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第81話 磁界の鋼鉄島と、微笑む巨大クオッカ

 



 グランヴェル財閥・ワケアリ不動産本社要塞。

 温泉帰りのユキヒョウ・マフラーを堪能し、心身ともに温まったロイド・グランヴェルの元へ、今度は産業振興局の局長が、金属製のボタンをすべて失った服を必死に押さえながら駆け込んできた。


「ロ、ロイド社長……! 助けてください! 磁場に囚われた『鋼鉄の浮遊資源島』を、どうか買い取っていただきたい!」


 提示された映像には、落雷のようなスパークが飛び交う空中で、無数の歯車や鉄骨が不規則に浮遊し、寄り集まって巨大な島を形成している様子が映し出されていた。


「ふむ。鋼鉄の浮遊島、ですか。都市開発の土台としてはこれ以上ない強度。そして、この金属の幾何学模様は実にモダンですね」


 ロイド・グランヴェルは、磁力の影響を受けない特製セラミックのティーカップで寛ぎながら、優雅に微笑んだ。


「モダンなどと、そんな呑気な! あの島は一週間前から、突如として『制御不能な超強磁場』を発生させ始めたのです! 近づく船はエンジンを吸い出され、騎士たちの剣は空へと奪われ、挙句の果てには人々の脳内磁石まで狂わせて、全員をニヤニヤと笑うだけの奇行種に変えてしまうのです!」


 局長は、震える手で(金属の入っていない)プラスチック製の書類を差し出し、絶望的な声を上げた。


「今やあの島は、資源を産むどころか、あらゆる文明を吸い寄せて粉砕する『磁気の処刑場』です! 権利はタダで差し上げますから、どうか……あの鋼鉄島を引き取ってください!」


 踏み入れば最後、身に着けた金属ごと引き裂かれ、精神を狂わされる重金属の迷宮。


 (ひっひっひ、いくら財閥でも、空を支配する巨大な磁石を札束で絶縁することはできまい。そのまま鉄屑に押し潰されて、空の錆となるがいい!)


 そんな浅ましい計算など、ロイドと、背後に控える秘書官のクラウスには一瞬で筒抜けだった。

 しかし、その話を聞いていたロイドの瞳は、破滅への恐怖など微塵もなく――磨き上げられたクロムメッキのように輝く『歓喜』に満ち溢れていた。


(あらゆる金属を磁力で引き寄せ、咀嚼し、そのエネルギーで全身の短い毛をメタリックに発光させる圧倒的な磁気密度。そして、磁場の中から聞こえるという、何をされても幸せそうに口角を上げる、世界一無幸な笑い声……!?)


 冷徹なビジネスマンの仮面の下で、ロイドのモフモフセンサーが数テスラを突破するほどの警報を鳴らしていた。


(これは呪いなどではない。何らかの巨大な意思が、金属を『最高のグミキャンディ』だと思って、夢中で食べ過ぎて磁気が溢れているだけ……。この発光する微笑みの予感、間違いない……!!)


「素晴らしい……!」


「ひっ!? な、なにが素晴らしいのですか!?」


 歓喜の声を上げたロイドに、局長が椅子から転げ落ちた。


「間違いない! 『磁気の処刑場』などという不吉なものではありません! その中心には、磁力を主食とし、あまりの幸福感に常に微笑みを絶やさない、究極のポジティブ・モフモフ……空の幸福者(巨大クオッカワラビー)がいるに違いありません!」


「は……? く、くおっか……?」


「あの独特の、丸っこいフォルム! 常に上を向いた口角! そして、磁力を浴びるたびに幸せそうな顔でこちらを見つめてくる、あの宇宙一の癒やしスマイル! ええ、契約しましょう。その無料の磁気物件、我が社が喜んでお引き受けいたします」


 ロイドは流れるような所作で契約書を完成させ、呆然とする局長を「磁気カードの保管にはお気をつけて」と優雅に追い出した。



***



「……ロイド様。あのような物理的に『狂わされる』土地、転売の価値があるのですか?」


 局長が去った後、クラウスが無表情のまま尋ねた。


「当然です、クラウス。あの男は、自分がどれほどの『クリーン・エネルギー(磁力浮揚)』を手放したか理解していません。……魔獣クオッカを保護し、お家芸で『周囲の狂った磁気ベクトル』だけを綺麗に固定して更地にすれば、後に残るのは『一切の燃料を必要としない、永久浮遊型のスカイシティ(更地)』です。世界初の無重力リゾートの拠点になりますよ」


 鋼鉄島を更地にする。

 一介の不動産屋が口にしていい規模の電磁気学への反逆ではないが、彼らにとっては「古びた方位磁石の調整」程度の認識である。


「なるほど、完璧なビジネスですね。……ところで、ロイド様。今回の磁場異常の原因ですが」


 クラウスは手元のタブレット(非磁性体モデル)を操作し、その無表情の奥に、超伝導体よりも冷たい殺意を宿した。


「浮遊島の内部に、『虚空の開拓者ヴォイド・パイオニア』の特殊回収班が潜伏しています。どうやら、クオッカの体内にある『磁気変換器官』を抽出し、都市一つをまるごと宇宙まで弾き飛ばす『質量投射兵器』を開発しようとする実験を行っているようです」


「……おや、そうですか」


 ロイドは、極上の微笑みを浮かべた。

 しかし、その瞳の奥には、鉄をも溶かすほどの殺意が静かに渦巻いている。


「都合がいいですね。私の愛する家族(空の微笑み天使)を、兵器のレールガンの部品として酷使する無粋な輩。……極上のクオッカを保護しつつ、同時に目障りな黒幕の『重力操作プラント』を、我が社が合法的に『経済的抹殺(資産差押)』して差し上げましょう」


「ええ。では、R&Dに命じておいた【完全非磁性・反重力機能付きスリーピース】と、私用の『磁気ノイズ完全除去コロコロ』の準備に入ります」


「頼みましたよ。さあ、視察に向かいましょうか。新たなる家族(微笑みの発光体)のお迎えです!」


 踏み入れば即座に装備を奪われ、精神を至福の狂気へと塗り替えられる、鋼鉄の地獄へ。

 エレガントな御曹司と、戦闘特科トップの冷徹な秘書官は、究極のクオッカと、不埒な重力の独裁者の首を求めて、優雅な足取りで空中島への旅路を出発した。




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