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第58話

 



 ――ピクッ、ピクピクッ!


 古代遺跡の頂上。

 顔の半分以上を占める巨大な三角形の耳が、自分に近づいてくる「砂に沈まない異物」――ロイド・グランヴェルの存在を捉えていた。


 普通の人間なら、この流砂の渦に触れた瞬間に骨まで砕けて地底へ消えるはずだ。

 しかし、ロイドはまるで手入れの行き届いた庭園を散歩するように、サラサラと流れる砂の表面を滑って目の前までやってくる。


「さあ、まずはこれをお試しなさい。野性の砂では、どうしても微細な不純物が混じって、自慢の毛並みが傷んでしまいますからね」


 ロイドは懐から、空間を圧縮して持ち運べる特製魔導コンテナを取り出した。

 グランヴェル財閥『研究開発部(R&D)』が、大陸中の希少な水晶を極限まで粉砕し、火の魔素で徹底的に洗浄・殺菌した『極上・洗浄済み魔力シリカ』である。


 コンテナを開けた瞬間、太陽の光を反射してダイヤモンドのように輝く、純白の「究極の砂」が溢れ出した。


『……キュゥ!?(なにこれ、すっごくキラキラキュ!)』


 巨大フェネックのルビー色の瞳が、一斉に輝いた。

 抗いがたい美しさと清潔感に誘われ、おそるおそる前足でその白い砂に触れる。


 ――サラァァ……。


 触れた瞬間、一粒一粒が意志を持っているかのように毛並みの奥まで入り込み、蓄積した汚れを一瞬で絡め取っていく。

 フェネックは我慢できなくなったように、自分からその純白の砂の中へとダイブし、ゴロゴロと幸せそうに転げ回った。


「美味しい……いえ、気持ちよさそうですね。では、少し失礼して」


 砂遊びに夢中になっている隙を突き、ロイドは両手を大きく広げた。

 そして、フェネックのアイデンティティとも言える、あの巨大な『耳の付け根』へと、神業の指先を深々と突き刺したのである。


「おお……! おおおおお!! なんという熱放散効率! 指先に伝わるこの繊細な血管の鼓動、そして耳の裏側に密集したベルベットのような産毛の柔らかさ……! ああ、大きな耳をパタパタさせるたびに、私の顔に砂漠の聖なる風が吹き抜けます!」


「……ロイド様。あまりに激しく耳を揉むと、フェネックが興奮して周囲の砂を一気に噴水のように打ち上げます。スーツの気密性が限界ですので、程々にしてください」


 黄金の砂嵐の中で、巨大な耳に顔を埋めながら悶絶するロイドと、それを無表情で見守るクラウス。

 極上の洗浄シリカと、かつて味わったことのない「三次元・耳裏揉みほぐし」。

 あまりの心地よさに、巨大フェネックはついに砂遊びを止め、ロイドの腕の中に大きな頭を預けて「キュルルル……」と甘えた声を漏らした。


「さあ、私と契約しましょう。三食昼寝、最高級の洗浄砂場付き。不埒な盗掘者に邪魔されない静かな遺跡で、思う存分ゴロゴロするのです」


 完全に骨抜きになったフェネックに対し、ロイドは、砂の侵入を一切許さない【完全気密版・魔法契約書】を取り出す。


「印鑑は不要です。ここに、そのフワフワの『大きな耳』をペタッと乗せるだけで結構ですよ」


『キュッ! パタッ』


 愛らしい返事と共に、フェネックが契約書に自慢の耳を押し当てた。

 すると、耳の形を模した黄金のスタンプが浮かび上がり、契約が成立する。


『……ふにゃぁ。お兄ちゃんの手、魔法みたいキュ。もう変な機械で砂を掘り返されるのは嫌だキュ』


「ええ。もう二度と、あなたの砂遊びを邪魔するゴミ(盗掘者)は通しませんよ」


 大きな耳を通じて、涼やかな甘えん坊の声(念話)がロイドの脳内に届く。


 足元でフェネックが尻尾を振るたびに、黄金の砂がキラキラと舞い上がる中、ロイドは至福の笑みを浮かべた。

 しかし、その超高級スーツの表面は、フェネックが撒き散らした微細なシリカ成分と静電気で、ロイド自身が「黄金の砂像」のように輝いていた。


「……失礼します、ロイド様。動かないでください」


「ふふ、これぞ黄金の砂漠の勲章ですよ、クラウ――って、シュゴォォォ! ズババババッ! って言いましたよ!?」


 クラウスが無表情のまま取り出したのは、R&Dが開発した『砂粒全自動弾き飛ばしコロコロ(超高速回転版)』だった。

 シュゴォォォッ! という凄まじい吸引音と共に、ロイドのスーツから見事に砂の粒子を「一粒残さず」消去していく。


「な、なんて手際だ……。我々の最新鋭魔導機ですら近づけなかったあの流砂の王を、ただの砂一箱と、素手での『耳掃除』で手懐けてしまうなんて……!」


 絶句する声に振り返ると、遺跡の瓦礫の陰から、砂まみれの重装甲を着た男たちが数名、這い出してきた。

 彼らは特使の裏で動いていた『虚空の開拓者』の末端、古代兵器を狙う違法盗掘団だった。


「おや。こんな神聖な砂場に、土足で踏み込んでいたのですか」


 ロイドはコロコロをかけられながら、居住まいを正して彼らに向き直った。


「他人の砂遊びを邪魔し、歴史を盗み、あざとい耳を恐怖させる。……その下劣な振る舞い、高く評価いたしましょう。我が社の『砂抜き(経済的抹殺)』の対象としてね」


 ロイドの瞳に宿った絶対零度の光に、盗掘団の面々は腰を抜かした。


「今日から、あなた方を我が『ワケアリ不動産』の専属・遺跡修復および砂場清掃員として再雇用してあげましょう。給料は……そうですね、一生かけて『砂の粒を数えて分類する』仕事にふさわしい額に設定しておきますよ」


「な、なんだって……!?」


 こうして、魔獣の保護と不法侵入者の確保は完了した。

 ロイドは、満足げに耳をピクピクさせているフェネックを撫でながら、黄金の砂漠を見渡す。


「クラウス。準備はいいですね?」

「はい、ロイド様。上空の魔導艦、並びに地上部隊、すべて待機しております」


「では――我が一族のお家芸を披露しましょうか。この無価値な『流砂のバグと不純物』だけを綺麗に固定し、美しい『黄金のスノー(砂)リゾート(更地)』にします」


 ロイドが優雅に指を鳴らした、その直後。

 サハラッドの空から、遺跡周辺の重力を書き換える極大の『超広域・砂分子固定および現実座標安定』の光が、流砂へと放たれた。





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