第54話
ロイド・グランヴェルが優雅に指を鳴らした直後。
北方の厚い雪雲を貫き、上空の魔導艦から永久凍土の特異点を射抜く極大の『超広域・熱量安定および氷結晶固定』の光が放たれた。
――キィィィィィンッ……!!
それは冷気を打ち消すのではなく、荒れ狂う雪の結晶を「そのままの位置で固定」し、有害な魔素だけを中和する精密な上書きだった。
まばゆい光が氷原を舐めるように広がった瞬間、視界を塞いでいた猛吹雪はピタリと止み、舞い上がっていた粉雪は空中で静止。ダイヤモンドダストとなって、幻想的な輝きを放ちながら地表へと舞い落ちた。
数秒後。
後には、どこまでも澄み渡った青空と、大陸一の透明度を誇る氷の平原が広がる『幻想的な氷の聖地(更地)』だけが残されていた。
『ピチチッ!?(お空がみえるピィ!?)』
数千羽のシマエナガたちが、自分たちを苦しめていた極寒の嵐が消えたことに驚き、丸い体を揺らして歓喜の合唱を上げた。
「お見事。今回は熱力学の再定義という少々乱暴な手法でしたが、我が一族のお家芸はいつ見てもスマートですね」
ロイドは満足げに微笑み、ホログラム通信を展開した。
案の定、呼び出し音を待たずして、画面を突き破るような勢いで兄の絶叫が響き渡る。
『ロォォォォォイドォォォォォ!! 私の愛する弟よ!! マイナス百度の永久凍土に潜ったと聞いたが、その柔らかな指先が凍傷で赤くなっていないか!? 鼻水は!? 鼻水は出ていないだろうな!?』
画面の向こうのアルベルト・グランヴェルは、なぜか巨大な『火焔放射型・超弩級戦車』の砲塔を素手で引きちぎり、暖炉代わりに燃え盛る鉄屑を抱えながら、涙を流して絶叫していた。
「お疲れ様です、総帥閣下。ええ、R&Dの絶対保温スーツのおかげで、極上の密集モフモフ(シマエナガ団子)を堪能する余裕すら――」
『何ということだ……! 寒い! 寒すぎるではないか! 弟が巨大な雪玉に埋もれて凍えているぞ!!』
アルベルトが、燃える戦車を放り捨てて頭を抱えた。
『愛する弟と、その白くて丸い大福ちゃんたちが、そんな凍てつく大地で身を寄せ合っているだと!? 万が一、そのせいで弟の美しい体温が一度でも下がったらどうする! 宇宙の法則が許してもこのアルベルトが許さん!!』
「兄さん、シマエナガですから雪の上は彼らにとって庭のようなものなのですが」
『黙れ! おい経理! ロイドの口座に【ワケアリ氷原・超巨大魔導コタツドーム建造費】として白金貨四億八千万枚を叩き込んでおけ!』
「……よ、四億八千万!? 兄さん、ついに国家予算どころか、小国の買収価格(予算)まで突破しましたよ!?」
『冷気など一切シャットアウトしろ! この広大な氷原全域を、熱を逃がさない【最高級魔導断熱クリスタルの巨大ドーム】で覆うんだ! ドーム内の床には、数千羽が一度に入れる【超広域・床暖房内蔵型・特級羽毛コタツ】を建造しろ! 中心には、極上の甘酒とお汁粉が噴水のように湧き出る【純銀製の温熱サーバー】を設置するんだ!!』
涼しい顔で、極寒の北国に「世界最大の暖房施設」を丸ごと一つ建設するという、熱力学を札束で蹂躙する環境改造を命じる総帥。
「……はぁ。クラウス、今日も絶好調ですね」
「ロイド様。白金貨五億枚の入金、確認いたしました(お餅の備蓄代含む)」
クラウスが無表情のまま、タブレットを操作して処理を進める。
これで今回も、一件落着……誰もがそう思った、その時だった。
――ゴォォォォォォ……ッ。
整地されたばかりの氷の聖地に、大型の『魔導除雪艦』を先頭にした、不穏な武装集団の影が近づいてきた。
その旗印は、今回依頼を持ち込んだ「国境伯」のもの。
「……ほう。随分と早いお出ましですね、強欲な領主様」
ロイドは、肩に乗ったシマエナガを優しく撫でながら、氷の彼方を見据えた。
吹雪が消え、安全で莫大な価値を持つスノーリゾートになったと知るや否や、武力で奪い返しに来たのである。
「クラウス。あの除雪艦のエンジン……先日解体した『黒の鎖』の技術が含まれていませんか?」
「……はい、ロイド様。さらに周辺の通信を傍受したところ、『虚空の開拓者』の末端組織と暗号通信を交わしています。どうやら、この吹雪を利用して物資を停滞させていたのは、オーディンの計画に基づく『北方の物流独占実験』だったようです」
「……なるほど」
ロイドの瞳から、温かな光がスッと消えた。
モフモフの安全を脅かし、民を飢えさせ、黒幕と手を組んで私腹を肥やす。
「万死に値しますね。……ちょうど良いでしょう。新しく完成するコタツドームの『最初のゴミ掃除』といきましょうか」
背後で数万人の工兵部隊が、凄まじい速度で巨大な断熱ドームの基礎を打ち込み始める中。
ロイドは優雅に、だが決定的な殺意を込めて指を鳴らした。




