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第46話 不可知な市場とあざとい次元兎

 



 帝都の中心にそびえ立つ、グランヴェル財閥・ワケアリ不動産の本社要塞。

 その最上階の社長室で、帝都の都市開発を担う『国土交通省』の高級官僚が、滝のような冷や汗を流しながら震えていた。


「ろ、ロイド社長……。どうか、どうかこの土地の権利を、御社で引き取っていただけないでしょうか……!」


 官僚がホログラムマップに映し出したのは、華やかな帝都の地下深くに広がる、巨大な黒い空白地帯。

 地図上には存在しないはずのその場所は、裏社会で『地下不可知市場インビジブル・マーケット』と呼ばれていた。


「ふむ。帝都の地下深くに眠る、巨大な空白地帯、ですか」


 ロイド・グランヴェルは、最高級のティーカップを傾けながら優雅に微笑んだ。


「え、ええ……! 元々は帝都の地下物流網を広げるための大規模再開発エリアだったのです。しかし数ヶ月前から、あの地下空間そのものが『バグって』しまいまして……」


 官僚は、青ざめた顔でブルブルと震えながら語った。


「踏み入れた調査隊が、誰一人として目的地に辿り着けないのです。まっすぐ歩いているはずなのに、気づけば入り口に戻っている。右に曲がったはずが、天井から落ちてくる。……空間そのものがぐにゃぐにゃに歪み、無限にループする『絶対に抜け出せない呪われた迷宮』と化してしまったのです!」


 バンッ、と官僚が机に手をついた。


「すでに何十人もの腕利きマッパーや魔導士が、あの『空間の迷子』になって行方不明です! このままでは帝都の地下機能が完全に麻痺し、私の首も物理的に飛んでしまいます! 本来なら白金貨数千万枚の価値がある帝都の地下権利ですが……今回だけは特別に、『金貨一枚』で譲ります! どうか、どうか処理をお願いします!」


 空間そのものが歪み、無限にループする、文字通りの『存在しない迷宮』。

 どれほどの魔導士でも解決できない物理法則の崩壊を、たった金貨一枚で丸投げしようとする官僚。


 (ひっひっひ、いくら財閥の御曹司でも、空間そのもののバグはどうにもできまい。あの無限ループに永遠に閉じ込められるがいい!)


 そんな浅ましい計算など、ロイドと、背後に控える秘書官のクラウスには完全に透けて見えていた。

 しかし、その話を聞いていたロイドの瞳は、絶望でも怒りでもなく――極限まで高まった『歓喜』に打ち震えていたのだ。


(空間そのものがぐにゃぐにゃに歪み、歩いた距離が引き伸ばされ、無限にループする……!?)


 冷徹なビジネスマンの仮面の下で、ロイドのモフモフセンサーがかつてない次元の警報を鳴らしていた。


(物理的な壁や障害物ではなく、空間という『概念』そのものを、まるで粘土やゴムのように柔らかく変幻自在にこねくり回している……!!)


「素晴らしい……!」


「ひっ!? な、なにが素晴らしいのですか!?」


 歓喜の声を上げたロイドに、官僚がビクッと肩を跳ねさせた。


「間違いない! 『空間のバグ』などという無機質なものではありません! その深部には、次元そのものを丸めたり引き伸ばしたりして遊んでいる、極めて無邪気で、究極の柔軟性を持つ『次元干渉型のモフモフ』がいるに違いありません!」


「は……? じげん、もふ……?」


「空間すらも自在に歪める、圧倒的な柔らかさ! まさに『触れるブラックホール』とも呼べる、究極の弾力を持った神獣です! ええ、契約しましょう。その金貨一枚の不良債権、我が社が喜んでお引き受けいたします」


 ロイドは流れるような動作で契約書にサインをさせ、呆然とする官僚を追い返した。



***



「……ロイド様。あのような帝都の地下機能を脅かす『特異点』、転売の価値があるのですか?」


 官僚が去った後、クラウスが無表情のまま尋ねた。


「当然です、クラウス。あの男は、自分がどれほどの宝の空間を手放したか理解していません。……魔獣を保護し、お家芸で『バグった空間座標』だけを綺麗に固定して更地にすれば、後に残るのは『帝都の地下を網羅する、超広大な巨大商業スペース(更地)』です。最高級の物流拠点になりますよ」


 次元の歪みを更地にする。

 一介の不動産屋が口にしていい規模の物理法則への反逆ではないが、財閥のトップエリートである彼らにとっては、少し手間の掛かる大掃除程度の認識である。


「なるほど、完璧なビジネスですね。……ところで、ロイド様」


 クラウスは手元のタブレットを操作し、その無表情の奥に、極めて冷酷な光を宿した。


「あの地下市場周辺の権利関係を洗ったところ、妙なダミー会社がいくつも絡んでいました。資金の出所を辿ると……すべて『虚空の開拓者ヴォイド・パイオニア』という超巨大コンツェルンに行き着きます」


「……『ヴォイド・パイオニア』」


 ロイドの声音から、いつもの温かい響きが消えた。


「先日私たちが壊滅させた密猟組織『黒の鎖』や、悪徳鉱山ギルドの背後にいた『真の黒幕スポンサー』……。すべてのモフモフを非効率なリソースとして切り捨て、世界を無機質な機能美で染め上げようとする、あの『破壊者』の組織ですね」


「はい。おそらくこの地下空間の異常も、彼らがこの世界の空間構造を破壊し、自分たちの都合の良いように再構築するための『実験場』として意図的に引き起こしたものでしょう。……総帥のオーディン・ヴォイドが、直々に動いている可能性があります」


「……おや、そうですか」


 ロイドは、極上の微笑みを浮かべた。

 しかし、その瞳の奥には、絶対零度の殺意が静かに渦巻いている。


「都合がいいですね。私の愛する家族モフモフたちを不当に扱い、世界からその温もりを消し去ろうとする無粋な輩。……極上の次元モフモフを保護しつつ、彼らの組織の根幹を、我が社が合法的に『経済的抹殺(乗っ取り)』して差し上げましょう」


「ええ。では、R&Dに命じておいた【完全現実安定・次元座標固定スーツ】と、私用の『次元歪み対応コロコロ』の準備に入ります」


「頼みましたよ。さあ、視察に向かいましょうか。新たなる家族(次元の迷子)のお迎えです!」


 踏み入れた者が二度と戻れない、無限ループの地下迷宮へ。

 エレガントな御曹司と、戦闘特科トップの冷徹な秘書官は、究極の次元モフモフと、待ち受ける真の黒幕を求めて、優雅な足取りで歪んだ空間への旅路を出発した。




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