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悪役令嬢、断罪の席で呪いを食べます。副題:王都厄落とし屋は本日も満席/ざまぁは胃に優しい順で  作者: 妙原奇天


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第5話 枕の薄塩と倉庫の香糸——召喚状には朱の「辞退」を

 夜明け前、店の灯をまだ落としたまま、私は朝の一匙を溶かした水を二つ用意した。

 一つは私の喉へ。もう一つは、扉の前に静かに現れた黒狼隊長エリアスへ。


「夜は五時間半。だが、起き際に胸が重いのは相変わらずだ」

「朝は薄塩。——後悔は朝に薄めるのが礼儀ですわ」

 小匙の先に蜂蜜をひとかけ、塩を一粒、柑橘の皮を爪で擦って落とす。

 エリアスは一息で飲み、目を細めた。「……喉の棘が丸くなる」

「今朝は半歩だけ軽い鎧で。王妃陛下の私室に呼ばれています。枕の香りが“重くて眠れぬ”そうですの」


 彼が顎で外を示した。「肩カメラは?」

「映さない勇気を陛下がご所望。非公開・人数限定・数字の記録のみ、という条件で伺います」

 エリアスが頷く。「隊からは二名だけ付ける。列は俺が見る」



 王城の奥、王妃私室。

 扉の向こうは静かな朝で、窓辺の白が凪いでいる。枕をひとつ、王妃が両手で抱えていた。

 薔薇と乳香が重なり、祈りの層が二重になっている。——良い香りだが、眠るには濃い。


「昨夜は三度、目が覚めました」王妃は正直な方だった。

「祈りは薄塩で。眠りは人→祈り→光の順で足すのがよろしい」

 私は小さな器を三つ出した。

 白皿(人の香:麦わら・白湯の湯気)

 淡薔薇(祈りの香:一滴のみ)

柑橘皮(光の香:仕上げに擦るだけ)


 枕芯を開き、乳香の粒を灰で軽く吸わせる。祈りは残す、誇示は退ける。

 白皿を先に芯へ戻し、淡薔薇を纏わせ、最後に柑橘で縁を撫でた。


「——いただきます」

 吸われた**“誇示”の粒だけ舌で掬い、喉で割って飲む。砂糖衣のざらつきが消え、朝の白湯が戻る。

 王妃の肩が一拍、落ちた。

「胸が軽い。笑いたくなるほどに」

「笑いは光の一種。仕上げにどうぞ」

 陛下は枕を抱いたまま、微笑んだ。「パン二斤を頼んであります。報告書は?」

「“枕の薄塩再配合”。寝つき時間・中途覚醒回数・朝の呼吸の三項で記録**を」


 退出の折、王妃は小声で付け足した。

「《ルクス工房》が倉庫で香糸を束にしているとの密告がありました。王家の印を使っておきながら、外部加護を混ぜるのは御法度。……見てくださる?」

「灰と試薬、小匙と隊長があれば十分です」



 昼、王都北倉区・ルクス工房倉庫。

 石畳の上で、黒狼隊が白石で矢印を描き、出入りを整える。私は王妃印の開扉状を盾に、エリアスと中へ。


 中は甘い埃。香糸の束が壁一面にかかり、奥の樽には琥珀色の小瓶がぎっしり。

 瓶のラベルは**“祝福抽出液・強”。

 私は一本、琥珀試薬を垂らした。——濁る。借り加護濃縮、確定。

 さらに木箱の底から、黒い箱が二つ。低周波共鳴器——鼓動同期で人の不安を掻き立てる音の箱。

 舌に鉄粉**の味が走る。


「ルクス工房長バルド」

 太い指の男が腹を突き出して現れた。「王家の印は尊重する。が、それは工房の秘伝——」

「秘伝が胃もたれを起こしていますわ」

 私は灰小鉢を樽の口に添え、試薬で曇った液を少量吸わせ、甘さを一滴落としてから舌で取り、記録に匂いを書いた。

「祈りと外部加護を混ぜる。香糸で外から足す。低周波で鼓動を煽る。——三つ揃えば眠れない王都が出来上がる」


 工房長は鼻で笑い、封のない袋を示した。「これは技術協力費だ」

 エリアスが一歩前に出て、袋を白石の上に置かせた。

「列の外のやりとりは転倒の元だ」

 私は静かに小匙を掲げ、朱の印を紙に押した。

『受領不可/返金=辞退』

「“合わなければ戻す”。恥ではありません。工房には**“軽さの品位”で競ってほしい。——王妃印で倉庫封印**、借り加護液は灰で無害化、低周波箱は王都衛兵へ引き渡します」


