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第52話

 



 ヒュォォォォォ……ッ!


 一歩足を踏み入れた瞬間から、そこは色彩の失われた『白銀の絶死圏』だった。

 空からは、触れた端から熱を奪い去る魔力的な雪の結晶が降り注ぎ、吹き荒れる突風は鋼鉄すらも脆く砕くほどに凍てついている。まさに、生きとし生けるものすべてを拒絶する、神の吐息ブリザードである。


「……なるほど。確かにこれは、ただの寒波ではありませんね。周辺の熱量を無理やり吸い尽くすような、異常なまでの氷の魔素密度です」


 しかし。

 そんな氷河期のような荒野を歩くロイド・グランヴェルの足取りは、まるで冬の街角を散策するかのように優雅で温かそうだった。


「外気温、マイナス摂氏百度を突破。普通の防寒具では、着用者の心臓が止まるまで十秒とかかりません。……ですが、このスーツ内の温度は現在『摂氏二十六度、コタツ設定』の極楽空間に保たれています」


 背後を歩く秘書官のクラウスが、無表情のままタブレットを操作し、現在の環境データを読み上げる。


 二人が身に纏っているのは、グランヴェル財閥『研究開発部(R&D)』が「弟を指先一つ凍えさせてはならない」という総帥の厳命を受けて開発した【完全防寒(かんぜんぼうかん)・絶対保温循環スリーピーススーツ】である。

 生地の繊維には、太陽の核の熱量を擬似的に再現する『極小恒星炉』が編み込まれており、外部の冷気をすべてエネルギーに変換して内部を温め続ける。

 さらに、ロイドの足元には自動で除雪を行う『熱線バリア』が展開されており、彼が歩く場所だけが春の野原のように雪が溶け、道が開けていくのだ。


「素晴らしい着心地です。これなら、極上の『大福マッサージ』に何時間でも没頭できそうですね」


 ロイドが満足げに微笑んだ、その時だった。


 ――ピチチチチ……ッ!


 猛吹雪の向こう側から、空気を切り裂くような鋭い、だがどこか愛らしい鳴き声が幾重にも重なって響いてきた。

 見上げると、白濁した視界の向こうに、巨大な『白い山』が姿を現した。


「ロイド様。吹雪の発生源……いえ、魔素の特異点です。前方五十メートル」


「ええ、見えていますよ。……なんと、想像を遥かに超える密集度ですね!」


 二人が近づくと、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 猛烈な冷気を放ち、周囲を凍てつかせていたのは、巨大な魔法の木の上に形成された、直径数十メートルに及ぶ『白い巨大な雪玉』だった。


 いや、それは雪玉ではない。

 真っ白でふわふわの羽毛に包まれた、つぶらな瞳と小さな嘴を持つ『巨大シマエナガ』たちが、寒さを凌ぐために何百、何千と身を寄せ合い、隙間なく積み重なってできた『シマエナガ団子クラスター』だったのだ。


『ピチチッ! ピチチッ!』


 群れの中心にいる個体たちが、凍えぬように一生懸命に羽ばたくたびに、凄まじい氷の魔力が発生し、それが周辺に「死の吹雪」を撒き散らしていたのである。


「おお……おおおお……!!」


 冷静なクラウスの横で、ロイドは目をカッと見開き、感嘆の声を漏らした。

 その瞳に宿っているのは、絶対零度への恐怖などではない。極限まで高まった、狂気にも似た『密集モフモフへの愛』である。


「見なさい、クラウス! あの、一羽一羽が極上の雪大福のような丸み! それが重なり合い、押し合い、絶妙なバランスで巨大な球体を形成しているこの機能美! 間違いない、あれぞ『天国から降りてきた巨大なモチモチの集合体』です!!」


『……ピッ?』


 騒がしい侵入者の声に気づき、巨大団子の表面にいた一羽のシマエナガが、不思議そうに首を傾げた。

 その瞳は、一瞬で人を氷像にする魔獣の鋭さは皆無であり、ただ純粋に「……だれ? あたたかいね?」と言いたげに、ロイドの放つスーツの熱気に引き寄せられていた。


「なるほど。国境伯が『呪われた地獄』と呼んでいた吹雪の正体は、シマエナガたちが『みんなでおしくらまんじゅうをして、暖をとっていただけ』でしたか。なんと健気で、なんと愛らしいのでしょう!」


 自分を凍らせようとする殺人的な冷気の吐息を、特注スーツの保温機能でただの「心地よい涼風」に変えながら、ロイドは無傷のまま、至福の笑みを浮かべて両手を広げた。


「あの極上の白い羽毛の間に指を差し込み、中心の温もりを確かめる……。考えただけで、財閥の資産をすべて投げ打っても惜しくないほどの価値を感じます! ああ、なんて贅沢な団子なのでしょうか!」


「……ええ。おっしゃる通り、私のカバンに用意した『静電気除去・防結露コロコロ』の出番ですね。後で急激な温度差によるスーツの結露ダメージのメンテナンス代も、経理に請求しておきます」


 絶対零度の吹雪の中で一人熱狂するロイドと、無表情で特注コロコロを構える秘書官クラウス。

 そんな規格外の人間たちを前に、シマエナガの群れは「……ピ? あのニンゲン、コタツのにおいがするピ」という顔で、一斉につぶらな瞳をパチパチと瞬かせた。


「怖がらなくて大丈夫ですよ。……さあ、私が極上の温かいおやつと、最高にふかふかな巨大コタツを用意して差し上げましょう」


 ロイドは一切の警戒もなく、世界で最も優雅な足取りで、炎すら凍る氷原を滑るように巨大なシマエナガの山へと歩み寄り始めた。




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