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第73話




 ――バチチッ、バチバチィッ!


 空中発電プラントの最上階。

 全身の毛をウニのように逆立たせた巨大な「トゲトゲの塊」が、自分に近づいてくる「絶対に感電しない異物」――ロイド・グランヴェルの存在を捉えていた。


 普通の飛行船なら、この距離に近づいただけで制御基板が焼き切れ、火だるまになって墜落するはずだ。

 しかし、ロイドはまるで雷神の加護を受けたかのように、火花を散らす床を優雅に踏みしめて目の前までやってくる。


「さあ、まずはこれをお召し上がりなさい。野性の雷だけでは、その美しい『赤茶色の毛並み』を維持するには、少々ミネラルが不足していますからね」


 ロイドは懐から、絶縁体で作られた特殊な冷温ケースを取り出した。

 グランヴェル財閥『研究開発部(R&D)』が、高山の魔力リンゴに純度の高い雷魔素をインジェクションし、一噛みするごとに百万ボルトの刺激が弾けるように加工した『極上・高電圧魔力リンゴ』である。


 ケースを開けた瞬間、パチパチという軽快な放電音と共に、甘酸っぱい香りと紫色の電光が広がった。


『……キュゥ!?(なにこれ、すっごくパチパチでおいしそうピィ!)』


 巨大レッサーパンダのつぶらな瞳が、一斉に輝いた。

 抗いがたい刺激的な香りに誘われ、威嚇の「ばんざい」を解いて、短い前足でそのリンゴを「シャクッ」と一口齧る。


 ――バリバリィッ! ポワァァァン……!


 食べた瞬間、口内から全身へと極上の電撃が駆け巡り、レッサーパンダの巨体が幸せそうに震えた。

 空に生きる彼らにとって、この濃厚な雷の蜜は、まさに「天上のスナック菓子」だったのだ。

 レッサーパンダは我慢できなくなったように、ゴロリとその場に転がり、幸せそうに太い尻尾を「パタパタ」と振って脱力した。


「美味しいですか。良かったです。では、少し失礼して」


 食事に夢中になっている隙を突き、ロイドは両手を大きく広げた。

 そして、レッサーパンダのアイデンティティとも言える、あのトゲトゲに逆立った『背中の毛並み』へと、神業の指先を差し込んだのである。


「おお……! おおおおお!! なんという刺激的な手触り! 指先をかすめる微弱な放電のピリピリ感と、その奥に隠された極上の柔らかさ……! ああ、この逆立った毛を一枚ずつ丁寧に寝かせていけば、私の指先から溜まったストレスまで綺麗に放電デトックスされていくようです!」


「……ロイド様。あまりに激しくブラッシングすると、レッサーパンダの体内に溜まった電荷が一気に解放され、局地的な『プラズマ崩壊』が起きます。スーツの絶縁バリアが限界ですので、程々にしてください」


 激しい雷光の中で、巨大な赤茶色の毛玉に埋もれながら悶絶するロイドと、それを無表情で見守るクラウス。

 極上の放電リンゴと、かつて味わったことのない「全自動除電ブラッシング(指先版)」。

 あまりの心地よさに、巨大レッサーパンダはついに威嚇するのを止め、ロイドのスーツに巨体を「すりすり」と押し付けて甘えた声を漏らした。


「さあ、私と契約しましょう。三食昼寝、最高級の電圧リンゴ付き。不埒な兵器商人に電池代わりにされない静かな空中プラントで、思う存分お昼寝を楽しむのです」


 完全に骨抜きになったレッサーパンダに対し、ロイドは、電磁波でも燃えない【完全絶縁版・魔法契約書】を取り出す。


「印鑑は不要です。ここに、そのフワフワの『肉球』をペタッと押し付けてくださるだけで結構ですよ」


『キュッ! ペタッ』


 愛らしい返事と共に、レッサーパンダが契約書に自慢の右手を押し当てた。

 すると、肉球の形を模した紫色のスタンプが浮かび上がり、契約が成立する。


『……ふやぁ。お兄ちゃんの手、とってもあたたかくてパチパチしないピィ。もう変な機械を繋げられるのは嫌だピィ』


「ええ。もう二度と、あなたの食事を邪魔するゴミ(工作員)は通しませんよ」


 毛並みの接触を通じて、涼やかな甘えん坊の声(念話)がロイドの脳内に届く。


 足元でレッサーパンダが尻尾を振るたびに、周囲の蓄電コイルから青白い火花がキラキラと舞い上がる中、ロイドは至福の笑みを浮かべた。

 しかし、その超高級スーツの表面は、レッサーパンダに全力で「すりすり」された時の摩擦で、ロイド自身が「百合の花の雄しべ」のように火花を放ちながら発光していた。


「……失礼します、ロイド様。動かないでください」


「ふふ、これぞ空中発電プラントの勲章ですよ、クラウ――って、バチバチバチィッ! シュゴォォォ! って言いましたよ!?」


 クラウスが無表情のまま取り出したのは、R&Dが開発した『静電気完全中和コロコロ(超高速除電版)』だった。

 シュゴォォォッ! という凄まじい吸引音と共に、ロイドのスーツから見事に静電気の残滓を「一電子残さず」消去していく。


「な、なんて手際だ……。我々の最新鋭機ですら制御できなかったあの放電の魔獣を、ただのリンゴ一個と、素手での『毛繕い』で手なずけてしまうなんて……!」


 絶句する声に振り返ると、蓄電タンクの陰から、特殊な絶縁服を着た男たちが数名、這い出してきた。

 彼らはエネルギー省の裏で動いていた『虚空の開拓者』の末端、レッサーパンダを兵器の動力源にしようとしていた空中工作員たちだった。


「おや。こんな神聖な発電所に、土足で踏み込んでいたのですか」


 ロイドはコロコロをかけられながら、居住まいを正して彼らに向き直った。


「他人の食事を邪魔し、生命を電池に変え、あざといばんざいを恐怖させる。……その下劣な振る舞い、高く評価いたしましょう。我が社の『電源切断(経済的抹殺)』の対象としてね」


 ロイドの瞳に宿った絶対零度の光に、工作員たちの面々は絶縁服を着ているのに震え上がった。


「今日から、あなた方を我が『ワケアリ不動産』の専属・蓄電コイル清掃およびレッサーパンダちゃんの『尻尾の縞々数え直し』係として再雇用してあげましょう。給料は……そうですね、一生かけて『自分がどれだけ電気の無駄遣いをしていたか反省する』仕事にふさわしい額に設定しておきますよ」


「な、なんだって……!?」


 こうして、魔獣の保護と不法侵入者の確保は完了した。

 ロイドは、満足げに尻尾を抱えて丸くなっているレッサーパンダを撫でながら、荒れ狂う雷雲を見渡す。


「クラウス。準備はいいですね?」


「はい、ロイド様。上空の魔導艦、並びに帝都の受電部隊、すべて待機しております」


「では――我が一族のお家芸を披露しましょうか。この無価値な『暴走した雷魔素』だけを綺麗に固定し、美しい『空中スカイリゾート(更地)』にします」


 ロイドが優雅に指を鳴らした、その直後。

 雷雲の渦の中心に向けて、大気の電位差を書き換える極大の『超広域・雷魔素ベクトル固定および電磁場安定』の光が、プラントへと放たれた。




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