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第45話

 



 かつて人を灰にする火球が降り注いでいた灼熱の廃鉱山は、たった一晩で、極上の冷気と温泉の熱が同居する『絶対防衛・完全冷却ドーム付き岩盤浴リゾート』へと変貌を遂げていた。


 総帥アルベルトが投じた白金貨四億五千万枚により、広大な火口は巨大な魔導クリスタルのドームですっぽりと覆われ、室温は常に「摂氏二十二度」という完璧な涼しさに保たれている。

 しかし、中央のマグマの池だけは超高熱を維持しており、そこでは巨大なヒヨコのような丸いフォルムを持つ不死鳥フェニックスが、「ほふぅ……」と極楽そうな顔で温泉マグマを満喫していた。


「素晴らしい……。涼しい室内で、温かいぽかぽかの羽毛に顔を埋めながら、キンキンに冷えた極上のフルーツ牛乳を飲む。これぞ温泉リゾートの真髄、至高の贅沢です……!」


『ピィー……(つめたいミルク、おいしいピィ……)』


 滑らかに整地された岩盤の上で、ロイド・グランヴェルは恍惚とした表情で、マグマの縁に顔を乗せた不死鳥の分厚いダウン(羽毛)を撫でていた。

 その片手には、ミスリル製の特大冷蔵庫から取り出した高級フルーツ牛乳の瓶が握られている。


 その横では、秘書官のクラウスが無表情のまま、ロイドのスーツに付着した赤い羽毛を『耐火・発火防止アクロバットコロコロ』で「ズバババッ、ギュイィィン!」と火花を散らしながら吸い取っている。


 そこに、重々しい魔導駆動音が坑道から響き渡った。


「おい、詐欺師の不動産屋!! 勝手にわしの山を改造して、何を優雅にガラスの箱の中で牛乳を飲んでおる!!」


 数十機の重武装した『耐熱装甲魔導機ゴーレム』を引き連れ、冷却ドームに強引に踏み込んできたのは、あの傲慢な悪徳ギルド長だった。

 彼は、危険な有毒ガスがすべて排除され、そこが『絶対に枯渇しない無限の地熱エネルギーを持つ温泉リゾート』にすり替わっていると聞きつけ、強欲に目を血走らせて奪い返しに来たのである。


「あの危険な岩を削り落とす魔法など契約外だ! つまり契約は無効! この山の権利も、その莫大な地熱エネルギーも、すべて特権階級であるわしのものだ! 今すぐその赤い鳥を置いて、この場から立ち去れ!」


 ギルド長が号令をかけると、耐熱装甲機部隊がドーム内に雪崩れ込み、一斉に灼熱のブレードをロイドへ向けた。


「……なるほど。負債と処理を押し付けた挙句、安全で莫大な価値を持つ山になったと知るや否や、武力で再拿捕ですか」


 ロイドは溜息(ためいき)を一つ吐くと、ほかほかの羽毛からゆっくりと顔を上げた。

 その瞳には、先ほどまでの温もりなど微塵もない。世界を裏から支配する、冷徹な特命代理としての(かお)だった。


「クラウス」


「はい、ロイド様。――不法侵入者を、冷却スクラップにしろ」


 クラウスが短く命じた瞬間。

 クリスタルドームの影や岩盤の死角から、リゾートの清掃用具を手にした『戦闘特科』の部下たちが音もなく跳躍した。彼らは耐熱装甲機の只中に降り立つや否や、装甲の関節部を的確に破壊し、瞬きする間にすべての魔導機を沈黙させた。

 完璧でエレガントな、一流の清掃員(暗殺者)による制圧劇である。


「ひぃっ!? な、なんだこいつらは……! わしの最新型耐熱装甲が、一瞬で……!」


「ギルド長。契約の不備を指摘するなら、然るべき機関を通して解決いたしましょう。……おや、ちょうど繋がっていますね」


 ロイドが空中にホログラムを展開すると、そこには威厳あふれるスーツを着た男と、国のインフラを司る大臣が映し出された。


「資源エネルギー大臣、ならびに特捜局長。お疲れ様です」


『はっ! ロイド様! 例のギルドの裏帳簿の解析、および違法な魔力石炭の密輸ルートの特定、すべて完了いたしました!』


 ギルド長はその顔ぶれを見て、岩盤の上にへたり込んだ。この国の資源と法を司るトップ二人が、なぜただの不動産屋に最敬礼しているのか、彼の理解を超えていた。


「ギルド長。あなたが数年間、先日我が社が解体した密猟シンジケート『黒の鎖』に対し、この山で採れた魔力石炭を違法に横流ししていた証拠……すべて確保しましたよ」


「な、ななな……そんな馬鹿な! あの闇取引の記録は完全に消去したはず――」


「我が社の『更地にする(裏の繋がりをすべて暴く)技術』を甘く見ないでいただきたい。……あなた方の後ろにいる『真の黒幕スポンサー』に、貴重な資源を流すわけにはいきませんのでね」


