99話 その身に宿る魔獣(4)
しばらく横穴を進んでいくと、開けた空間に続いているようだった。ワイバーンが巣にしているのが念頭にあったため、迂闊には侵入せず様子を窺う。やはり。この先は洞窟に入る前に見た、天井に穴が空いた場所に続いているようだ。ワイバーンの群れはリザたちに気づくことなく、呑気にじっとしているか、さもなくば寝ている。
「上から下まで氷で覆われていて幻想的っすね。ワイバーンの存在に目を瞑ればっすけど……」
「そうだな……あ。見てみろみんな。俺の勘は大当たりだ。あそこをよく見てくれ」
ワイバーンに気づかれないよう、小さな声でロキが言った。よく目を凝らすと氷で覆われた壁面に何かが埋まっているようだった。暗がりではっきりとは見えないが、それは竜であることが分かる。ワイバーンなどとは比べ物にならないほどの巨大な竜である。その胸部にはどうやればそうなるのか分からない、何かが貫通したかのような穴がある。リザはその竜を知識のうえでは知っていた。
「最強の竜……ば、バハムートの死体……! 本当にあったんすね……!」
「ああ。俄然やる気が出てきたな。ただ問題がある。あの死体を氷の中から取り出すには、ワイバーン連中が邪魔だってことだ」
「ロキさん、少なくとも十体はいるみたいだね。さすがにちょっと多いかもしれないねぇ……正面から戦うのは危険だね」
「そうだなベルタ。ここは……リザの力に頼るか? 魔獣の力ならワイバーン十体でも余裕だろ」
いやいや、とベルタは苦い顔をして首を横に振った。
「それはやめとこうよ。ワイバーンを倒した後、リザをどうするのさ。次もまた同じように封印できるか分からないよ」
「……僕も姐さんと同じ意見です……死にそうになったら賭けでやっていいかもしれないですけど……」
「そうか。でもどうしたもんかな。俺でも同時に相手できるのは五体……ぐらいか。それ以上は厳しいな」
「アタシはエミリオと組めば三体は倒せるよ。単純計算で残り二体。どうしても余ってしまうねぇ……」
「……僕に良いアイテムがあります。実家で作った魔導具の残りが……」
エミリオが収納魔法の施された袋をごそごそと探ると、直径30センチくらいの丸い球を二つほど取り出した。色は黒で、材質は金属のようだが持ってみるとかなり軽い。よく見ればスイッチのようなものまでついている。
「……〈爆裂球〉という攻撃用の魔導具です……スイッチを入れると3秒後に爆発を起こします」
「そ、それって爆弾ってことっすか……!?」
「……平たく言えば。でも使ってるのは火薬じゃなくて魔石です……魔石の魔力を術式によって爆発の魔法に変換するんです……」
「そんなものがあったのか。相手がワイバーンの堅牢な鱗でも効き目はあるのか?」
「試したことはないですけど……直撃すれば多少は有効かと思います。僕たちはまだワイバーンに気づかれていません……先手を取ってこれを食らわせるのはどうでしょうか……」
たしかに爆発で怯ませればワイバーンにも隙が生まれるだろう。しかも二個あるので上手くいけば二体も倒せる。そうすればロキが五体、ベルタとエミリオで三体ワイバーンを倒し、ちょうど計算の帳尻が合うことになる。
「よし、じゃあそれで行ってみるか。じゃあ、リザはこの魔導具を投げる役目を頼む。その後はここで待機だ。俺たちは爆発を確認したら突っ込むぞ」
ロキは羽織っていた狼の毛皮のコートの裾を触ると、変身魔法によってその姿を人狼の王リュカオンへと変えていく。ベルタもハンマーを持ち、エミリオも杖を取り出して準備をした。それを確認したリザは〈爆裂球〉のひとつのスイッチを入れて、寝ているワイバーン一体めがけて思いっきり投げつけた。
起きているワイバーンが投げ込まれた〈爆裂球〉の存在に気づいたが、もう遅い。続けてリザは二個目の〈爆裂球〉を放り込んだ。閃光と共に激しい爆発が生じ、煙の混じった空気と衝撃がリザたちのいる通り道まで流れ込んでくる。
「……今だ! 行くぞっ!」
ロキが先頭となって突っ込んだ。ベルタとエミリオも少し遅れて走る。煙が晴れてくると、様子を見守っているリザにも状況がよく見えてくる。〈爆裂球〉はワイバーンにも通用する威力だったようだ。直撃した一体が死に、他に二体が無視できないダメージを負っている。残りは爆発からやや離れた位置にいたためか、多少の負傷はしていても行動に支障がなさそうだ。
