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90話 神殿騎士アンジュ(5)

 戦いはレインたちが優勢だ。この場にいるメンバー全員がスケルトンを倒す手段を持っているからだ。レインとアンジュは知っての通り。さらにフランが炎の付与魔法を使えるようになっていたので、魔法の使えないクルツも炎を操り戦うことができる。この四人の実力なら倒す方法さえあれば、スケルトンごとき恐れるほどではなかった。


「さすがは勇者と呼ばれるだけのことはある。ならばこちらも奥の手を出すとしよう……!」


 空中に浮かぶ死霊術師が手をかざすと魔法陣が浮かび、そこから新たに魔物が現れる。召喚魔法だ。その魔物は腐臭を撒き散らし、獰猛に唸り声を漏らしながら現れた。翼を持ち、その巨躯と鋭い爪と牙はいかなるものも引き裂くだろう。ドラゴンゾンビ。不死の怪物と化した強力なアンデッド系魔物だ。


「あのゾンビの竜が城門を破壊したのですね……! 皆さん、攻撃が来ます! 私の近くに集まって下さい!」


 アンジュの声に従い散っていたレイン、フラン、クルツは即座に集まった。ドラゴンゾンビは何かを吐き出すかのように身体を仰け反らせている。あれは竜が共通して使うドラゴンブレスの予備動作だ。吐くのは炎だったり冷気だったり、個体によっては毒だったりするが、ともかく何らかの魔法を広範囲に放ってくる。


 眼前に防御魔法が展開される。これは光魔法に属するディヴァインバリアと呼ばれるものだ。ほぼ同時、ドラゴンゾンビが毒々しい色の煙を吐いた。その吐息は防御魔法に弾かれて跳ね返されていく。


 死霊術師は慌てた様子で後方へ退避し、一部のスケルトンが吐息を浴びる。すると触れた箇所が腐り落ちるかのように溶けてなくなった。腐食の吐息だ。人間がまともに浴びたらおぞましい死を迎えるだろう。


「よし、俺があの竜を撃ち落とします。後は三人でとどめを頼めますか?」

「もちろんです勇者様。このアンジュが必ずや倒してみせます……!」

「アンジュさんは光魔法が使えるみたいですから、私とクルツで引きつけますわ。よろしくて?」

「承知しました。フランローズ様、クルツ様、よろしくお願いします」


 レインは換装召喚を行い、〈紅炎の剣士〉から〈天空の聖弓兵〉へと姿を変える。風の弓ストリボーグを構え、魔力を込めて矢を発射した。可能な限り一発に威力を込めた射撃だ。それが正確にドラゴンゾンビの翼を射抜き、がくんと空中で姿勢を崩した。


 竜といえば鱗による耐久力が強味なのだが、やはり。死体の竜は生前の戦いの傷で身体中がボロボロだ。その長所である頑丈さは失われている。想像以上に簡単にダメージを与えることができた。しかしアンデッドとしての再生力はあるようで、翼がゆっくりとだが修復されていく。


 そこに二発、三発と魔力の矢を撃ち込む。再生速度よりも負傷が増える方が速い。ドラゴンゾンビはしぶとく空中に居座ろうとしていたが、五発目が翼を射抜いたとき遂に墜落した。これでしばらくは飛べないだろう。あとはフランたちの役目だ。


「ちぃっ、ドラゴンゾンビが……! だが、この程度で私のアンデッドがやられるものか!」

「それはどうかしら、ですわ!」


 すぐさまフランとクルツが飛びかかる。ドラゴンゾンビは体勢を立て直すのが遅れている。今が絶好の好機だ。二人の武器はそれぞれ付与魔法で炎を纏った状態であり、足を狙って攻撃する。機動力を奪う作戦だ。これもやはり竜そのものの頑丈さが失われているおかげか、易々と攻撃が通った。


 フランの愛剣キルシュブリューテがドラゴンゾンビの足を熱で溶断するに至る。クルツも続けて足を貫こうとしたが、ドラゴンゾンビが腕を振り回してフランを攻撃してきたので槍で受け止めた。クルツの槍ロザリアスの硬さもあるが、その優男の風貌からは想像もつかないほど鍛えられた肉体があってこそ受け止められたのだ。


 それならばとドラゴンゾンビは再び腐食の吐息を放つ。十分な予備動作なしで放ったためか、吐息の範囲は狭かったがそれでも接近していたフランとクルツには十分だ。その必殺の吐息が二人を包もうかというそのとき、キルシュブリューテが輝きを放ち腐食の吐息を真っ二つに切り裂いた。


 これはキルシュブリューテの持つ能力。魔法の無効化だ。ドラゴンブレスは竜が使う魔法の一種であり、腐食の吐息も例外ではない。レインは以前、これをコカトリスの石化の吐息に使って防御したところを見たことがある。今回もそれと同じだ。


「お二人とも、見事な連携に感謝します。これでとどめっ!」


 側面から忍び寄っていたアンジュがドラゴンゾンビに斬りかかる。聖剣ブランネージュの刀身が首に食い込み、切断する。アンデッドならば首を斬られてもまだ戦うことはできたはずだが、ブランネージュの持つ退魔の力によってその不死性は発揮されない。死霊術の力が消失し、ドラゴンゾンビの身体は光の粒と化して消え去った。


「ば……馬鹿な……私の生み出したアンデッドがこんな簡単に……」


 死霊術師の声が震えていた。依然空中に浮かんだまま、逃げるそぶりを見せた瞬間、レインの魔力の矢が死霊術師の肩を射抜いた。短い悲鳴とともに死霊術師が地面に落下する。レインは召喚変身を解除して落下地点へ向かうと、頭をぶつけたのか額から血を流しながら気を失っていた。息はある。死んでいない。


