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第76話 永久凍土の大氷壁と、尻尾を食む巨大ユキヒョウ

 



 グランヴェル財閥・ワケアリ不動産本社要塞。

 空中遊園地でのパチパチとした刺激を楽しんだロイド・グランヴェルの元へ、今度は北域連邦の特使が、鼻水をツララのように凍らせながら転がり込んできた。


「ロ、ロイド社長……! 助けてください! 大氷壁に封印された『古代の宝石鉱山』を、どうか買い取っていただきたい!」


 提示された映像には、荒れ狂う吹雪の中で、青白く光る巨大な氷の壁が天を突く様子が映し出されていた。


「ふむ。大氷壁、ですか。天然の冷凍倉庫としての価値は計り知れず、その透明度は芸術的ですらありますね」


 ロイド・グランヴェルの手元には、沸騰したての紅茶が入った特製魔法瓶。しかし、その周囲には微塵の湯気も立たない――それほどまでに、執務室の温度は北域の呪いによって侵食されていた。


「芸術などと言っている場合ではありません! あの氷壁は一ヶ月前から、突如として『絶対零度の暴風』を吹き出し始めたのです! 近づく採掘隊は一歩目で凍りつき、魔導ヒーターすら燃料ごと氷塊に変える絶望の壁です!」


 特使は、震える手で分厚い毛皮のコートを何枚も重ね着し、ガタガタと歯の根を鳴らした。


「今やあの地は、宝石を産むどころか、生命を拒絶する『氷の処刑場』です! 権利はタダで差し上げますから、どうか……あの大氷壁を引き取ってください!」


 踏み入れば最後、魂まで凍結させられる極寒の迷宮。


 (ひっひっひ、いくら財閥でも、神の領域と言われる絶対零度を札束で暖めることはできまい。そのまま美しい氷像となって、永遠に飾られるがいい!)


 そんな浅ましい計算など、ロイドと、背後に控える秘書官のクラウスには一瞬で筒抜けだった。

 しかし、その話を聞いていたロイドの瞳は、凍死への恐怖など微塵もなく――ダイヤモンドダストよりも輝く『歓喜』に満ち溢れていた。


(周囲の熱量をすべて奪い、自らの体内に蓄え、驚異的な密度となった銀灰色の毛並み。そして、吹雪の中から聞こえるという、自分の長い尻尾を「はむっ」と咥えて寒さを凌ぐ、あざとい咀嚼音……!?)


 冷徹なビジネスマンの仮面の下で、ロイドのモフモフセンサーが絶対零度を突き抜けるほどの警報を鳴らしていた。


(これは呪いなどではない。何らかの巨大な意思が、あまりの寒さに『究極の自己完結型マフラー(尻尾)』を発明し、その暖かさを独占しようとしているだけ……。この極厚密度の質感の予感、間違いない……!!)


「素晴らしい……!」


「ひっ!? な、なにが素晴らしいのですか!?」


 歓喜の声を上げたロイドに、特使が椅子から転げ落ちた。


「間違いない! 『氷の処刑場』などという不吉なものではありません! その中心には、吹雪をマントのように纏い、自分の長い尻尾をマフラーにして微睡んでいる、究極のモフモフ・マフラー……雪山の孤独な王(巨大ユキヒョウ)がいるに違いありません!」


「は……? ゆ、ゆきひょう……?」


「あの独特の、銀灰色の斑点模様! 体の半分ほどもある、太く長い、弾力に満ちた尻尾! そして、それを自分で噛んで『はむはむ』と温まる、神に許された可愛さの極致! ええ、契約しましょう。その無料の氷結物件、我が社が喜んでお引き受けいたします」


 ロイドは流れるような所作で契約書を完成させ、呆然とする特使を「カイロをお忘れなく」と優雅に追い出した。



***



「……ロイド様。あのような物理的に『活動が止まる』土地、転売の価値があるのですか?」


 特使が去った後、クラウスが無表情のまま尋ねた。


「当然です、クラウス。あの男は、自分がどれほどの『冷熱エネルギー(蓄熱体)』を手放したか理解していません。……魔獣ユキヒョウを保護し、お家芸で『周囲の狂った熱振動ベクトル』だけを綺麗に固定して更地にすれば、後に残るのは『夏でも完璧な室温を保つ、世界一巨大な天然冷蔵・リゾート(更地)』です。超高級スキーリゾートの拠点になりますよ」


 大氷壁を更地にする。

 一介の不動産屋が口にしていい規模の熱力学への反逆ではないが、彼らは「ちょっとした冷凍庫の霜取り」程度の認識である。


「なるほど、完璧なビジネスですね。……ところで、ロイド様。今回の氷結異常の原因ですが」


 クラウスは手元のタブレットを操作し、その無表情の奥に、氷柱よりも冷たい殺意を宿した。


「大氷壁の内部に、『虚空の開拓者ヴォイド・パイオニア』の特殊掘削部隊が潜入しています。どうやら、ユキヒョウの毛皮が持つ『熱吸収能力』を利用して、周囲の熱を奪い尽くす『超凍結兵器』を開発し、大陸全土を氷河期に叩き落とそうとする実験を行っているようです」


「……おや、そうですか」


 ロイドは、極上の微笑みを浮かべた。

 しかし、その瞳の奥には、吹雪よりも激しい殺意が静かに渦巻いている。


「都合がいいですね。私の愛する家族(銀灰色のマフラー)を、兵器の冷却材として酷使する無粋な輩。……極上のユキヒョウを保護しつつ、同時に目障りな黒幕の『絶対零度プラント』を、我が社が合法的に『経済的抹殺(資産凍結)』して差し上げましょう」


「ええ。では、R&Dに命じておいた【完全断熱・自己発熱機能付きスリーピース】と、私用の『霜取り全自動コロコロ』の準備に入ります」


「頼みましたよ。さあ、視察に向かいましょうか。新たなる家族(極寒の抱き枕)のお迎えです!」


 踏み入れば即座に氷の彫像へと変わる、白銀の地獄へ。

 エレガントな御曹司と、戦闘特科トップの冷徹な秘書官は、究極のユキヒョウと、不埒な氷の独裁者の首を求めて、優雅な足取りで大氷壁への旅路を出発した。





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