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悪役令嬢、断罪の席で呪いを食べます。副題:王都厄落とし屋は本日も満席/ざまぁは胃に優しい順で  作者: 妙原奇天


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第4話 台本の匂い——光の代理店と王子の短慮

 朝の店に、紙の匂いが降りてきた。

 窓の隙間から滑り込んだのは、白い書状ではない。灰青の薄冊子。背には銀の箔押しで**《光務代理店エクラ》とある。

 ——昨夜、歓迎祭の会場で拾った香糸芯**と同じ工房印が、奥付の角に小さく刻まれていた。


 ククが背中を丸くして頁にくん、くんと鼻を鳴らす。

 私は手袋をはめ、冊子をめくる。

 取引台本——“聖女体験パッケージ・映える演出導線”。

 各頁に、香炉車追加/香糸挿入/借り加護濃縮の手順が図解され、最後には**《ルクス工房》と共同監修の朱印。

 台本は香りではなく視線の温度を上げる作りだ。数字の欄に“滞在時間”ではなく“滞留率”とあるのも、私の舌に苦い**。


「食べものじゃないものを盛り付けるなら、せめて胃にやさしい言葉にしてほしいわね」


 扉の鐘。

 顧問伯ロジェが黒の外套を翻し、パン二斤の紙袋を置いた。

「読み物は届いたかね」

「ええ。匂いの薄い台本が」

 ロジェは笑わずに微笑む人だ。今日も口角だけで応え、椅子に半身。

「王太子殿下が、今夜“聖女の公開祈祷”を命じた。香炉車は倍にする手配だったが、君の数字を見た王妃陛下が半減のままにと——二人の短慮と英断が同居している」

「台本を破りたい方と、台本を燃やしたい方と、台本に気づかれもしない方が同じ舞台に立つと、香りはめちゃくちゃになりますわ」


 私は冊子の末尾を示した。《エクラ》の朱印の横、極小の注記。

『※不安が鈍い来場者には低周波音源で鼓動同期を』

 舌に鉄粉の味が走る。

 昨日の広場を縫っていた、肩にカメラの見世物商人の笑い顔がちらついた。


「黒狼隊に礼儀を。列は人→祈り→光で。代理店には返金=辞退の導線説明を。工房には——」

「曇る試薬と、灰だな」ロジェが頷く。「今夜、君に**“味見人”として会場に立ってほしい。王太子の短慮は強い絵を求め、聖女は光で黙らされる**。数字で台本を止めよう」