「レイン殿。アンデッドを操っていた女性はまだ生きているのですね。尋問なさるつもりですか?」

「クルツさん。そうです。狙われる心当たりが特にないので、気になっていたんです」

「勇者様のお命を狙うなんて許せません。きっと邪悪な企みをしていたに違いな……」


 なんてことを言いながらアンジュは憤慨していたが、死霊術師の顔を見て何か気づいたようだ。


「アンジュさん。どうされたのですか? 何か気づいたことでもありますの?」

「いえ……この女性、もしかしたら誰かに洗脳されているかもしれません。邪悪な魔力を感じます」

「私には何も感じられませんけれど……なぜ分かりましたの?」


 フランの疑問に答えるように、アンジュは自身の右目の周りを指でなぞった。


「私のこの右目は魔眼なのです。〈浄化眼〉と言って……悪しき力を取り除き、また、悪しきものを視る力があります」


 魔眼。かつてデルヴォ迷宮を攻略したとき、ボスの魔物も持っていた能力だ。人間や魔物の中に時折現れる、特殊な力を秘めた目をそう呼んでいる。アンジュはただのオッドアイではなく、極めて貴重な能力の持ち主だったのだ。たしかに青色の右目をよく観察すると、魔法陣のような模様が刻まれており、魔力も帯びている。


「凄い力ですわね! じゃあアンジュさんの魔眼の力で洗脳も解けますのね!」

「はい……一応は。ただ、この女性に意識がある状態で目を合わせる必要があります」

「そうですか。なら話が早いですわね。クルツ、この人を木にでも縛りつけておきなさい! 逃げられないように!」

「承知しました。姫様」


 フランの決断の早さにアンジュはしばし呆気に取られてしまったようだ。クルツがどこからかロープを持ち出し、死霊術師の女性を木の幹に縛りつけた。ついでに肩と額の負傷をアンジュが治癒魔法で治した。後は彼女が目を覚ますのを待つだけだ。


「……はっ。私は何を……たしか地面に落ちて……!?」

「目が覚めたようですね。まずはお名前を聞かせてくださいませんか。俺を狙った理由も」

「くっ……離せ! 何が勇者だ! 司教様の邪魔をする汚らわしい奴め!」


 死霊術師は目が覚めるや激しく暴れた。ロープで拘束しておいてよかった。


「その司教様というのは? 俺はこの国に偶然来ただけで、他人の邪魔なんて何も……」

「うるさい、うるさい! お前は死ななければならないんだ! 司教様がそう仰っていたのだ!」


 これでは会話にならない。レインは諦めてアンジュに任せることにした。アンジュはしゃがみこむと、〈浄化眼〉と死霊術師の目を合わせた。すると死霊術師が首をかくん、とさせて沈黙する。まるで操り人形の糸が切れてしまったかのようだった。


「う……あれ。ここは……どこなんでしょう。なぜ私は縛りつけられているんですか?」

「目を覚まして良かったです。私はアンジュ。神殿騎士です。貴女は誰かに洗脳されていたんです。死霊術を使って、勇者様を殺そうとしていました」


 神殿騎士、と聞いて死霊術師の女性は顔を青くした。


「そ、そんな……そんな恐ろしいことを私が? 私はカルディナと申します。キュール村の教会で僧侶をしております……」

「残念ですが、事実です。でも貴女のせいではありません。すべての責任は貴女を操っていた者にあります。なにか覚えていることはありませんか? 洗脳されている間、貴女は司教様の命令でやった、と言っていました」

「何か……そういえば誰か怪しい人物に会ったような……うぅっ……すみません、思い出そうとすると頭痛が……」

「問題ありません。今はやめておきましょう、ゆっくり思い出せばいいんです」


 アンジュはロープを解き、カルディナを連れて教会に戻った。死霊術師という制御を失ったスケルトンがまだ数十体ほど街を徘徊していたが、レインたちと有志の冒険者で協力して全部倒すことができた。騒動が落ち着いた頃、ロートレックも合流して手に入れた情報を共有した。


 どうやらロートレックは領主が狙いと予想していたようで、意外な展開に驚いていたようだった。洗脳が解けたカルディナから情報を引き出した結果、どうやらカルディナは誰かに操られて二つの命令を与えられていたらしい。


 ひとつは今後の邪魔になりそうな勇者レインの始末。もうひとつは僧侶ブリギッドを見つけ出し、連れてくることだ。ブリギッドはレインの負傷を治し、フランが探している腕の良い治癒師のことである。


 結局カルディナを操った者のことは記憶に靄がかかったように思い出せなかったようだ。また驚くべきことにカルディナは本来ただの僧侶であり、死霊術などほんの少しも扱えなかったそうである。その黒幕がブリギッドを探しているのも気になる。いったい何が狙いなのか、現時点ではまったく分からない。


 ブリギッドは聖都のクイント大神殿に寄る予定だ。ロートレックは急ぎ聖都に戻り、安否を確認すると言っていた。フランとクルツもブリギッドに用があるので、一緒についていくらしい。レインも同行したい気持ちはあったが、レインにはリザとカイルを探すという最優先事項が残っていた。とりあえず二人を発見できたら後で聖都に行くとは言ったのだが。


「私は準備万端です。それでは行きましょうか、勇者様!」


 そしてレインの仲間探しには、当然アンジュが同行することになった。レインは〈絆の指輪〉を取り出すとリザのことを思い浮かべて魔力を流す。一筋の光が向かうべき場所を照らし出した。二人とも待っていてくれ。今、行くから。そう心の中で呟いて、レインはイスベルグの街を出発した。

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