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第72話

 



 バチバチバチィッ!!


 空中プラントの外部デッキに降り立った瞬間、紫色の雷光が容赦なくロイド・グランヴェルの頭上へ降り注いだ。

 本来なら、一撃で内臓を焼き、骨まで灰にする絶死の雷撃。

 しかし、ロイドは雨上がりの虹を眺めるような涼やかな顔で、激しく火花が散る通路を優雅に歩んでいた。


「……なるほど。このプラント、至る所から電力が漏れ出していますね。空気が熱を帯び、オゾンの香りが鼻をくすぐります」


 ロイドは、パチパチと青白い火花を散らす手すりにあえて触れ、満足げに呟いた。


「外部電圧、二百万ボルトを突破。通常の絶縁防護服であれば、五秒前に着用者ごと発火して消滅しています。……ですが、このスーツの『避雷導線(ひらいどうせん)型・電力循環システム』により、直撃した雷はすべて『スーツ内の加湿器と、ロイド様のスマートフォンの充電』へと変換されています」


 背後を歩く秘書官のクラウスが、無表情のままタブレットを操作し、現在の電磁データを読み上げる。


 二人が身に纏っているのは、グランヴェル財閥『研究開発部(R&D)』が「弟の髪の毛一本たりとも、不埒な静電気で逆立たせることは許さん。トゲトゲにするのは私だけで十分だ」という総帥の狂った独占欲を受けて開発した【完全絶縁(かんぜんぜつえん)・放電機能付きスリーピース】である。

 スーツの裏地に編み込まれた超電導ナノワイヤーが、雷を瞬時に吸収し、無害なエネルギーとして処理しているのだ。


「素晴らしい。これなら、極上の『トゲトゲ・放電ブラッシング』に何時間でも没頭できそうですね」


 ロイドが微笑んだ、その時だった。


 ――バチィィィン!!


 プラントの中央、巨大な蓄電コイルの頂上。

 凄まじい放電と共に、体長十二メートルを超える、赤茶色の「トゲトゲの塊」が姿を現した。

 それは静電気で全身の長い毛がウニのように逆立ち、尻尾は太い避雷針のようになり、目からは小さな火花を散らす――巨大レッサーパンダだった。


『ギャウーッ!!(くるなピィ! かんでんさせるピィ!)』


 巨大レッサーパンダは、ロイドたちを威嚇するように、短い後ろ足で立ち上がり、両手をこれでもかというほど高く上げる「全力のばんざいポーズ」を決めた。

 彼がそのポーズをとるたびに、周囲の蓄電コイルから巨大な稲妻が走り、空中プラント全体が激しく振動した。


「おお……おおおお……!!」


 冷静なクラウスの横で、ロイドは目をカッと見開き、感嘆の声を漏らした。

 その瞳に宿っているのは、落雷への恐怖などではない。極限まで高まった、狂気じみた『あざとさへの愛』である。


「見なさい、クラウス! あの、威嚇しているはずなのに『抱っこしてほしい子供』にしか見えない究極のフォルム! 静電気で毛を逆立たせ、自分の体を大きく見せようとする健気な努力! 間違いない、あれぞ『空の雷鳴を背負った、世界一攻撃的なぬいぐるみ』です!!」


『……ギュ?(なんで、こげないピィ?)』


 自分の全力の雷撃を受けても、眉一つ動かさないロイドに、巨大レッサーパンダが「ばんざい」をしたまま固まった。

 その瞳は、冷酷な魔獣のそれではなく、ただ純粋に「……だれ? ぼくのこわい雷、きかないの?」と言いたげに、首を傾げていた。


「なるほど。大臣たちが『感電の処刑場』と恐れていた雷撃の正体は、レッサーパンダちゃんが『雷を美味しく食べすぎて、お腹から溢れた静電気で勝手に放電してしまっていただけ』でしたか。なんと食いしん坊で、なんと発電効率のいい天然バッテリーでしょう!」


 自分を黒焦げにしようとする致死の電撃を、特注スーツの循環機能でただの「微弱な低周波マッサージ」に変えながら、ロイドは無傷のまま、至福の笑みを浮かべて両手を広げた。


「あのトゲトゲに逆立った毛を一枚一枚丁寧にブラッシングし、静電気を逃がしてあげながら揉みほぐす……。考えただけで、財閥のエネルギー株をすべて売却しても惜しくないほどの価値を感じます! ああ、なんて贅沢な発電機レッサーパンダなのでしょうか!」


「……ええ。おっしゃる通り、私のカバンに用意した『静電気完全中和コロコロ』の出番ですね。後で異常な電磁波によるスーツの時計の狂い調整代も、経理に請求しておきます」


 空中プラントの頂上で一人熱狂するロイドと、無表情で特注コロコロを構える秘書官クラウス。

 そんな規格外の人間たちを前に、巨大レッサーパンダは「……キュ? あのニンゲン、でんちの味がするピィ」という顔で、おずおずと上げた手を下ろし、ロイドの方へ身を乗り出してきた。


「怖がらなくて大丈夫ですよ。……さあ、私が極上の『高電圧・魔力ドライフルーツ』と、尻尾専用の除電ブラッシングを用意して差し上げましょう」


 ロイドは一切の警戒もなく、世界で最も優雅な足取りで、落雷が降り注ぐ蓄電コイルを滑るように巨大なレッサーパンダのもとへと歩み寄り始めた。

 空を閉ざす雷鳴の地獄で、冷徹な御曹司による『最高にパチパチであざとい買収劇』が、今、幕を開ける。




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