98話 その身に宿る魔獣(3)
「追いかけてた仇が魔界で魔王になってたねぇ。随分とでかいスケールの話になったもんだ」
リザの説明が一通り終わるとロキは誰に言うでもなくそう呟いた。時間は夜になり、焚き火を囲い、食事をしながらの話になった。魔法使いのエミリオは収納魔法を付与した袋を持っていたらしい。道具を次々と取り出して野営の準備をしてくれた。
それは自分で作ったお手製の魔導具なのだそうだ。以前仲間のカイルが収納魔法は燃費が悪いというニュアンスの話をしていたが、付与魔法を使って魔導具にしてしまえば常に魔力を消費する必要はないそうで、最初に込めた魔力が尽きるまで収納の機能を維持できるのだそうだ。
「だがまぁ、そんな強敵と戦ってたのなら、魔獣の力を使ったのも頷ける。ベルタ。エミリオ。話は聞いてただろ。どう思う」
「どう思うって言ったってねぇ……でもその魔王がいずれアタシたちの世界を襲う気なら、まったくの他人事ではないねぇ」
「そうですね……一介の冒険者にはどうしようもない話のような……それこそ勇者でもないと……」
「あるいは黒曜級の冒険者だな。あいつらはそういう有事のためにいるんだからな」
ベルタは串焼きの肉を頬張りながらロキに聞く。
「ロキさん、黒曜級の冒険者に会ったことあるのかい? というか黒曜級って本当にいるのかい」
「一度だけ顔を合わせたことがある。本当に強さだけは飛び抜けてた。というか戦い以外に興味ないって感じだったな」
「あの……師匠。おいらの話は終わったんで、次は師匠の話を聞かせて欲しいっす。そもそもここってどこなんすか?」
雪が降り積もっている辺り、寒い土地なのは確かだ。ここがパルメラ大陸だと仮定するならコールランド聖王国の可能性が一番高い。そのリザの推測は的中することになる。
「ここはコールランド聖王国のクーラント山脈だ。危ない魔物がうようよいるからな、冒険者でもこんなところには滅多に来ないそうだ」
「そんな危険地帯だったんすか……まぁ、おいらは魔獣になってたんで人里離れたところに飛ばされて逆に良かったっす……」
「ロキさん、魔物だけじゃないよ。魔族も棲んでる。氷結麗姫フェルミオンだったかな。この辺りはだいたいそいつの縄張りで、魔物もフェルミオンの手下だって話だよ。ただ、まだ大人しい方らしいけどね」
それで師匠たちはなんでこんなところに、とリザが聞くと、ロキはお椀の中のスープを飲み干してから答えた。
「ああ。それはこの山脈に眠る『竜』の身体の一部が欲しくてな。ずっと探してるんだが、中々見つからないんだ」
「変身魔法に使うつもりなんすか? それにしてもクーラント山脈にいる竜っていうのは……」
まさかとは思うが、あの伝説のことだろうか。クーラント山脈と言えばかつて魔王を倒した〈剣の勇者〉が、山に棲む最強の竜バハムートを倒したという伝説が残されている土地だ。
ロキはバハムートの死体がまだ残っていると考えていて、それを探しているのだろうか。いやそうに違いない。リザはロキの弟子なだけあって、ロキの考えならだいたい分かる。それを見透かしたらしいロキはにやりと笑った。
「そうだ。俺は剣の勇者が倒したバハムートの死体を探してる。でなきゃこんなクソ寒くて危ない場所、普通は来ないだろ。可能性はあると思ってるんだ。この山脈は一年中寒いらしくてな……バハムートの死体も腐敗せずに残ってるんじゃねえかってな」
「で、アタシたちはロキさんに雇われてその死体探しに付き合ってるわけさ」
「そういうことだね……僕もベルタの姐さんと同じ……」
リザとベルタ、エミリオは一瞬目を合わせた。リザはこの二人にちゃんと自己紹介してないことに気づいた。二人もそのことに気づいたらしい。
「そういや、まだ挨拶してなかったね。アタシはベルタ、銀級冒険者だ。見た目じゃ分かりにくいけどハーフドワーフさ」
「……僕はエミリオ。銀級冒険者で、魔法使い。得意なのは付与魔法かな……よろしくお願いします……」
「おいらはリザっす。師匠……ロキの弟子っす。冒険者としては銅級っす。よろしくお願いするっす」
「こちらこそよろしくね! こんなに小さくて可愛い女の子があの獣だったなんてねぇ。信じられないよ!」
