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第61話 忘却の空中庭園と夢喰いの巨大バク




 グランヴェル財閥・ワケアリ不動産本社要塞。

 砂漠の熱気をリセットするように、冷たいアイスティーを楽しむロイド・グランヴェルの元へ、帝都の観光局長が真っ青な顔で転がり込んできた。


「ロ、ロイド社長……! 助けてください! 帝都の誇りである『空中庭園スカイ・テラス』が、消えてしまったのです!」


 提示されたホログラムには、本来なら美しい花々が咲き乱れる浮遊島があるはずの空域に、どろりとした不気味な「極彩色の霧」が停滞している様子が映し出されていた。


「ふむ。空中庭園が霧に消えた、ですか。幻想的で、非常に集客が見込めそうなシチュエーションですね」


 ロイド・グランヴェルは、グラスの中の氷をカランと鳴らし、優雅に微笑んだ。


「悠長なことを言っている場合ではありません! あの霧に触れた調査隊や観光客が、皆『廃人』のようになって戻ってくるのです! 怪我一つないのに、自分の名前も、愛する家族の顔も、昨日食べた美味しい食事の味も……すべての『幸福な記憶』を忘却し、虚空を見つめるだけの操り人形になってしまうのです!」


 局長は、ガタガタと震えながら自分の頭を抱えた。


「軍の魔導師たちが霧を吹き飛ばそうとしましたが、術を発動した瞬間に『魔法の使い道』を忘れて墜落する始末……。今や帝都の上空は、触れてはならない『忘却の墓場』です! 処理費用は国が持ちます、権利もタダで差し上げます! どうか、あの呪われた空を更地にして(消して)ください!」


 踏み入れば最後、魂の輝きを吸い取られる忘却の霧。

 (ひっひっひ、いくら財閥でも、目に見えない『記憶』を食らう呪いには勝てまい。そのまま自分たちが誰かも分からなくなって、空の藻屑となるがいい!)


 そんな浅ましい計算など、ロイドと、背後に控える秘書官のクラウスには一瞬で透けて見えていた。

 しかし、その話を聞いていたロイドの瞳は、忘却への恐怖など微塵もなく――夢心地のような『歓喜』に潤んでいた。


(人々の幸福な記憶だけを選別して吸い出し、霧の中に溶け込ませる圧倒的な吸引力。そして、霧の中から聞こえるという、鼻を鳴らすようなリズミカルな音……!?)


 冷徹なビジネスマンの仮面の下で、ロイドのモフモフセンサーが成層圏を突き抜けるほどの警報を鳴らしていた。


(これは呪いなどではない。何らかの巨大な意思が、人々の『ストレス(悪夢)』を掃除しようとして、誤って幸せまで吸い込んでしまっているだけ……。この長い鼻のポテンシャル、間違いない……!!)


「素晴らしい……!」


「ひっ!? な、なにが素晴らしいのですか!?」


 歓喜の声を上げたロイドに、局長が椅子から転げ落ちた。


「間違いない! 『忘却の墓場』などという不吉なものではありません! その中心には、人々の夢を主食とし、あまりの食欲に周囲の記憶までダイソン(掃除機)のように吸い込んでしまっている、究極のバキューム・モフモフ……夢の守護者(巨大バク)がいるに違いありません!」


「は……? ば、ばく……?」


「あの独特の、意思を持ってうねる長い鼻! 虹色の霧を纏った幻想的な毛並み! そして、吸い込まれたら最後、二度と現実に戻りたくなくなるほどの圧倒的な『抱擁感』! ええ、契約しましょう。その無料の忘却物件、我が社が喜んでお引き受けいたします」


 ロイドは流れるような所作で契約書を完成させ、呆然とする局長を「お忘れ物のないよう」と優雅に追い出した。



***



「……ロイド様。あのような精神そのものを『消去』する土地、転売の価値があるのですか?」


 局長が去った後、クラウスが無表情のまま尋ねた。


「当然です、クラウス。あの男は、自分がどれほどの『安眠』を手放したか理解していません。……魔獣バクを保護し、お家芸で『認識を阻害している過剰な水分(霧)』だけを綺麗に固定して更地にすれば、後に残るのは『世界一寝心地の良い、天空の快眠リゾート(更地)』です。現代人のストレスをすべて消し去る拠点になりますよ」


 忘却の霧を更地にする。

 一介の不動産屋が口にしていい規模の精神医学への反逆ではないが、彼らにとっては、少し多めの加湿器の掃除程度の認識である。


「なるほど、完璧なビジネスですね。……ところで、ロイド様。今回の霧の発生源ですが」


 クラウスは手元のタブレットを操作し、その無表情の奥に、絶対零度の冷徹さを宿した。


「空中庭園の管理記録をハッキングしたところ、数ヶ月前に『虚空の開拓者ヴォイド・パイオニア』の関連会社が、庭園に『最新型の魔導アンテナ』を設置しています。どうやら、バクの吸引力を利用して、人々の『特定の記憶(不都合な真実)』だけを効率的に抽出し、エネルギーとして変換する実験を行っていたようです」


「……おや、そうですか」


 ロイドは、極上の微笑みを浮かべた。

 しかし、その瞳の奥には、すべてを射抜くような鋭い殺意が静かに渦巻いている。


「都合がいいですね。私の愛する家族(虹色の長い鼻)を、記憶の掃除機として酷使し、お腹を壊させた無粋な輩。……極上の夢喰いバクを保護しつつ、同時に目障りな黒幕の『情報統制プラント』を、我が社が合法的に『経済的抹殺(記憶の乗っ取り)』して差し上げましょう」


「ええ。では、R&Dに命じておいた【完全精神防壁・夢境安定スーツ】と、私用の『記憶のシミ取りコロコロ』の準備に入ります」


「頼みましたよ。さあ、視察に向かいましょうか。新たなる家族(夢の掃除機)のお迎えです!」


 踏み入れば自分を忘れる、忘却の霧へ。

 エレガントな御曹司と、戦闘特科トップの冷徹な秘書官は、究極の精神的モフモフと、不埒な情報工作員の首を求めて、優雅な足取りで空に浮かぶ迷宮への旅路を出発した。




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