89話 神殿騎士アンジュ(4)
レイン、フラン、クルツ、アンジュ、ロートレックの五名は手分けして街を調べることにした。街と言っても広い。そこでレインとアンジュは人の多い歓楽街を。フランとクルツは城門が破られていないか確認を、ロートレックは領主の館という風にそれぞれ別れた。
雪がちらつく夜の中をレインとアンジュは駆けた。歓楽街に着くと、賑わっているはずのそこは骸骨の魔物が闊歩する死地へと変貌していたのである。住民たちは逃げ惑い、建物の中へと逃げようと走る。衛兵は魔物を倒そうと戦っているが、どれだけ斬っても突いても死なない。
歓楽街に突如現れた骸骨の魔物たちはスケルトン。アンデッド系の魔物であり、普通の攻撃では死なないのだ。絶対に。たとえ粉々に砕いたとしても時間をかけて再生する能力を有している。倒すには光魔法による聖なる力か、それよりも効き目は悪いが炎魔法で跡形もなく焼き尽くすしかない。
「……アンデッドか。厄介だね。アンジュはアンデッドと戦った経験はある?」
「あります。私の持っている剣は退魔の効果がありますので、アンデッドも問題なく倒せます」
アンジュが鞘から剣を抜き放った。柄から刀身まで雪のように真っ白な澄んだ剣。刀身の素材はきっとオリハルコンだ。色は純白だがその独特の光沢で分かる。誰でも所持できる武器ではないはずだ。それはアンジュが神殿騎士の中でも一握りの選ばれた人間であるという証だった。
「聖剣ブランネージュと言います。勇者様の神器ほどではありませんが、魔物、特に対アンデッドにおいては優れた力があります」
「……なるほど。それなら心配なさそうだね。じゃあ俺も……召喚変身、紅炎の剣士!」
赤い魔法陣がレインを通過すると、その身を炎を連想させる装備へと変える。背中の大剣スヴァローグを抜き放ち、スケルトンの大群へと躍りかかる。一体、二体と次々に熱を帯びた刃で切り裂き、炎で跡形もなく消し去っていく。順調のように見えるがレインの表情は渋い。いつもと比べて切れ味が悪いのだ。剣はまだ完全に修復されていない。
アンジュもまた住民を襲うスケルトンを瞬く間に倒していった。聖剣で斬られたスケルトンはまず青白い光に包まれ、次にその骨の身体を光の粒へと変えて完全に消滅させた。これが聖剣に秘められた退魔の力なのだ。
スケルトンはアンデッド特有のしぶとさ以外は特に強味のない魔物だ。レインとアンジュにかかれば数十分あれば全滅させられる。そうして繁華街にうろとく魔物をすべて倒すと、腰を抜かしていた衛兵を起こして聞いた。
「すみません、衛兵と住民、合わせてどれくらい死傷者が出ているか分かりますか?」
「え……!? あっ……は、はい。すぐに確認しますので待っていてくださいっ」
衛兵は慌てて状況確認のため駆け出していく。
「さすがは勇者様。アンデッドと戦う時の注意点をよくご存知ですね」
「まぁ……アンデッドと戦うと、味方の死者がアンデッド化して敵が増えるって言うから」
「そうですね。アンデッドを倒す手段を持っていても、その点は注意しないといけません」
「問題は誰がアンデッドを操ってるかだね。どこに隠れてるのか……自分の戦力を増やすために、住民を襲ったんだろうけど」
アンジュは無言で頷いた。アンデッドが偶発的に大量発生し、かつ群れを成して行動するなどあり得ない。絶対に誰かの仕業だ。アンデッドの大半は人間の死体や魂が魔物となったものだ。他の魔物と違って元手が必要であり、死体が集まる場所など墓地くらいしかない。
その墓地も普通なら僧侶が定期的に清めているので、死体が瘴気などの影響で自然にアンデッド化する可能性は低い。そもそも火葬されて遺灰しか残ってないことも多い。墓場の死体が急にスケルトンとなって群れる確率はゼロに近いだろう。
だから真っ先に思いつく可能性はただひとつ。それは死霊術を使って死体をアンデッドに変え、操る。死霊術師の仕業と考えるべきなのだ。魔法の中でも死霊術は禁術だ。死者を冒涜する外法であり、到底許されるものではない。