「……女の子だったんだ……」
「エミリオ、それは失礼ってもんだよ。どう見たって女の子じゃないのさ。名前だって」
「いいんすよ。気にしないで欲しいっす。よく間違えられるんで!」
ベルタが豪快にリザの頭を撫でる。悪い気はしなかったのでリザは「へへへ」と言ってしばらくされるがままだった。
「で、これからどうすんだリザ。まぁ……まずレインと合流しなきゃならんか」
「師匠。お願いがあるっす。合流する前においらの修行を手伝って欲しいっす」
「……修行か」
「修行っす」
ロキは難しい顔をした。リザとロキにとって修行と言ったら魔獣の力を制御する修行のことを指す。今まで何度もそれを試みてきたが、結局一回も成功したことがない。大抵、修行に付き合うロキがボロ雑巾のようにされて終わっていた。だからリザも悪いと思って、積極的に修行がしたいと言ってこなかった。
「何か心境の変化でもあったのか?」
「兄貴の力になるためっす。これから戦うであろう魔族に勝つために。おいらも力になりたいと思ったっす。そのために魔獣の力を自在に使いこなせるようになりたいっす」
「なるほどな……レインに会うのが不安で言い出したわけではないんだな?」
「正直、不安はゼロではないっす。もしかしたらおいらが隠してた魔獣の力のせいで関係がぎくしゃくするかもって……その可能性が頭をよぎることはあるっす。でも、兄貴はそんな器の小さい人じゃないっす! きっと、いつも通り接してくれるっす」
「ならいい。だが今の俺じゃあ、魔獣の状態になったお前は手に負えん。だから交換条件だ。バハムートの死体探しを手伝ってくれ。バハムートに変身できるようになれば、修行でも多少は役に立つだろう」
修行を手伝ってくれるなら、リザに異存はなかった。レインとの合流が遅れるので心配をかけてしまうことになるが、まずは自身の戦力アップの方が重要だと判断した。
「ふぅん。それじゃ、リザも竜の死体探しに同行するんだね。賑やかになりそうだねぇ」
「ああ。そういうことになる。リザは五感が鋭いから探し物や索敵では心強い。役に立つぞ」
それからリザはロキたちについて行ってバハムートの死体探しを手伝った。手がかりはないが、竜がどんな場所を棲み家にするか。それを考えれば自ずと候補は絞られる。
竜だって生物だ。眠ったり休んだりするときは降雪を凌げる場所を好むだろう。となれば、どこか洞窟のような場所が望ましい。さらにバハムートは巨体であり、伝承によれば全長50メートル以上はあるはずだと言われている。
そういった条件を考慮すれば、自然に探すべき場所が分かってくるのだが、話はそう簡単ではない。ロキは今まで何度かこの山脈に訪れて探索したが、魔物が頻繁に現れたり、吹雪が酷くて身動きが取れなくなったりして、思うように探索ができないまま終わってばかりだったという。
だから今回は他の冒険者を雇い、万全の準備で挑むことにしたそうだ。ただ不思議なことに以前まで頻繁に出現していた魔物たちがやけに大人しいらしい。リザは「おいらの探知能力のおかげっす」と冗談を返しておいた。
リザが探索に加わって三日後、ようやくそれらしい大きな洞窟を発見した。入り口は二つ。洞窟の天井付近にぽっかり空いた大穴と、雪が降り積もって隠れていた横穴だ。観察していると天井に空いた穴からワイバーンが出入りしていた。飛竜の棲み家になっているのだろう。
ロキなら変身魔法でグリフォンに変身して天井の穴から侵入できるが、グリフォンの状態でワイバーンの群れに突っ込んだらほぼ間違いなく死ぬ。それに比べて横穴は使われている痕跡もないので安全そうだ。ロキたちはここから侵入して調べることに決めた。
「まだ洞窟を調べてないから確定ではないんだが、高い可能性でワイバーンと戦うことになる。みんなそのつもりで頼む」
「アタシたちに任せときな。ワイバーンとなら戦った経験はあるからね。きっとなんとかなるさ」
「雇われた身なので……最善を尽くします……」
「おいらは見守っておくんで……頑張ってくださいっす。へへへ……」
エミリオが魔法で明かりを灯してくれたので、それを頼りに洞窟内を進んでいった。




