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第70話

 



 かつてあらゆる潜水艦を粉砕する「圧殺の暗黒」だった黄金都市エル・ドラドは、今や大陸中のセレブが全財産を投げ打ってでも宿泊を望む『絶対耐圧・深海化粧水エステ・ドーム』へと変貌を遂げていた。


 総帥アルベルトが投じた白金貨八億枚。

 巨大な強化ガラスドーム内には、地上より純度の高い酸素が満たされ、床暖房で温められた黄金のタイルが、訪れる者の足を優しく包み込んでいる。

 特級化粧水が満たされたプールの中では、巨大メンダコたちが「ぷきゅぅ……」と幸せそうにヒレをパタつかせ、かつてないほどの美肌(美皮)を手に入れて輝いていた。


「素晴らしい……。この、肌に吸い付くような化粧水のヴェール。そして、黄金の壁に反射するメンダコちゃんたちの『健康的なもちもち感』。これぞ、深海が到達すべき真のラグジュアリーです……!」


『ぷきゅっ! (お肌がプルプルで、もう一生ここから出たくないピィ!)』


 黄金の神殿を背に、ロイド・グランヴェルは、膝の上で「生カスタードプリン」のように溶けているメンダコの頭を、優しくリズムに合わせて撫でていた。


 その横では、秘書官のクラウスが無表情のまま、ロイドのスーツに付着した微細な塩分を『水垢全自動弾き飛ばしコロコロ(超高圧噴射版)』で「シュゴォォォッ! ズババババッ!」と凄まじい音と共に完全に消去している。


 そこに、耳障りな駆動音がドームの床を揺らして響き渡った。


「馬鹿な、この深度にこれほどの酸素ドームを建設しただと!? だが無駄だ! この『高圧粉砕機』の出力は、黄金都市そのものを小さなインゴットへ圧縮するために調整されている! 貴様の道楽ごと、すべてを兵器の材料にしてくれるわ!!」


 地中から巨大なプレス・ドリルを突き立て、ドーム内に乱入してきたのは、オーディン直属の『物質高密度化班』だった。

 彼らは歴史や美しさを「体積の無駄」と断じ、あらゆるものを「高密度な破壊の道具」に変えようとする機能主義の亡者たちだった。


「このメンダコの圧縮能力を抽出すれば、世界を容易く握りつぶす『超重力弾』が完成するのだ! さあ、その粘土細工のような害獣をこちらへ渡せ!!」


 リーダー格の男がレバーを引こうとした、その時だった。


「……なるほど。圧縮すること、密度を高めることだけを追求した結果、自分たちの『存在の軽さ』には気づかなかったようですね」


 ロイドは溜息(ためいき)を一つ吐くと、メンダコを抱き上げたままゆっくりと立ち上がった。

 その瞳には、先ほどまでの慈愛など微塵もない。世界を裏から支配する、冷徹な特命代理としての(かお)だった。


「クラウス」


「はい、ロイド様。――不良在庫の『圧縮処分』を開始します」


 クラウスがタブレットを操作した瞬間。

 ドームを支える支柱から、不可視の『分子間力安定ビーム』が放たれた。

 工作部隊が誇る高圧粉砕機は、その巨大な力を内側へと逆転させられ、自らの自重によって「ミシッ、ミシシッ!」と音を立てながら、手のひらサイズの『ただの鉄の立方体』へと静かに圧縮されてしまった。


「な、なんだと……!? 我が班の誇る粉砕機が、指一本触れられずに文鎮になっただと……!?」


「『虚空の開拓者』。あなた方が黄金を奪おうとしたその採掘権……。そしてあなた方の組織がこの作戦のために用意した全予算を、我が財閥が先ほど『マイナス金利での強制的買収』によって、すべて紙屑に変えさせていただきましたよ」


 ロイドは空中に巨大なホログラムウィンドウを展開した。

 そこに映し出されたのは、世界海洋銀行の総裁と、国際歴史遺産裁判所の裁判長だった。


「総裁、ならびに裁判長。お疲れ様です」


『はっ! ロイド様! 例の工作部隊による『不法な大陸棚破壊および歴史財産の窃盗未遂』の証拠、すべて受理いたしました。彼らの関連企業の資産は、現在一マイクロセカンド単位で接収中です!』


 高密度化班のリーダーはその報告を聞き、黄金のタイルの上で膝をついた。


 (バカな、我々の経済ルートは完全に秘匿されていたはずだ……!)


