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第83話

 



 ――カリッ、ポリポリッ、キュフゥーッ!


 アイアン・ヘヴンの心臓部、巨大磁力炉の頂上。

 全身をメタリックな輝きで包んだ巨大な「黄金の塊」が、自分に近づいてくる「絶対に引き寄せられない異物」――ロイド・グランヴェルの存在を捉えていた。


 普通の騎士なら、この距離に近づいただけで鎧がひしゃげ、肉体が鉄屑に押し潰されるはずだ。

 しかし、ロイドはまるで授賞式のレッドカーペットを歩くように、火花を散らす鋼鉄の床を優雅に踏みしめて目の前までやってくる。


「さあ、まずはこれをお召し上がりなさい。野性の錆びた鉄だけでは、その見事な『口角の上がり方』を維持するための潤滑成分が不足していますからね」


 ロイドは懐から、磁力に反応しない特製セラミックケースを取り出した。

 グランヴェル財閥『研究開発部(R&D)』が、高純度のクローム鋼に超伝導魔素をコーティングし、噛むたびに脳内に直接ハッピーな電流が走るように加工した『極上・魔力クロームグミ』である。


 ケースを開けた瞬間、チカチカと七色の光を放ちながら、オイルの芳醇な香りと磁気的な甘みが周囲に広がった。


『……キュフッ!?(なにこれ、すっごくツルツルでおいしそうピィ!)』


 巨大クオッカのつぶらな瞳が、さらに細まった。

 抗いがたい芳醇な輝きに誘われ、食べかけの歯車をポイと捨てると、短い前足でそのグミを「ムニュッ」と口に放り込む。


 ――ピカァァァッ! ポワァァァン……!


 食べた瞬間、全身の毛並みが一斉にネオンサインのように発光し、クオッカの巨体が幸せのあまり波打った。

 鋼鉄を食べる彼らにとって、この純粋な魔力メタルの塊は、まさに「天上の潤滑油」だったのだ。

 クオッカは我慢できなくなったように、仰向けにひっくり返り、幸せそうに短い足をバタつかせて満面の笑みを見せた。


「美味しいですか。良かったです。では、少し失礼して」


 食事の快感に浸っている隙を突き、ロイドは両手を大きく広げた。

 そして、クオッカのアイデンティティとも言える、あのキュッと上がった『口角』と『頬の膨らみ』へと、神業の指先を添えたのである。


「おお……! おおおおお!! なんという究極のポジティブ・レスポンス! 指先を弾くこのメタリックな毛並みの滑らかさと、笑うたびに膨らむ頬の筋肉の躍動……! ああ、この口角を指でさらにキュッと押し上げれば、私の人生の懸念事項まで綺麗に消去フォーマットされていくようです!」


「……ロイド様。あまりに激しくスマイルを増幅させると、クオッカの体内磁場が臨界点を突破し、島全体が『成層圏まで急上昇』します。スーツの重力制御が限界ですので、程々にしてください」


 強烈な磁気オーロラの中で、巨大な光る毛玉に埋もれながら悶絶するロイドと、それを無表情で見守るクラウス。

 極上のクロームグミと、かつて味わったことのない「超伝導スマイルマッサージ」。

 あまりの心地よさに、巨大クオッカはついに磁力線を周囲に撒き散らすのを止め、ロイドのスーツに巨体を「むぎゅぅ」と押し付けて、この世のものとは思えない幸せな吐息を漏らした。


「さあ、私と契約しましょう。三食昼寝、最高級のクローム菓子付き。不埒な兵器工作員に大砲の弾代わりにされない静かな浮遊島で、思う存分ニコニコするのです」


 完全に骨抜きになったクオッカに対し、ロイドは、磁気干渉でもデータが消えない【完全非磁性版・魔法契約書】を取り出す。


「印鑑は不要です。ここに、その微笑みの証である『お鼻』をペタッと押し付けてくださるだけで結構ですよ」


『キュフッ! ペタンッ』


 愛らしい返事と共に、クオッカが契約書に自慢の鼻先を押し当てた。

 すると、口角を模した黄金色のスタンプが浮かび上がり、契約が成立する。


『……ふやぁ。お兄ちゃんの手、とってもハッピーな磁気がするピィ。もう変な大砲に詰め込まれるのは嫌だピィ』


「ええ。もう二度と、あなたの食事を邪魔するゴミ(工作員)は通しませんよ」


 毛並みの接触を通じて、涼やかな甘えん坊の声(念話)がロイドの脳内に届く。


 足元でクオッカが幸せそうに光るたびに、周囲の鉄骨から火花がキラキラと舞い上がる中、ロイドは至福の笑みを浮かべた。

 しかし、その超高級スーツの表面は、クオッカに全力で「むぎゅぅ」とされた時の磁力干渉で、ロイド自身が「磨き上げられた鏡」のように周囲の景色を反射しながら輝いていた。


「……失礼します、ロイド様。動かないでください」


「ふふ、これぞアイアン・ヘヴンの勲章ですよ、クラウ――って、ビカビカビカァァッ! シュゴォォォ! って言いましたよ!?」


 クラウスが無表情のまま取り出したのは、R&Dが開発した『磁気ノイズ完全除去コロコロ(超伝導消磁版)』だった。

 シュゴォォォッ! という凄まじい吸引音と共に、ロイドのスーツから見事に残留磁気を「一テスラ残さず」消去していく。


「な、なんて手際だ……。我々の磁力投射アンテナですら制御できなかったあの鋼鉄の怪物を、ただのグミ一個と、素手での『顔揉み』で手なずけてしまうなんて……!」


 絶句する声に振り返ると、磁力炉のパイプの陰から、特殊な非磁性防護服を着た男たちが数名、這い出してきた。

 彼らは産業振興局の裏で動いていた『虚空の開拓者』の末端、クオッカを質量兵器のコアにしようとしていた重力工作員たちだった。


「おや。こんな神聖な食事処に、土足(鉄靴)で踏み込んでいたのですか」


 ロイドはコロコロをかけられながら、居住まいを正して彼らに向き直った。


「他人の食事を邪魔し、生命を弾丸に変え、あざとい笑顔を恐怖させる。……その下劣な振る舞い、高く評価いたしましょう。我が社の『磁気消去(経済的抹殺)』の対象としてね」


 ロイドの瞳に宿った絶対零度の光に、工作員たちの面々は防護服越しでも凍り付いた。


「今日から、あなた方を我が『ワケアリ不動産』の専属・磁力パイプの錆落としおよびクオッカちゃんの『歯車磨き直し』係として再雇用してあげましょう。給料は……そうですね、一生かけて『自分がどれだけ不機嫌な人間だったか反省する』仕事にふさわしい額に設定しておきますよ」


「な、なんだって……!?」


 こうして、魔獣の保護と不法侵入者の確保は完了した。

 ロイドは、満足げにニコニコと笑いながら丸くなっているクオッカを撫でながら、夕焼けに染まる鋼鉄の島を見渡す。


「クラウス。準備はいいですね?」


「はい、ロイド様。上空の魔導艦、並びに西域の受電部隊、すべて待機しております」


「では――我が一族のお家芸を披露しましょうか。この無価値な『暴走した磁気ベクトル』だけを綺麗に固定し、美しい『空中スカイリゾート(更地)』にします」


 ロイドが優雅に指を鳴らした、その直後。

 島の中心に向けて、磁気力学を書き換える極大の『超広域・磁気ベクトル固定および重力場安定』の光が、炉へと放たれた。




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