 ロイドの冷徹な言葉に、ギルド長はガタガタと震え出した。


「大臣。この男の不正の全容を、直ちに国王陛下へ報告してください」


 ロイドは、極上の微笑みを浮かべて、国家のインフラ問題と闇組織の資金源を一瞬で解決する完璧なビジネスの提案プレゼンを始めた。


「没収したギルド長の全資産と採掘権は、まず法に則り、彼らが不当に利益を貪っていた周辺の村々への『完全な賠償金』に充てるよう国王陛下へ進言してください。そして残りの莫大な地熱エネルギー網は、国の『完全無料の公共インフラ』として国庫から還元し、民の生活を豊かにするのです。……ばら撒きではなく、あくまで『国力を底上げする国家事業』としてね」


 資源エネルギー大臣と特捜局長が、感銘を受けたように深く頷く。


『素晴らしいご提案です! これにより長年国民を苦しめていたエネルギー価格の高騰が完全に解消され、同時に闇組織への資源供給ルートも完全に断たれます! 悪を討ち、民を救った国王陛下の支持率は、歴史的なものとなるでしょう! 直ちに実行に移します!』


「ま、待ってくれ! わしの、わしの築き上げた莫大な富とギルドを、ただのインフラとして民草にばら撒くというのか!? せめてギルド長の名誉だけでも――」


「我が社は、今回の事件解決に対する正当な『迷惑料』を、後日国からほんの少しいただくのみで結構です。……国のインフラが安定すれば、巡り巡って我が財閥の様々な事業利益も天文学的に跳ね上がりますし、何より『目障りな黒幕』の財布に大穴を開けることができますからね。まさに完全なウィン・ウィンです」


 涼しい顔で「民を救う英雄」の座を国家に譲り、自分たちは莫大な実利と『極上のヒーターモフモフ』だけを独占し、ついでに敵対組織の資金源を干上がらせる。これこそがロイド・グランヴェルの完璧な流儀。


「お引き取りを。あなたの下品な汗の匂いでは、鳥ちゃんが不快に思って再び火球(飛沫)を飛ばしてしまいますので」


 ロイドが優雅に指を鳴らした直後。

 ギルド長の醜い命乞いは、財閥法務部(回収班)によって物理的に塞がれ、そのまま暗い護送車の底へと引きずり込まれていった。


 ほんの数分。

 一滴の血も流さず、一人の強欲な特権階級が社会から消去され、同時に国家を脅かしていた裏社会の資金源が完全に絶たれたのである。


「……ふぅ。まったく、せっかくの湯上がり牛乳タイムを邪魔されるとは」


 ロイドが視線を落とすと、マグマに浸かったぽっちゃり不死鳥が「ピィ!」と嬉しそうに鳴きながら、巨大な赤い頭をロイドの膝にすり寄せてきた。


「ああ、ごめんなさいね。待たせてしまいました。さあ、もう一本フルーツ牛乳を飲みましょうか」


 先ほどまでの冷徹な顔は幻であったかのように、ロイドは目を細め、愛しい火の魔獣の温かい羽毛に沈み込んだ。


「……ロイド様。悪徳ギルド長の解任、およびこの空洞の『特級温泉リゾート拠点・独占運用権』の取得が完了しました。我が社がドームを建設したことで、この山の地価は大陸有数の保養地と言える規模に膨れ上がっております」


 クラウスが手元のタブレットを確認しながら、無表情で『アクロバットコロコロ』をロイドの背中に転がす。


「素晴らしい。これで、この子たちのためにさらに極上の環境を整えられますね」


 強欲な者を経済と権力で轢き潰し、国家の闇を絶ちながら、浄化された火山から莫大な富を生み出す。

 世界一理不尽で、世界一優雅なワケアリ不動産の快進撃は、とどまることを知らない。




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