「あ、あの……確認しましたが、死者はほとんどいませんでした。その……どなたか存じ上げませんが、貴方様たち二人がすぐに駆けつけてくれたおかげです」
「……そうですか。ありがとうございます。まだアンデッドが潜んでるかもしれません。建物の中に隠れていてください。アンデッドは光を嫌います。明かりを絶やさないようにしてください」
「は、はいっ! 承知しました! 冒険者様っ!」
衛兵が去っていく。これからどうすべきか。アンデッドを操る黒幕の目的が分からない。それさえ分かっていれば対応も楽なのだ。
「勇者様、城門へ向かったフランローズ様たちの加勢に行きましょう。ロートレック様なら大丈夫です。大抵のことでは死にません」
「……分かった。じゃあ、いったんフランたちと合流しよう。その後でロートレックさんのところへ行く。それでいいかな?」
「はい!」
そうして二人は城門まで走った。途中、何体かのスケルトンと遭遇したが即座に斬り倒した。城門が見えてくると、スケルトンたちを倒した後であろうフランとクルツを発見する。散乱する骨の欠片には燃えた跡があり、フランの炎魔法で倒したのだと推察できる。
「レイン。それにアンジュも。そっちは問題ありませんでしたか? 城門にはスケルトンが十体ほどいました。さっきようやく全部倒せたのですわ。炎魔法以外だと効果が無くて。手間がかかりました」
「姫様が炎の付与魔法を新たに覚えていたおかげでどうにか対処できましたね。助かりました」
「こっちも同じですよ。数はもっと多かったけど、俺もアンジュもアンデッドを倒せる手段があったので対処できました」
城門は壊れていた。外側から力ずくで破られたような感じだ。もちろんただのスケルトンにそんな腕力はない。つまり、そんな馬鹿力を発揮できる危険な魔物が街に侵入しているということである。さらに、地面をよく見るとスケルトンと思しき足跡が大量に残されている。この数は20体、30体程度ではない。数百体はいると考えていい。ということは街にまだまだ潜んでいるのだろう。
「フラン、クルツさん。アンデッドたちは誰かが操ってる可能性が高いです。狙いは分かりませんが……」
「なるほど。真っ先に思いつくのは領主の命でしょうか? そうなるとロートレックさんが危ないですわね……」
「……私の話か? 残念だったな。その予想は外れている」
不意に声がした。見上げると夜空に紛れて黒いローブの女性が浮かんでいた。肌は青白く、ローブの内側は扇情的な服装をしている。視線を地上に移せば、街中からスケルトンたちがうようよと城門に集まりつつあった。女性が何者かなどと聞くまでもない。この女性こそがスケルトンを操る死霊術師であり、倒すべき敵なのだ。
「貴女ですか。アンデッドを操っていたのは。素直に現れてくれて助かりました。倒しやすいので」
クルツの皮肉を聞くと、女性は甲高い声で笑った。おそらくこれほどの数の魔物を遠隔操作するのは至難の業だ。だから目視できる位置から操るため姿を現わしたのだろうが、そこには自分の勝利を信じ切っている慢心も見て取れる。
「最期の言葉はそれでいいのか。そこの冒険者が神託で選ばれたという〈召喚の勇者〉か?」
意外なことに女性はレインを指差した。どことなく色気のある仕草だった。
「……なんだかいろいろ間違っているけど、たぶんそれは俺のことだ」
「なるほど。では死んでもらおうか。司教様のご命令なのでな。行け、スケルトンたちよ!」
スケルトンの集団がレインたちに殺到する。レインはそれを大剣スヴァローグで受けて立ち、真っ向から一体ずつ焼き切っていく。分からないことだらけだ。まず死霊術師の女性の狙いが自分だったことがよく分からない。ただの冒険者の首にそこまで価値があるとは思えなかった。また街が襲われたのは自分のせいだという事実。それに対してレインは少なからず責任を感じていた。




