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第53話

 



 ――ピチチチチッ! ピチチッ!


 巨大なシマエナガ団子の表面。

 何千羽ものつぶらな瞳が一斉に、自分たちへ近づいてくる「歩くコタツ」――ロイド・グランヴェルを注視していた。


 普通の人間なら、この距離に近づくだけで凍結して粉々になるはずだ。

 しかし、ロイドは鼻歌でも歌い出しそうなほど涼やかな顔で、巨大な雪玉の目の前まで歩み寄る。


「さあ、まずはこれを。こんな極寒の中で押し合いをしていては、すぐにエネルギーが尽きてしまいますからね」


 ロイドは懐から、冷気でカチコチにならない特殊な温熱魔導ケースを取り出した。

 グランヴェル財閥『研究開発部(R&D)』が、北方の希少な穀物に高純度の火の魔素をコーティングし、一粒で数日分の体温を維持できるほど圧縮した『極上・高カロリー魔力穀物』である。


 ケースを開けた瞬間、冷え切った大気を優しく包み込むような、香ばしく甘い、炊きたてのご飯のような香りが広がった。


『……ピィ!?(あったかいにおいピィ!)』


 シマエナガたちの瞳が、一斉にルビーのように輝いた。

 先頭にいた一羽が、勇気を出してロイドの掌から黄金色の粒をついばむ。


 ――サクッ。ポカァァァァン……!


 食べた瞬間、お腹の底から太陽が昇ったかのような温もりが全身を駆け巡る。

 一羽が狂ったように喜びの声を上げると、巨大な雪玉が「ズズズッ」と崩れ、数千羽のシマエナガたちが我先にとロイドの周りへ雪崩れ込んできた。


「おやおや、順番ですよ。……では、少し失礼して」


 おやつに夢中になっている隙を突き、ロイドは両手を大きく広げた。

 そして、何千羽ものシマエナガが密集して「一つの巨大な物体」と化している団子の隙間に、素手を深々と突き刺したのである。


「おお……! おおおおお!! なんという密度! なんという柔剛のバランス! 外側はキンキンに冷えていながら、内側は仲間の体温で蒸し上げられた最高級の『大福』のようです! ああ、指の間を抜けていくこのモチモチとした反発力……宇宙の真理がここにあります!」


「……ロイド様。あまりに激しくかき混ぜると、シマエナガ同士の摩擦で静電気が発生し、局地的な『雷雲』が生まれます。スーツの絶縁機能が限界ですので、程々にしてください」


 吹雪のど真ん中で、数千羽の白い毛玉に埋もれながら悶絶するロイドと、それを無表情で見守るクラウス。

 極上の温かいおやつと、かつて味わったことのない「群れ全体への一斉揉みほぐし」。

 おしくらまんじゅうの苦労から解放され、天国のような幸福感に包まれたシマエナガたちは、一斉に「ピチュルルル……」と甘えた声を出し、ロイドのスーツの隙間に潜り込もうと列をなした。


「さあ、私と契約しましょう。三食昼寝、温かい特級穀物付き。完全に風が遮断された幻想的な氷の聖地で、のんびりとお昼寝をするのです」


 完全に骨抜きになったシマエナガの群れを代表し、最も丸々とした個体がロイドの指先にちょこんと乗った。

 ロイドは、氷の魔力に完全対応した【耐寒版・一括魔法契約書】を取り出す。


「印鑑は不要です。ここに、その小さな『足跡(肉球スタンプ)』を一つ残すだけで、群れ全員を我が社の社員として保護しましょう」


『ピピッ! ペタッ』


 愛らしい返事と共に、シマエナガが契約書に小さな足跡を刻んだ。

 すると、数千羽のシマエナガたちの額に一瞬だけグランヴェル財閥の紋章が浮かび上がり、契約が成立する。


『……ふやぁ。お兄ちゃん、とってもあったかいピィ。もう吹雪の中で頑張らなくていいんだピィ』


「ええ。もう二度と、寒さに震える必要はありませんよ」


 甘えん坊な声(合唱念話)が、ロイドの脳内に響き渡る。


 足元で雪崩のように白い毛玉たちが転げ回る中、ロイドは至福の笑みを浮かべた。

 しかし、その超高級スーツの表面は、シマエナガの細かな羽毛と雪の結晶、さらには静電気による異常な「逆立ち状態」で、もはやロイド自身が巨大な綿飴のようになっていた。


「……失礼します、ロイド様。動かないでください」


「ふふ、これぞ究極の密集モフモフの勲章ですよ、クラウ――って、バチバチバチィッ! シュゴォォォ! って言いましたよ!?」


 クラウスが無表情のまま取り出したのは、R&Dが開発した『静電気除去・防結露コロコロ』だった。

 バチバチバチィッ! という凄まじい放電音を立てて、ロイドのスーツから見事に羽毛と氷の結晶を「吸着・中和」していく。


「な、なんて手際だ……。我々の炎すら凍らせたあの死の吹雪を、ただの一掴みの餌と、素手での『こね回し』で鎮めてしまうなんて……!」


 呆然とする声に振り返ると、氷の岩陰から、雪だるまのように凍りついた男たちが数名、震えながら這い出してきたところだった。

 彼らは、国境伯に見捨てられながらも、「これ以上吹雪を広げてはいけない」と、命懸けで吹雪の境界線で火を焚き続けていた『北方の辺境警備隊』の男たちだった。


「おや。こんな絶対零度の中で、ずっと領民の盾になっていたのですか」


 ロイドはコロコロをかけられながら、居住まいを正して彼らに向き直った。


「誰も助けに来ない絶望の中で、折れずに火を灯し続けた。……その忠義の心、高く評価いたします」


 ロイドの言葉に、警備隊の面々はハッと息を呑み、そして氷が解けるように涙を流した。


「今日から、あなた方を我が『ワケアリ不動産』の専属・スノーリゾート警備特区の主任として再雇用してあげましょう。初任給は金貨十枚です。もちろん、このシマエナガちゃんたちの『おしくらまんじゅう監視係(凍傷手当)』もつきますよ」


「き、金貨十枚!? 国境伯の給料の百倍じゃないか!」


「一生、いや来世までついていきます、社長!!」


 こうして、魔獣の群れの保護と、優秀な現地スタッフの確保は完了した。

 ロイドは、肩に乗ったシマエナガを撫でながら、未だに吹き荒れている氷原を見渡す。


「クラウス。警備隊の退避は完了しましたね?」


「はい、ロイド様。すでに全員、暖房完備の輸送艦へ収容しております」


「では――我が一族のお家芸を披露しましょうか。上空の魔導艦に合図を。この無価値な『死の吹雪と過剰な氷の魔素』だけを綺麗に固定し、美しい『幻想的な氷の聖地(更地)』にします」


 ロイドが優雅に指を鳴らした、その直後。

 大陸の遥か上空から、永久凍土の特異点をピンポイントで貫く極大の『超広域・熱量安定および氷結晶固定』の光が、氷原へと放たれた。




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