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悪役令嬢、断罪の席で呪いを食べます。副題:王都厄落とし屋は本日も満席/ざまぁは胃に優しい順で  作者: 妙原奇天


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3/13

第3話 王妃の髪飾り、泣く——盛り付け過ぎの歓迎祭

 朝。

 扉を開けると、鈴のように澄んだぽた、ぽたが床板を打った。

 視線を落とすと、いつの間にか置かれていた細長い黒塗りの函。封蝋は王宮、送り主は顧問伯ロジェ・ヴェルディン。函の縁から銀の露がこぼれて、木目に丸い輪を作っている。


 ククが鼻を近づけてくるると鳴いた。

 私は布手袋をはめ、封を切る。中から現れたのは王妃の髪飾り——薔薇の金線に真珠を散らした冠型のコーム。

 その真珠が一粒、泣いていた。

 触れてもいないのに、珠の穴から清い水がにじみ、塩味が指先に移る。


 同封の短箋。


『歓迎祭の祈り場に乱れ。聖女レティシアの儀に支障。

**香りの“盛り付け”**について、貴店にて助言乞う。パン二斤用意。

——ロジェ』


「店で、ですって。王城じゃなく」

 私は笑い、鍋に薄い蜂蜜湯を温めた。泣く真珠は、湯気で輪郭がよく見える。


「——味見を」

 私は真珠の雫を舌先に触れさせ、喉の奥で割る。

 最初の一滴は“祈り”の味——静かで、朝の白湯みたいに優しい。

 次の一滴は“誇示”の味——きらきらを保ちたい見栄が、砂糖衣みたいに重い。

 その下で髪飾り自身が、小さくうめいている。「重いのはいや」と。


 私は作業台に器を三つ並べた。

 ひとつは白い小皿(“祈り”だけ受ける皿)。

 ひとつは灰の小鉢(“誇示”を吸う鉢)。

 最後に薔薇水の滴瓶(髪飾りに返す“軽さ”)。


 ククが椅子の影から見ている前で、私は露をゆっくり振り分けた。“祈り”は小皿へ、“誇示”は灰の鉢へ。

 灰は吸湿が得意だ。盛り付け過ぎは、まず吸わせてから。


「——いただきます」

 鉢に溜まった**“誇示”を舌で掬い、唾液で中和する。ザラメみたいな粒立ちが、喉で溶けて消えた。

 小皿に残した“祈り”の滴を、今度は薔薇水で倍に薄め、髪飾りの根に戻す。

 真珠の涙は止まった**。金線が軽くなる音がした。


「盛り付け直し、完了」

 そのとき、扉の鐘。黒狼隊長エリアスが、眠気の影を薄くした顔で立っていた。


「昨夜は四時間。教わった薄塩の寝酒が効いた。……その函は?」

「王妃の髪飾り。泣いていましたの。盛り過ぎを吸わせて直しました」

 エリアスは片眉を上げ、窓の外を一瞥した。「顧問伯が来る。城を出る時、彼の馬車を見た」


 言葉の通り、すぐにロジェが現れた。

 笑わない微笑をお土産に、紙袋のパン二斤を置いて。

「祈り場の香りが重い。聖女の光を支えると称して、工房が香炉車を十台も入れた。香の譜面を見てほしい」


 差し出された譜面は、《ルクス工房》の印。昨日の指輪と同じだ。

 香の配合は“光”>“祈り”>“人”。逆さである。

「人が土台。祈りは薄塩で足りる。光は最後に香り付け。——三段重ねを上下ひっくり返していますわ」

 ロジェの微笑が、少しだけ本物に近づいた。「言葉が速い。助かる」


「条件がございます」

 私は指を一本立てた。

「香炉車の半分を撤去。残りは**“人→祈り→光”へ配列変更。会場での見世物配信は禁止。記録は数字**で出す。返礼は——」

「パン二斤、だろう?」

 ロジェが先に笑って言い、エリアスが喉の奥で短く笑った。



 午後、歓迎祭の祈り場。

 広場いっぱいに並ぶ香炉車は、銀の箱から白煙を吐き、空気を飴みたいに重くしていた。

 私は黒狼隊とロジェに周囲を任せ、香の譜面を握って歩く。

 先頭の箱に、琥珀試薬を一滴。——曇った。