「パン二斤で承りましょう」



 昼、エリアスがやって来た。目の下の影は薄いが、肩甲骨の辺りに硬い線が残っている。

「昨夜は五時間。だが、起き際に胸が重い」

「朝の一匙が足りませんわ」

 私は蜂蜜を小匙の先でひと撫で、そこに塩を一粒。さらに柑橘の皮を爪でひとかけ。

「朝、水一杯に溶かして。一口だけ。——後悔は朝に薄めるのがよいのです」

「夜は甘く、朝は薄塩。……覚えた」

 彼は受け取り、指先で匙の柄に触れた。金属がそれだけで温む。

「今夜は広場か」

「ええ。代理店と工房の台本の味見に」

 エリアスは顎で入り口を示した。「肩カメラの連中、また嗅いでいる。列につけさせる」

「お願い。映さない勇気は、今日いちばんの香辛料です」


 彼が出ていく前に、ククが足元を横切った。

 白い星に夕光が点る。

「その猫は眠りをくれるのか?」

「パンをください、とは言いますね」

 エリアスの口角が少しだけ上がった。



 暮色、祈り場。

 香炉車は半分。だが代理店のスタッフが香糸を袖に隠し、柱の陰から糸を伸ばしているのが見えた。

 人→祈り→光は守られても、“外から足す”回路が生きている限り、光は刺さる。

 私は琥珀試薬を懐に、灰の小鉢と白石の矢印を握って進む。


「不要の香糸は撤去を」

 代理店の若い監督が笑顔のまま眉だけ上げた。

「視覚演出です。香りとは別で——」

「香りは風で、視覚は人です。別ではない」

 私は糸の端に試薬を一滴。曇る。

 彼の笑顔が凍った。「演出仕様に抵触していない、はず」

「王妃陛下の仕様に抵触します。人が土台。祈りが塩。光は仕上げ」

 ロジェが後ろから紙を掲げた。王妃印の再配列指示書。

 監督は両手を上げ、糸を巻き取らせた。灰が飴色にまた一段、色づく。


 そのとき、王太子が入ってきた。聖女レティシアを伴い、高座に上る。

 殿下は人を見ない。光を見ている。

「本日、真の聖女が王都を癒す! ——香りを増やせ」

 短慮は声量を増やし、匂いを乱す。

 代理店の若者が一瞬、再配列指示と王子の命の間で揺れた。

 私は白石の矢印を持ち、合図のように足元の風を指した。人→祈り→光で流れる、柔らかい風の筋。

「殿下。人の呼吸が落ち着いています。祈りは薄く長く、光は最後に」


「黙れ、悪役令嬢!」

 王子の声が、朝の砂糖みたいにざらついて落ちた。

 ざっと広場の足音が乱れ、騒音が上向きかけたそのとき——


 王妃が立ち上がる。

 髪飾りの真珠がうるむ。しかし泣かない。

「殿下。今日は、人が先。王都は宴ではなく、眠れる夜を求めている」

 静かに、高座の鐘が一度だけ鳴った。

 王妃の一言で、代理店の手元から香糸が外され、香炉車の蓋が半分閉じる。

 エリアスの隊が白石の矢印に沿って列を整える。

 数字が動いた。

 呼吸回数↓/滞在時間↑/騒音↓。

 王子の頬が熱に赤む。短慮は見栄が剥がれると寒がるものだ。


 聖女は——借り加護に頼らず、人の祈りの薄塩を胸に吸った。

 彼女自身の声がようやく届く。

 弱い、けれど偽物ではない。

 その瞬間、舞台袖の肩カメラがズームした。

「映して」

 私は振り向かない。代わりに小匙を掲げ、灰にひとかけの甘さを落とした。

 映えは甘さで収める。見世物は拒む。

 合図は短く、それで充分。



 夜半、片付け。

 ロジェは笑わない微笑のまま、数字を板に貼った。

 人→祈り→光の三段が丸い線を描いている。

「台本は破けた。王子は怒り、工房は黙し、代理店は返金に応じた。——明日、君に非難が向かうだろう」

「台本を食べたのは私ですもの。胃薬は持参で」

 私は冊子を封し、帳面に貼った。証拠は食べずに残す。二度目。


 エリアスが戻ってきた。

 鎧の肩に夜露。

「行列、転倒ゼロ。……朝の一匙、効いた。今なら眠れる」

「代金は?」

「報告書。“代理店香糸撤去手順”と、“短慮に効く鐘の鳴らし方”」

「後者は王妃専用にしましょうね」


 ククがエリアスの足甲に頬を擦り、くると鳴く。

 彼はしゃがみ、指先で白い星を弾いた。

「この星、道標になる」

「眠りの道も、昼の道も、一匙ずつですよ」



 店に戻ると、黒狼隊の若い兵が封筒を置いていった。

 中には**《ルクス工房》の書面。

『当工房は王都香儀の伝統を担う。貴店の“灰”は品位にそぐわず——』

 私は灰小鉢を指で撫で、返書を書いた。

『灰は盛り付け過ぎを吸う器。品位は軽さで示してください。返金=辞退の導線はこちら。曇る試薬は同封』

 封をし、小匙の柄で封蝋を押す。匙は噛まない。すくって渡す。



 本日の記録

 ・光務代理店エクラ台本:借り加護+香糸演出→試薬で可視化/撤去/返金

 ・歓迎祭 夜の部:王妃鐘一打→再配列維持/王子短慮介入→数字で鎮静

 ・指標:呼吸↓/滞在↑/騒音↓(広場)

・黒狼隊:列整備良/代理店香糸撤去手順起案

・聖女:借り加護依存↓/自声↑(短時間)

・工房:抗議書面→返金導線案内/試薬同封

・エリアス:夜5h/朝の一匙導入

・証拠:エクラ台本綴じ込み/香糸芯添付


 灯りを落とす前、私はカウンタに小匙を二本並べた。

 一つは**“噛む歯をすくう匙”。

 もう一つは、今日作った“朝の一匙”の合金。

 匙は武器ではない。料理のための矛**であり、盾だ。


 ククがその間に丸くなり、星を胸に眠る。

 私はその背を撫で、小さく呟いた。

「ご馳走さまでした。——そして、明日は王妃の私室、工房の倉庫、王子からの召喚。塩梅を間違えずに」


<次回予告>

王妃の枕の香りを薄塩に、工房の倉庫で香糸の束。王子からの短慮な召喚状には、返金=辞退の朱印で返す。エリアスの眠りは、一匙から半歩へ——恋はまだ薄塩のまま。

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