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第59話

 



 ロイド・グランヴェルが優雅に指を鳴らした直後。


 サハラッドの燃えるような太陽を遮るように、上空の魔導艦から遺跡周辺を射抜く極大の『超広域・重力安定および砂分子固定』の光が放たれた。


 ――ズゥゥゥゥゥンッ……!!


 それは砂を固めるのではなく、砂の粒子一つ一つに「定位置」を覚えさせ、重力の影響を書き換える精密な上書きだった。

 まばゆい光が流砂の渦を舐めるように広がった瞬間、あらゆるものを飲み込んでいた蟻地獄はピタリと動きを止め、波打っていた砂丘は、まるで磨き上げられた黄金の床のように滑らかに固定された。


 数秒後。

 後には、どこまでもサラサラで、足を踏み入れても一切沈まない『世界一清潔な黄金の砂漠(更地)』だけが残されていた。


『キュルルッ!?(お砂がふわふわで動かないキュ!?)』


 巨大フェネックが、自分を振り回していた流砂が止まったことに驚き、大きな耳をパタパタと羽ばたかせて歓喜のステップを踏んだ。


「お見事。今回は摩擦係数の再定義という少々強引な手法でしたが、我が一族のお家芸はいつ見てもスマートですね」


 ロイドは満足げに微笑み、ホログラム通信を展開した。

 案の定、呼び出し音を待たずして、画面が熱気で歪むほどの勢いで兄の絶叫が響き渡る。


『ロォォォォォイドォォォォォ!! 私の愛する弟よ!! 摂氏五十度の灼熱砂漠に潜ったと聞いたが、その白い肌が日焼けで赤くなっていないか!? 脱水は!? 喉はカラカラになっていないだろうな!?』


 画面の向こうのアルベルト・グランヴェルは、なぜか巨大な『氷結魔法型・超弩級爆撃機』の主翼に跨り、零下百度の冷却ガスを自ら浴びて霜柱を立たせながら、血走った目で絶叫していた。


「お疲れ様です、総帥閣下(アルベルト兄さん)。ええ、R&Dの防塵浮遊スーツのおかげで、極上の大きなフェネックを堪能する余裕すら――」


『何ということだ……! 暑い! 暑すぎるではないか! 弟が砂まみれの熱風の中で干からびているぞ!!』


 アルベルトが、冷却ガス噴射口を口に咥えて(?)頭を抱えた。


『愛する弟と、そのお耳の大きな天使ちゃんが、そんな地獄のような太陽の下で砂遊びをしているだと!? 万が一、そのせいで弟の美しい瞳が砂埃で曇ったらどうする! 宇宙の法則が許してもこのアルベルトが許さん!!』


「兄さん、フェネックですから砂漠の太陽は彼らにとってのライトのようなものなのですが」


『黙れ! おい経理! ロイドの口座に【ワケアリ遺跡・超巨大冷却・給水ドーム建造費】として白金貨六億枚を叩き込んでおけ!』


「……よ、六億!? 兄さん、ついに大陸一つの年間予算を軽く超えましたよ!?」


『太陽光など一切シャットアウトしろ! この広大な遺跡全域を、熱線を反射する【最高級魔導偏光クリスタルの巨大冷却ドーム】で覆うんだ! ドーム内には、砂漠のど真ん中とは思えない【特大流れるプール】と【冷房完備の黄金ニンジン農園】を建造しろ! 中心には、最高級の冷えた炭酸水が滝のように降り注ぐ【純金製の給水塔】を設置するんだ!!』


 涼しい顔で、砂漠のど真ん中に「世界最大の屋内オアシス」を丸ごと一つ建設するという、気象学を札束で蹂躙する環境改造を命じる総帥。


「……はぁ。クラウス、今日も絶好調ですね」


「ロイド様。白金貨六億五千万枚の入金、確認いたしました(フェネックちゃん用の冷感耳カバー代含む)」


 クラウスが無表情のまま、タブレットを操作して処理を進める。

 これで今回も、一件落着……誰もがそう思った、その時だった。


 ――ガガガガガッ!!


 整地されたばかりの黄金の砂漠に、地中を掘り進む『巨大穿孔機ドリル』を先頭にした、不気味な開拓部隊の影が現れた。

 その機体に刻まれているのは、『虚空の開拓者ヴォイド・パイオニア』の紋章。


「……ほう。あの『黒幕』が、よほどこの遺跡の古代兵器を諦め切れないようですね」


 ロイドは、膝の上で大きな耳をパタつかせているフェネックを優しく撫でながら、現れた鉄の塊を見据えた。


「クラウス。あのドリルの駆動音……先日解体した『不可知市場』の残党が使っていた周波数と一致しませんか?」


「……はい、ロイド様。さらに周辺の重力波を傍受したところ、オーディン直属の『空間・地質最適化班』が動いています。どうやら、この流砂を利用して遺跡を隔離し、内部の遺物を独占しようとする『機能主義的な強奪』が始まろうとしています」


「……なるほど」


 ロイドの瞳から、温かな光がスッと消えた。

 モフモフの砂遊びを邪魔し、歴史を蹂躙し、無機質な工場で埋め尽くそうとする破壊者たち。


「万死に値しますね。……ちょうど良いでしょう。新しく完成する冷却ドームの『最初の不要物排除デバッグ』といきましょうか」


 背後で数万人の工兵部隊が、砂漠を覆い尽くすほどのクリスタル支柱を凄まじい速度で打ち込み始める中。

 ロイドは優雅に、だが決定的な殺意を込めて指を鳴らした。




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