侵入者に気づかずのんびりしていたワイバーンたちは完全に不意を突かれた格好だ。その隙を逃す冒険者ではない。ロキは無事な一体に飛びかかり、絞め技でワイバーンの首をへし折った。
ベルタはエミリオに〈貫通付与〉を施してもらい、状況判断が遅れて動揺しているワイバーンの頭にハンマーを叩きつける。あれはリザも食らった。竜は総じて強固な鱗で守られており高い防御力を誇るが、〈貫通付与〉があればその防御を無視して体内に直接ダメージを与えられる。ハンマーを食らったワイバーンはきっと脳が潰れて即死しただろう。
瞬く間に合計三体のワイバーンを倒し、さらに二体が瀕死。大爆発のおかげで不意打ちが完璧に決まった。とはいえワイバーンもずっと驚いているわけではない。侵入者による襲撃を悟ると、各々翼を用いて飛び上がり滞空する。洞窟内のためやや手狭ではあるが、制空権を握ることがいかに強力であるかをワイバーンは知っている。
「グオォォォォォッ!!」
空中のワイバーンたちはそれぞれ叫び声を発しながら、口から火炎を吐いてロキたちを攻撃した。ロキは人狼が有する俊敏な動きで火炎を回避する。ベルタとエミリオは、エミリオが発動した防御魔法で防いだようだ。パワーファイターなベルタも、後衛職であるエミリオも速さに欠けており、火炎の弾幕を避けるのは難しかったからだと思われる。
並みの冒険者なら、空飛ぶワイバーンの遠距離攻撃は厄介であり、それだけで攻撃手段が限られてくる。ただ、この場にいるロキたちは並大抵の冒険者ではなかった。ロキは口を開くと、閃光を伴う光線を発射した。まるでワイバーンのドラゴンブレスをやり返したかのようである。
吐き出された光線は正確な狙いでワイバーン一体の頭部を撃ち抜いた。ロキは続けて光線を吐いて、二体、三体と落としていく。洞窟内という広さの限られた場所だったおかげで、ワイバーンは飛行能力を活かせていない。
「ロキさん、やっぱ凄いねぇ! エミリオ、私たちも負けてらんないよ!」
「〈速度強化〉、〈旋回付与〉」
「これでも……食らいなぁぁーーーーっ!!」
ベルタはその場でぐるぐると回転すると、遠心力を利用してワイバーンにハンマーを投げつけた。〈速度強化〉の恩恵を受けたハンマーが高速で飛来し、ワイバーンの頭に命中する。ハンマーには事前に貫通付与が施されており、その衝撃で脳震盪を起こしたらしい。ワイバーンは地面へと墜落した。
「さぁて、もういっちょぉぉぉぉぉっ!」
投げ飛ばされたハンマーはブーメランの如く旋回してベルタの手に収まる。これがエミリオの付与していた魔法効果。〈旋回付与〉の能力なのだろう。おそらくこの付与を施すと投擲した物体が手元に戻ってくるのだ。ベルタは再びぐるぐると回転して、最後の一体にも投擲したハンマーを命中させ、地面に叩き落とす。
後は蹂躙の時間だ。地面に落ちたワイバーンを一体ずつ、頭を潰して葬っていった。戦う前は深刻な様子で作戦会議をしていたが、始まってみれば面白いほどにロキたちが優勢だった。これが経験を積んだ本物の冒険者たちというものなのだと、リザは思った。
「意外となんとかなったねぇ。洞窟の中っていう地形もアタシたちに味方してくれたね」
「そうだな。二人とも、ワイバーンから牙やら鱗を剥ぎ取っておくか? 悪くない稼ぎになる」
「その時間をくれるならさせてもらおうかねぇ。でもアタシたちだけ……? ロキさんはいらないのかい?」
「俺が取ったら二人の取り分が減るだろう。色々助かったからな」
「じゃあお言葉に甘えさせてもらっ……」
ベルタが言葉を言い終えることはなかった。リザを含む四人の視線が天井に空いた大穴に向けられる。そこには黒いローブを纏った男が浮かんでいた。浮遊魔法か。さっきまではいなかった。いったい、いつの間に現れたのだろうか。
「ありがとうございます。助かりましたよ。ワイバーンを追い払うのは手間だと思っていたので。おかげで仕事が捗ります」
黒いローブの男はそう言って微笑んだ。フードを被っていて顔ははっきりとしなかったが、見えている口元の口角を上げるところは、やけにはっきりと分かった。ロキは目を細めて男に問いかけた。
「誰だ? 冒険者じゃないだろ。何の用でこんなところにいる?」
「お答えしましょう。私の名はページ。司教様の命令で至天竜の亡骸を探していたのです。ようやく見つけました」
至天竜。聞き馴染みのない言葉だが、それは確か。バハムートの持つ異名ではなかったか。つまりこのページという謎の男もまた、ロキと同じくバハムートを探していたようなのである。




