第74話
ロイド・グランヴェルが優雅に指を鳴らした直後。
荒れ狂う紫の雷雲、その中心部にある『旧・魔導発電プラント』に向けて、上空の魔導艦から極大の『超広域・雷魔素ベクトル固定および電磁場安定』の光が放たれた。
――バチィィィンッ……!!
それは雷を消し去るのではなく、空中に散らばる無秩序な電力を「整列」させ、特定回路へと強制的に固定・吸収する精密な上書きだった。
まばゆい光が雷雲を舐めるように広がった瞬間、帝都を脅かしていた稲妻はすべてプラントの蓄電槽へと吸い込まれ、重苦しい黒雲は一瞬にして黄金色の夕焼け空へと姿を変えた。
数秒後。
後には、静電気一つ起きず、髪の毛一筋たりとも逆立たない『世界一クリーンな空中聖地(更地)』だけが残されていた。
『キュルルッ!?(しっぽがパチパチしないピィ!?)』
巨大レッサーパンダが、自分をウニのようにしていた静電気から解放され、つぶらな瞳を輝かせながら、赤茶色の美しい毛並みを誇示するように空中を軽やかに跳ね回った。
「お見事。今回は電磁波の指向性再定義という少々痺れる作業でしたが、我が一族のお家芸はいつ見てもスマートですね」
ロイドは満足げに微笑み、ホログラム通信を展開した。
案の定、呼び出し音を待たずして、画面から火花が飛び散るほどの勢いで兄の絶叫が響き渡る。
『ロォォォォォイドォォォォォ!! 私の愛する弟よ!! 百万ボルトの感電地獄にいたと聞いたが、その美しい指先が焦げていないか!? 髪型は!? 髪型がアフロになっていないだろうな!?』
画面の向こうのアルベルト・グランヴェルは、なぜか巨大な『絶縁ゴム製の球体』の中に自ら閉じこもり、周囲にテスラコイルを並べて「弟に届くはずの雷をすべて私が受ける!」と涙を流して絶叫していた。
「お疲れ様です、総帥閣下。ええ、R&Dの完全絶縁スーツのおかげで、極上のトゲトゲ(レッサーパンダ)を堪能する余裕すら――」
『何ということだ……! 痺れる! 痺れすぎるではないか! 弟が巨大な避雷針の上であざとい「ばんざい」の直撃を受けているぞ!!』
アルベルトが、ゴム球体を内側から引きちぎって(?)頭を抱えた。
『愛する弟と、そのトゲトゲしたぬいぐるみちゃんが、そんな不安定な空の上でショートしかけているだと!? 万が一、そのせいで弟の美しい思考回路にノイズが走ったらどうする! 宇宙の法則が許してもこのアルベルトが許さん!!』
「兄さん、レッサーパンダですから電気を食べるのは彼らにとっての食事のようなものなのですが」
『黙れ! おい経理! ロイドの口座に【ワケアリ空中プラント・超巨大避雷ドーム&空中ジェットコースター建造費】として白金貨九億枚を叩き込んでおけ!』
「……く、九億!? 兄さん、ついに世界の全エネルギー市場(予算)を独占できる額になりましたよ!?」
『静電気など一切シャットアウトしろ! この広大な空中工場全域を、電磁波を百パーセント中和する【最高級魔導絶縁クリスタルの巨大ドーム】で覆うんだ! ドーム内には、レッサーパンダちゃんたちが全力で遊べる【空中雲型トランポリン】と、弟が退屈しないよう【雷エネルギー駆動の空中ジェットコースター】を完備しろ! 中心には、常に最適な電位を保つ【純金製の巨大避雷針タワー】を設置し、そこから帝都中に「無料の電力」を無線供給するんだ!!』
涼しい顔で、雲の上に「世界最大の空中遊園地」を丸ごと一つ建設するという、電磁気学を札束で蹂躙する環境改造を命じる総帥。
「……はぁ。クラウス、今日も絶好調ですね」
「ロイド様。白金貨九億五千万枚の入金、確認いたしました(レッサーパンダちゃん用の静電気防止シルク毛布代含む)」
クラウスが無表情のまま、タブレットを操作して処理を進める。
これで今回も、一件落着……誰もがそう思った、その時だった。
――バチバチ、ドゴォォォォン!!
整地されたばかりの空中プラントのデッキを突き破り、黒い雷光を纏った『超高圧・電磁粉砕機』を先頭にした、不気味な飛行部隊の影が現れた。
その機体に刻まれているのは、『虚空の開拓者』の紋章。
「……ほう。やはり、このレッサーパンダの蓄電能力を『超高出力の雷撃兵器』として悪用しようとしていたのは、あなた方でしたか」
ロイドは、腕の中で「キュ?」と首を傾げているレッサーパンダを優しく撫でながら、現れた無機質な機械群を見据えた。
「クラウス。あの電磁ドリル……先日解体した『物質高密度化班』のプレス機と、コアの魔導回路が直列で繋がっていませんか?」
「……はい、ロイド様。さらに暗号通信を傍受したところ、オーディン直属の『エネルギー軍事化班』が動いています。どうやら、このレッサーパンダを『無限の弾薬庫』として使い潰し、帝都を上空から一瞬で黒焦げにする『空中電磁投射砲』を完成させようとしているようです」
「……なるほど」
ロイドの瞳から、温かな光がスッと消えた。
モフモフの「ごはん(雷)」を兵器の燃料として利用し、あざとい「ばんざい」を破壊の合図に変えようとする破壊者たち。
「万死に値しますね。……ちょうど良いでしょう。新しく完成する避雷ドームの『最初の不要な漏電ノイズ(工作員)』を放電するとしましょうか」
背後で数万人の工兵部隊が、空を覆い尽くすほどの絶縁クリスタル柱を凄まじい速度で打ち込み始める中。
ロイドは優雅に、だが決定的な殺意を込めて指を鳴らした。




