第60話
かつてあらゆるものを飲み込む流砂の地獄だった古代遺跡は、たった数時間で、砂漠の概念を覆す『絶対防衛・完全冷却アクアリゾート』へと変貌を遂げていた。
総帥アルベルトが投じた白金貨六億枚。
巨大な偏光クリスタルドーム内は常に摂氏二十四度に保たれ、中央には冷えた炭酸水が滝のように降り注ぐ巨大な給水塔がそびえ立つ。
黄金の砂の上では、巨大フェネックが「キュフゥ……」と幸せそうに大きな耳をパタつかせ、冷房の効いた砂風呂を満喫していた。
「素晴らしい……。この、どこまでも続く黄金の輝きと、耳裏を吹き抜ける人工の涼風。これぞ、砂漠のオアシスの完成形です……!」
『キュルルゥ……(お水、シュワシュワして楽しいキュ……)』
給水塔から溢れる炭酸水の飛沫を浴びながら、ロイド・グランヴェルは、膝の上で溶けているフェネックの大きな耳の付け根を優しく揉みほぐしていた。
その横では、秘書官のクラウスが無表情のまま、ロイドのスーツに付着した微細な砂粒を『砂粒全自動弾き飛ばしコロコロ(超高速回転版)』で「シュゴォォォッ! ズババババッ!」と凄まじい吸引音と共に消し去っている。
そこに、不快な金属音がドームの床を突き破って響き渡った。
「どけ! この遺跡に眠る『太陽の動力炉』は、我々『虚空の開拓者』が世界の最適化のために回収する! 無駄な娯楽施設など、ドリルで粉砕してやろう!!」
地中から巨大な穿孔機を突き立て、ドーム内に乱入してきたのは、オーディン直属の『地質最適化班』だった。
彼らは、遺跡を「効率的なエネルギー源」としか見ておらず、この美しいリゾートを「非効率なゴミ」と吐き捨てて、武力による強奪を開始したのである。
「機能しない古代の遺物は、我々の工場で部品として再利用されるべきだ! その巨大な害獣も、実験体としてバラバラにしてくれるわ!!」
リーダー格の男が号令をかけると、ドリル戦車が轟音を上げ、フェネックの砂場へと突進しようとした。
「……なるほど。歴史の重みも、この耳のあざとい震えも理解せず、ただ『部品』としてしか世界を見ることができない。……哀れですね」
ロイドは溜息を一つ吐くと、フェネックを抱き上げてゆっくりと立ち上がった。
その瞳には、先ほどまでの慈愛など微塵もない。世界を裏から支配する、冷徹な特命代理としての貌だった。
「クラウス」
「はい、ロイド様。――最適化(ゴミの分別)を開始します」
クラウスが指を鳴らした瞬間。
ドームの壁面を構成するクリスタル支柱から、不可視の『重力固定レーザー』が放たれた。
突進していたドリル戦車は、まるで時間が止まったかのようにその場で静止し、巨大な質量によって自分自身の車体をひしゃげさせながら、砂の上で沈黙した。
「な、なんだと……!? 我々の最新鋭機が、指一本触れられずに……!」
「『虚空の開拓者』。あなた方が古代兵器を狙ってこの地を荒らしていた証拠……。すべて買い叩かせていただきましたよ」
ロイドは空中に巨大なホログラムウィンドウを展開した。
そこに映し出されたのは、サハラッドの国王と、国際文化遺産保存委員会の会長だった。
「国王陛下、ならびに会長。お疲れ様です」
『はっ! ロイド様! 例の開拓部隊が不法に持ち込もうとしていた重機、および周辺の遺跡を破壊した記録、すべて受理いたしました!』
地質班のリーダーはその顔ぶれを見て、黄金の床の上にへたり込んだ。
(バカな、ここは我々が完全に情報封鎖していたはずだぞ……!)
「あなたが『ドリルで掘って奪う』という野蛮な作業をしている間に、我が社はサハラッド国における『すべての遺跡発掘権』と『地中資源運用権』を、周辺諸国との貿易協定ごと買い占めておきました。……つまり、現在この国であなたが振るっているドリルの一回転、砂の一粒の移動すら、我が財閥への『不法行為』に当たります」
ロイドは、極上の微笑みを浮かべて、破壊者たちの息の根を止める完璧な提案を披露した。
「陛下。この男たちの不正の全容を、直ちに国際法廷へ提出してください。没収した『虚空の開拓者』の全機材と掘削データは、直ちに『サハラッド国立・歴史教育センター』として無償公開します。……ここの冷却ドームを拠点に、世界中の研究者が『無料の炭酸水』を飲みながら、この美しい耳……いえ、遺跡を愛でることができるようにするのです」
サハラッド国王たちが、感銘を受けたように深く頷く。
『素晴らしいご提案です! これにより我が国の歴史は守られ、同時に闇の盗掘ルートも完全に断たれます! ロイド様、あなたは我が国の救世主だ!』
「ま、待ってくれ! 我々の誇り高き最適化技術を、ただの子供の社会科見学に使うというのか!? そんな無駄の極み……!」
「無駄? ……そうですね。私にとって最も価値があるのは、この子が安心して『大きな耳をピクピク』させられる、この平和で無駄に満ちた時間ですから」
ロイドの冷徹な宣告に、地質班のリーダーは言葉を失い、絶望のあまり砂の上で崩れ落ちた。
「お引き取りを。あなたのドリルの騒音では、フェネックちゃんが、炭酸水の泡の音を聴き逃してしまいますので」
ロイドが優雅に指を鳴らした直後。
ドリル部隊の醜い命乞いは、財閥法務部(回収班)によって物理的に塞がれ、そのまま砂漠の果ての極寒刑務所へと強制連行されていった。
ほんの数分。
一滴の血も流さず、一つの巨大な闇組織の出先機関が社会から消去され、同時に古代の遺産が「人類共通の財産」へと浄化されたのである。
「……ふぅ。まったく、せっかくの耳裏タイムを邪魔されるとは」
ロイドが視線を落とすと、巨大フェネックが「キュルルッ!」と嬉しそうに鳴きながら、ロイドの膝に大きな耳を押し当ててきた。
「ああ、お待たせしましたね。さあ、もう一度、極上の耳裏マッサージを楽しみましょうか」
先ほどまでの冷徹な顔は幻であったかのように、ロイドは目を細め、愛しいフェネックの大きな耳に沈み込んだ。
「……ロイド様。盗掘団の機材接収、およびこの遺跡の『特級歴史リゾート・独占運用権』の取得が完了しました。我が社がドームを建設したことで、この砂漠の地価は大陸最大の観光拠点として天文学的に跳ね上がっております」
クラウスが無表情のまま、『砂粒弾き飛ばしコロコロ』を「ガシュゥゥッ!」とロイドの背中に転がす。
「素晴らしい。これで、この子たちのためにさらに極上の環境を整えられますね」
破壊者を経済と権力で轢き潰し、歴史を守りながら、浄化された砂漠から莫大な富を生み出す。
世界一理不尽で、世界一優雅なワケアリ不動産の快進撃は、とどまることを知らない。
作品を楽しんでいただけましたら、評価・ブクマ等をいただけますと幸いです!




