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第84話

 



 ロイド・グランヴェルが優雅に指を鳴らした直後。


 無数の鉄骨が荒れ狂う鋼鉄の浮遊島『アイアン・ヘヴン』に向けて、上空の魔導艦から極大の『超広域・磁気ベクトル固定および重力場安定』の光が放たれた。


 ――ギギィィィィィンッ……!!


 それは磁力を消し去るのではなく、周囲に散らばる無秩序な磁力線を「垂直方向」へと綺麗に整列・固定し、島全体を完全な『定位置浮遊』の状態へと書き換える精密な上書きだった。

 まばゆい光が鋼鉄の島を舐めるように広がった瞬間、近づく物を吸い寄せていた死の磁気嵐は沈黙し、乱雑に浮いていた鉄屑は美しい幾何学的なオブジェとして空中に固定された。


 数秒後。

 後には、金属製のものを持っていても一切引っ張られず、ただ心地よい浮遊感だけが漂う『世界一モダンな空中聖地(更地)』だけが残されていた。


『キュフゥッ!?(お体がふんわりして、ニコニコが止まらないピィ!?)』


 巨大クオッカワラビーが、自分を縛り付けていた異常な磁気から解放され、つぶらな瞳を輝かせながら、メタリックな毛並みを美しく光らせて空中をプカプカと楽しげに泳ぎ回った。


「お見事。今回は透磁率の再定義という少々重たい作業でしたが、我が一族のお家芸はいつ見てもスマートですね」


 ロイドは満足げに微笑み、ホログラム通信を展開した。

 案の定、呼び出し音を待たずして、画面から磁気が溢れ出すほどの勢いで兄の絶叫が響き渡る。


『ロォォォォォイドォォォォォ!! 私の愛する弟よ!! 百テスラの磁気地獄に囚われたと聞いたが、その美しい脳細胞が磁気で書き換えられていないか!? 私への愛を忘れて、ただの鉄屑を愛でるマシーンになっていないだろうな!?』


 画面の向こうのアルベルト・グランヴェルは、なぜか全身を『非磁性金箔』で塗り固め、自ら「黄金の避磁体」と化した状態で、周囲に巨大な消磁装置を並べて「弟に届く磁力は私がすべて打ち消す!」と涙を流して絶叫していた。


「お疲れ様です、総帥閣下(アルベルト兄さん)。ええ、R&Dの完全非磁性スーツのおかげで、極上のスマイル(クオッカ)を堪能する余裕すら――」


『何ということだ……! 幸せ! 幸せすぎるではないか! 弟が鋼鉄の塊の上で、世界一ハッピーな笑顔の直撃を受けているぞ!!』


 アルベルトが、全身の金箔を衝撃波で剥ぎ取って(?)頭を抱えた。


『愛する弟と、そのピカピカ光る笑顔ちゃんが、そんな不安定な空の上で重力と戦っているだと!? 万が一、そのせいで弟の美しい口角が一度でも下がったらどうする! 宇宙の法則が許してもこのアルベルトが許さん!!』


「兄さん、クオッカですから笑うのは彼らにとっての呼吸のようなものなのですが」


『黙れ! おい経理! ロイドの口座に【ワケアリ鋼鉄島・超巨大反重力ドーム&全自動笑顔維持プラント建造費】として白金貨十一億枚を叩き込んでおけ!』


「……じ、十一億!? 兄さん、ついに世界の全重工業市場(予算)を飲み込める額になりましたよ!?」


『磁力など一切シャットアウトしろ! この広大な浮遊島全域を、磁気を完全に遮断しつつ重力を自在に操る【最高級魔導セラミックの巨大ドーム】で覆うんだ! ドーム内には、クオッカちゃんたちが全力で笑える【空中お菓子工場】と、弟が退屈しないよう【全域無重力のアトラクション・エリア】を完備しろ! 中心には、常に最適な幸福磁場を保つ【純白金製の巨大スマイルタワー】を設置し、そこから世界中に「ハッピーな電波」を無線送信するんだ!!』


 涼しい顔で、雲の上に「世界最大の無重力シティ」を丸ごと一つ建設するという、物理学を札束で蹂躙する環境改造を命じる総帥。


「……はぁ。クラウス、今日も絶好調ですね」


「ロイド様。白金貨十一億五千万枚の入金、確認いたしました(クオッカちゃん用のメタリック専用ヘアワックス代含む)」


 クラウスが無表情のまま、タブレットを操作して処理を進める。

 これで今回も、一件落着……誰もがそう思った、その時だった。


 ――ギギギ、ドゴォォォォン!!


 整地されたばかりの空中島の床を突き破り、異様な重力波を纏った『超高圧・質量投射砲グラビティ・カノン』を搭載した、黒い浮遊艦隊の影が現れた。

 その機体に刻まれているのは、『虚空の開拓者ヴォイド・パイオニア』の紋章。


「……ほう。やはり、このクオッカの磁気変換能力を『都市ごと宇宙へ弾き飛ばす兵器』として悪用しようとしていたのは、あなた方でしたか」


 ロイドは、腕の中で「キュフ?」と首を傾げているクオッカを優しく撫でながら、現れた無機質な機械群を見据えた。


「クラウス。あの質量砲……先日解体した『環境再定義班』の冷却装置と、重力制御の基本OSがミラーリングされていませんか?」


「……はい、ロイド様。さらに超空間通信を傍受したところ、オーディン直属の『質量兵器開発班』が動いています。どうやら、このクオッカを『永久磁気エンジン』として使い潰し、大陸そのものを宇宙の彼方へパチンコのように射出する『極大質量投射計画』を完遂しようとしているようです」


「……なるほど」


 ロイドの瞳から、温かな光がスッと消えた。

 モフモフの「ハッピー(磁気)」を破壊のエネルギーとして利用し、あざとい「笑顔」を射出のカウントダウンに変えようとする破壊者たち。


「万死に値しますね。……ちょうど良いでしょう。新しく完成する反重力ドームの『最初の不要な沈まないゴミ(工作員)』を質量処分パージするとしましょうか」


 背後で数万人の工兵部隊が、空を覆い尽くすほどのセラミック柱を凄まじい速度で打ち込み始める中。

 ロイドは優雅に、だが決定的な殺意を込めて指を鳴らした。




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