「借り加護を濃縮してますわ。祭壇の“軽さ”が死にます」

 工房の監督官が胸を張る。「聖女様の光の増幅だ」

「増幅は味見の後で」

 私は白い小鉢(灰)を取り出し、吐き口にかざした。べたべたが吸われていく。

 灰の表面が飴色に変わるのを見て、エリアスが低く唸った。「視認できるなら、兵でも扱える」


「ここからは並べ替え。——人→祈り→光の順で風に乗せます」

 私は香炉車を半分撤収し、残りの位置に白い石で矢印を描いた。人の入口に麦の香(腹が落ち着く)、祈りの中央に薄い薔薇(軽く整える)、光の末尾に柑橘の皮(仕上げ)。

 ロジェが巻物に数字を書く。「人:呼吸回数、祈り:滞在時間、光:騒音。三項で測る」


 工房監督官がなおも眉を吊り上げた。「香りが薄いではないか」

 私は微笑み、小匙を取り出した。昨日作った**“噛む歯をすくう匙”。

「強さは匙で足せます。抜くのは難しいのよ」

 監督官は言葉を失い、後ろを振り返るしかなかった。そこには黒狼隊の列整備があり、王都の人々が静かにゆっくり歩いている。

 騒がしさではなく、歩調が広場**を満たし始めていた。



 王妃の入場。

 薔薇の金線の髪飾りは、朝より軽く見えた。泣く真珠は、微笑む露に変わっている。

 王妃が視線だけで私に礼を送り、ロジェがほとんど動かない頷きで返す。

 ——儀は静かに運んだ。聖女レティシアの光は眩しいが、刺さらない。

 彼女の頬に、一瞬戸惑いの影が走る。盛り付け過ぎが剥がれ、借り加護の回路が組み替わったのだろう。


 背後から、肩カメラの男がねっとりした声を落とした。

「薄くしたね。映えないよ、それじゃ」

 私は振り向かず、拡声もせずに短く返す。

「映さない勇気、持ちなさい」

 ざまぁは数値と歩調で起きる。

 広場の端の板に、ロジェが書いた三つの数字が貼られた。

 呼吸回数↓/滞在時間↑/騒音↓。

 拍手はない。静けさが結果だ。



 日暮れ。

 店に戻ると、ロジェのパン二斤がまだ温かかった。クラムをちぎると、ククが小さな歯で上品に食べる。

 エリアスは薄塩寝酒を一口で、瞼に影を落とす。「二時間後には寝る。……ありがとう」

「代金は?」

「報告書二通。“祭の香の再配列”、“騎士による灰運用手順”」

「最高の支払いですわ」


 片付けをしていると、黒塗りの函の底に、糸巻きほどの白い芯が残っているのに気付いた。

 ククが前足でちょい、と転がす。

 私は拾い上げ、光に透かす。——香糸。

 《ルクス工房》の極細の香り糸だ。祭壇や髪飾りの中に忍ばせ、“外部から香りを足す”ための回路になる。

 芯の端には、見覚えのある印。断罪の夜に“聖女”の髪飾りで見た細い皹と同じ工房印。


「……ねえ、クク。香りを外から足すのではなく、人から始めるのが礼儀だと、誰が教える?」

 ククがくると喉を鳴らし、私は芯を帳面に貼った。証拠は食べずに残す。それも礼儀。



 本日の記録

 ・王妃の髪飾り:泣く真珠→盛り直し(祈りと誇示の分離)

 ・歓迎祭:香炉車 半減/配列 人→祈り→光/指標(呼吸↓/滞在↑/騒音↓)

・工房対応:借り加護濃縮→灰吸い/削減/記録

・黒狼隊:灰運用手順/列整備良

・顧問伯:パン二斤納品/数字で広報

・収穫:香糸芯(ルクス印)——**“盛り足し回路”**の物証


 私はペンを置き、灯りを落とした。

 窓の外の空気は、今朝よりも軽い。

 盛り付け過ぎを平らにすれば、人が祈りを持てる。光はその後でいい。


 明日の皿は——王妃からの正式依頼か、工房からのけんか腰か。

 どちらでも、

「いただきます」と言ってから、礼儀正しく食べるだけ。


<次回予告>

聖女歓迎祭の裏側に取引台本。工房と光の代理店、そして王子の短慮。黒狼隊長の眠りはあと一匙、恋はまだ薄塩。

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