが機嫌が悪いことを。
その学園の園長とやらが僕の斜め後ろで控えているアゼリアを汚いものを見るような視線を向けてその後はしきりに見ないようにしているのを。
「貴方のような全属性持ちならば我が国で魔術を学べばより多くのことが……」
僕を素通りして、全属性持ちというもので勧誘する声。別にそれは構わないが、僕を素通りするついでにアゼリアに対しての行いを改めてほしいものだ。
「確かに魅力的ですね。ですが、僕が一番学びたいのは闇属性のことで……」
闇属性と告げた瞬間アゼリアを睨むのはやめてもらおうか。舌打ちをしたのもしっかり聞こえたよ。
「はっ。闇属性。そんな邪法わざわざ学ばなくても、それより我が国では百年ぶりに光……」
「――残念だけど。貴方の話に一考する価値もなくなったよ」
微笑みを消し去った僕に、覚悟していたのだろうが僕の宣言に今にも消えそうな父の同僚。まだ事態に気付いていない学園長。
「本人の学びたいものを否定して、学ばせないという方針の学園に学ぶ価値は見出せませんね」
丁重に帰ってもらうようにと伝えるとすぐに動き出す我が家の従者たち。
学園長は引き摺られていたが、父の同僚は自分から立ち上がって頭を下げて去っていく。
学園長の喚く声と引き摺る音がしばらく響いたが、完全に聞こえなくなったらソファーに倒れ込むように横になる。
アゼリアはそっと疲れている僕に気遣って紅茶と共に蜂蜜。お茶菓子を用意してくれる。
「ありがとう……アゼリア」
「いえ、これくらい当然です」
「当然なら一緒に座って休憩してくれないかな」
甘えさせてほしいとお願いすると、
「……………それは」
顔を赤らめて視線を横に向ける。
「んっ?」
そんなアゼリアの気持ちを察していたが気付いていないかのように首を傾げて、
「無理。だよね……そっか……」
残念と寂しがると……ちなみにこれは本音である。
「…………仕方ありません」
場所を空けてくださいと告げるとともに隣にそっと腰を下ろしてくれる。
(耳まで真っ赤だ)
恥ずかしいのだろう。恋人同士。婚約者同士の交流もアゼリアにとっては最近になって恥ずかしいことだと認識をした。
アゼリアを家に連れ帰って、5年がたった。
家に連れ帰った当時は、僕にずっとくっついていたアゼリアだったが、心と身体が成長するにつれて情緒がしっかり育ってきた。
そう、婚約者といえど異性が常にくっついているものではないという事実と羞恥心を覚えたアゼリアは、以前なら簡単に隣に来てくっついてくれたのに離れてしまうことが多くなった。
かつては自分がここにいていいという証であったメイド服も今では自分は僕に仕えている専属メイドですというかのように身を包んでいる。
まあ、アゼリアの成長は喜ばしい。
(僕はアゼリアがすくすくと育ってくれるのが嬉しいからね)
前世の僕が読んだことがある源氏物語のような理想の女性を育て上げるというのは憧れるかもしれないが、そんな形に当て嵌めないで、アゼリアのしたいことをしてもらいたい。
若干寂しいからこうやって甘えてしまうが。
「あの……」
「んっ?」
アゼリアの視線の先には先ほどの学園長が残していった幾つかの資料。
「魔術の先進国は彼の国で、この学園はその中でも最高峰のモノだと思いましたが、断ってしまって」
よかったのですかと不安げに尋ねるのは、断った理由を察したから。
「私が理由ならば……」
「――確かに、この学園はアゼリアの母国だけど、それは関係ないね」
資料は前世の学校案内のパンフレットのようなカラーではなく、白黒で印刷は粗い。まだまだ貴重な紙をこうやって惜しげもなく印刷できる時点ですごいのは確かなのだが。
「闇魔法は他の属性の魔術と重ねると相乗効果をもたらすということを知らないんだよ」
闇魔法は【闇】魔法だからというだけで学ぶのをやめている時点で今は最先端だが、それも近いうちに破綻するだろう。
「そんな将来を見据えていないところに入っても得るものは少ない」
「……………」
紙を作る技術。いや、紙の材料である木材は土魔法と光魔法。水魔法と闇魔法の四種混合で発育が良くなり大量につくられるようになった事実を知らない。
食材を加工するのに闇魔法で真空状態を起こすことで食材が長持ちすることも知らない。
闇魔法だからという理由で学ぶことを放棄している。
「留学するなら他の国でもいいかもしれない。まあ、いっそ変装してもいいかも」
「悪ふざけはいけませんよ」
アゼリアに叱られる。
叱るという行為も最近になってするようになった。それが嬉しくて、顔に出さないように気を付けつつ、アゼリアの成長を微笑ましく見る。
ああ、アゼリアに癒されて不機嫌が吹っ飛んでしまった。