 工房長の顔に赤と白が交互に走る。

 エリアスの部下が印を押し、封蝋が落ちる音が倉庫に響いた。

 ざまぁは怒鳴りではなく、朱と灰と数字で起きる。


 作業の合間、私は香糸の束から一本だけ良質の素糸を抜き取った。“人”の香を運ぶに足る密度だ。

 悪い回路は切る。良い回路は別の道へ。



 夕刻、店に戻ると黒封筒が置かれていた。王太子宮の封蝋。

 文面は短慮らしく単刀直入だ。


『本夜、前回の無礼を糾す。登城して弁明せよ。出頭なきときは王令**により処断』


 私は小匙の柄で封の縁を撫で、ため息を一口。

 返書の紙を広げ、条件を三つ書く。


非公開・無配信(映さない勇気)


記録は数字(呼吸・騒音・滞在)


議場の香は“人→祈り→光”(香炉半減・香糸撤去)


 そして朱で大きく一行。


**上記が守られぬ場合、受領不可/返金=辞退


 召喚状にも**「返金=辞退」は通用する。命令であっても、礼儀が先だ。

 封をして、小匙で封蝋を押す。匙は噛まない**。すくって渡す。



 夜、エリアスが来た。鎧の肩に夜風。

「倉庫封印、鼓動箱は衛兵に渡した。……王子からの召喚状は?」

「返金=辞退の朱印で返しました。条件が整えば参ります、と」

 彼は口角を少しだけ上げる。「列が先だ、ということだな」

「王子殿下が列に並べば、王都は静かになります」

「難題だ」

「薄塩でいきましょう」


 カウンタの端で、ククが香糸で遊んでいる。私は取り上げ、火に近づけずに麦わらと結わえて小さな輪にした。

「悪い回路は切りました。良い回路に変えましょう。“枕→胸→窓”へ送る風の輪」

 エリアスがそれを掌に載せ、短く息を吐く。

「眠りへ半歩近づいた気がする」

「半歩で充分。明日は一匙。恋はまだ薄塩で」



 帳面を開く。


『本日の記録

 ・王妃私室:枕の薄塩再配合(人→祈り→光)→寝つき時間↓/中途覚醒↓/朝呼吸↑

 ・ルクス工房倉庫:借り加護液→曇る試薬で可視化/灰で無害化/倉庫封印

 ・低周波共鳴器:王都衛兵へ引渡(鼓動同期の危険を添書)

・工房長:技術協力費→受領不可/返金=辞退

・良質素糸:回収→“枕→胸→窓”の風輪に転用

・王太子召喚状:条件付き応諾/守られぬ場合は受領不可

・黒狼隊:列整備・封印補助(転倒0)

・エリアス:夜5.5h/朝の一匙+風輪→起床時胸圧↓』


 灯を落とす前、小匙を二本並べる。

 一つは**“噛む歯をすくう匙”。

 もう一つは“朝の一匙”。

 輪はその間に吊した。風が静か**に通る。


 ククが膝で丸くなり、白い星が小さく灯る。

 私はその背を撫で、小さく呟いた。

「ご馳走さまでした。——そして、明日は王妃の正式依頼書と、王子の返書と、工房の言い訳。塩梅をひとつずつ」


<次回予告>

王子の返書は条件不履行、こちらは公開の数字で返す。王妃からの正式委任、工房の謝罪か逆噛みか。黒狼隊長の風輪は眠りを一歩深く——恋はまだ薄塩、でも朝が美味しい。

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