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第43話

 



 ボコッ、ボコォォ……。


 絶えずマグマが沸き立つ、超高温の地下空洞。

 巨大な火喰い鳥(不死鳥)は、マグマの池から顔だけを出し、首を傾げていた。


『……ピィ?』


 自分の放った全力の「火球(水しぶき)」をまともに受けて、なぜ目の前のニンゲンたちは灰にならないのか。

 不思議そうに丸い瞳を瞬かせる火喰い鳥に向かって、ロイドは優雅な足取りで近づいていく。


「さあ、まずはこれを。こんな何もない岩場では、小腹が空いてしまうでしょう」


 ロイドは懐から、熱で溶けない特殊な魔導ケースを取り出した。

 グランヴェル財閥『研究開発部(R&D)』のエリートたちが、高純度の火の魔素と最高級の炭を圧縮し、限界まで旨味を引き出した『極上・激辛魔力石炭(スナック感覚)』である。


 ケースを開けた瞬間、マグマの硫黄の匂いを上書きするような、香ばしく、かつ食欲をそそる強烈なスパイスの香りが広がった。


『ピィィィ……!!』


 火喰い鳥の丸い瞳が、カッと見開かれた。

 抗いがたい香りに誘われ、おそるおそるマグマの中から巨大な顔を突き出し、丸いくちばしで真っ赤に燃える石炭を一つ摘み上げる。


 ――カリッ。ジュワァァァ……!


 噛み砕いた瞬間、口いっぱいに広がる極上の熱量スパイスと、上質な魔素の旨味。

 人を一瞬で消し炭にする激辛の石炭は、火属性の神獣にとって、全身の血が沸き立つような最高級のジャンクフードだったのだ。


『ピーーッ!!(おいしーーーっ!!)』


 開始五秒。

 マグマの中で警戒していた幻獣はあっさりと陥落し、温泉につかるおじさんのように「ほふぅ……」とだらしなくマグマの縁に溶け込んだ。


「美味しいですか? 良かったです。では、少し失礼して……」


 激辛スナックに夢中になっている隙を突き、ロイドは両手を大きく広げた。

 そして、神がかった手つきで、燃え盛るような美しい朱色の被毛ダウンに両腕を埋め込み、『極上の羽毛ブラッシング(熱気マッサージ)』を開始したのである。


「素晴らしい……! この圧倒的な厚み! 空気をたっぷりと含んだ保温性! そして何より、この芯から冷えを解きほぐしてくれる『天然の岩盤浴効果』……! ああ、まるで最高級のぽかぽか羽毛布団に包まれているようです!」


「……ロイド様。あまり激しくこね回すと、スーツの結界と摩擦して局地的な『水蒸気爆発』が起こりますので、程々にしてください」


 マグマの池のほとりで狂喜乱舞しながら巨大な火の鳥に埋もれるロイドと、それを無表情で見守るクラウス。

 極上の激辛おやつと、かつて味わったことのない至高の羽毛マッサージ。温泉生活から一転、天国のような心地よさに包まれたぽっちゃり不死鳥は、すっかり警戒心を解き、ロイドの高級スーツに顔を擦り付けて「ピルルルル……」と喉を鳴らした。


「さあ、私と契約しましょう。三食昼寝、極上の激辛スナック付き。完全温度管理の広大なマグマ露天風呂で、のんびり暮らすのです」


 完全に骨抜きになった火喰い鳥に対し、ロイドは涼しい顔で一枚の特殊な羊皮紙――超高熱に完全対応した【耐火版・魔法契約書】を取り出した。


「インクは不要です。ここに、その高熱の『くちばし』をポンと乗せるだけで結構ですよ」


『ピッ! ジュワッ!』


 愛らしい鳴き声と共に、火喰い鳥は自ら進んで丸いくちばしを契約書に押し当てた。

 すると、羊皮紙の上に赤熱した『くちばしの焼きスタンプ』が浮かび上がり、それが淡く光って契約が成立する。


『……ふぅ。お兄ちゃんの手、すっごく気持ちいいピィー。もっと撫でてピィー』


「おや。なんとも温かくて、愛らしい声ですね。ええ、いくらでもブラッシングして差し上げますよ」


 ほかほかと間延びした無邪気な声(念話)が、ロイドとクラウスの脳内に響く。


 ロイドは至福の笑みを浮かべていた。

 しかし、その超高級スーツは、舞い散った大量の火山灰と、抜け落ちた赤い羽毛、そして焦げた匂いがびっしりと付着し、まるでロイド自身が燃えカスのようになっていた。


「……失礼します、ロイド様。動かないでください」


「ふふ、これぞぽかぽかの勲章ですよ、クラウ――って、ズバババッ、ギュイィィンって言いましたよ!?」


 クラウスが無表情のまま取り出したのは、R&Dが開発した『耐火・発火防止アクロバットコロコロ』だった。

 ズババババッ! ギュイィィン! という、もはや工事現場のチェーンソーのような未知の駆動音を立てて、ロイドのスーツから見事に燃えカスと羽毛を絡め取っていく。

 クラウスの手首の動きは、達人の剣舞のように残像を残していた。


「……ふぅ。粘着テープが燃え上がる前に引き剥がす、秒速のアクロバット技術が必要です。後でR&Dに、耐火テープの強度向上を要求しておきます」


「な、なんて手際だ……我々が手も足も出なかったあの恐ろしい火球のバケモノを、ただの石炭と素手でのマッサージで大人しくさせてしまうなんて……!」


 呆然とする声に振り返ると、坑道の入り口から、耐熱服を真っ黒に焦がした採掘者たちが数名、腰を抜かして這い出してきたところだった。

 彼らは、悪徳ギルド長に見捨てられながらも、「この鉱山から溢れるマグマを少しでも食い止めなければ」と、決死の覚悟で残っていた『元の採掘者たち』だった。


「おや。こんな火球が降り注ぐ危険な場所で、ずっとマグマの防波堤を作っていたのですか」


 ロイドはアクロバットコロコロをかけられながら、居住まいを正して彼らに向き直った。


「悪徳ギルド長に見捨てられながらも、周辺の村を守るためにこの灼熱の中で働き続けた。……その技術者としての誇り、高く評価いたします」


 ロイドの言葉に、元の採掘者たちはハッと息を呑み、そして大粒の汗と涙を流した。


「今日から、あなた方を我が『ワケアリ不動産』の専属・マグマ露天風呂の管理技師として再雇用してあげましょう。初任給は金貨十枚です。もちろん、この鳥ちゃんの『ブラッシング係(熱中症手当)』もつきますよ」


「き、金貨十枚!? 一生遊んで暮らせるような月給じゃないか!」


「一生ついていきます、社長!!」


 こうして、魔獣の保護と優秀な技術スタッフの確保は完了した。

 ロイドは、ぽっちゃり不死鳥のほかほかの羽毛に沈み込みながら、灼熱の地獄と化した廃鉱山を見渡す。


「クラウス。元・採掘者たちの退避は完了しましたね?」


「はい、ロイド様。すでに全員を安全圏(輸送艦)へ避難させております」


「では――我が一族のお家芸を披露しましょうか。上空の魔導艦に合図を。この無価値な『有毒ガスと危険な岩礁』だけを綺麗に吹き飛ばし、美しい『平地(マグマの露天風呂)』にします」


 ロイドが優雅に指を鳴らした、その直後。

 遥か上空の分厚い火山灰を貫き、有毒ガスや尖った岩だけをピンポイントで消去する極大の『超広域・有害物質消去』の光が、灼熱の廃鉱山へと放たれた。




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