「あなたが『物質を圧縮して奪う』という野蛮な作業をしている間に、我が社はあなた方の『存在価値そのもの』をゼロに圧縮しておきました。……つまり、現在あなたが着ているその潜水服の繊維一本に至るまで、既に我が財閥の『廃棄予定品』です」


 ロイドは、極上の微笑みを浮かべて、破壊者たちの息の根を止める完璧な提案を披露した。


「総裁。この男たちの全資産を、直ちに『深海環境保護基金』へ寄付してください。没収した採掘機は、直ちに『深海黄金都市・特製マッサージ機』の部品として無償改造します。……ここのドームで、メンダコちゃんたちが『パタパタするヒレ』を休めるための、自動揉みほぐしチェアにするのです」


 銀行総裁たちが、感銘を受けたように深く頷く。


『素晴らしいご提案です! これにより深海の生態系は守られ、同時に闇の兵器製造ルートも完全に断たれます! ロイド様、あなたは深海の平和を司る賢者だ!』


「ま、待ってくれ! 我々の最新技術を、ただのタコのマッサージチェアにするというのか!? そんな非生産的な……!」


「生産性? ……そうですね。私にとって最も価値があるのは、この子が化粧水プールの中で、もちもちの足を伸ばして『ぷきゅぅ』と鳴く、この非生産的で最高に贅沢な時間ですから」


 ロイドの冷徹な宣告に、工作班のリーダーは言葉を失い、絶望のあまり泡を吹いて倒れた。


「お引き取りを。あなたの下品なドリルの騒音では、メンダコちゃんが、化粧水の浸透する音を聴き逃してしまいますので」


 ロイドが優雅に指を鳴らした直後。

 工作部隊の醜い命乞いは、財閥法務部(回収班)によって物理的に塞がれ、そのまま一生「もちもちとは無縁な鋼鉄の檻」で過ごす刑務所へと強制連行されていった。


 ほんの数分。

 一滴の血も流さず、一つの巨大な闇組織の兵器工場が社会から消去され、同時に黄金都市が「全人類の憧れの深海リゾート」へと浄化されたのである。


「……ふぅ。まったく、せっかくのヒレ裏同調タイムを邪魔されるとは」


 ロイドが視線を落とすと、巨大メンダコが「ぷきゅぅ……」と嬉しそうに鳴きながら、ロイドのスーツに自慢の吸盤を「ぺちょん」と吸い付かせてきた。


「ああ、お待たせしましたね。さあ、もう一度、極上のヒレマッサージを楽しみましょうか」


 先ほどまでの冷徹な顔は幻であったかのように、ロイドは目を細め、愛しいメンダコのもちもちした巨体に沈み込んだ。


「……ロイド様。工作員の資産接収、およびこの黄金都市の『特級深海エステリゾート・独占運用権』の取得が完了しました。我が社がドームを建設したことで、この海底の地価は大陸最大の美容拠点として天文学的に跳ね上がっております」


 クラウスが無表情のまま、『水垢コロコロ』を「ガシュゥゥッ!」とロイドの背中に転がす。


「素晴らしい。これで、この子たちのためにさらに極上の環境を整えられますね」


 破壊者を経済と権力で轢き潰し、深海の美を守りながら、浄化された海底から莫大な富を生み出す。

 世界一理不尽で、世界一優雅なワケアリ不動産の快進撃は、とどまることを知らない。




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