82話 エルフの森を救え(9)
身体中が酷く痛んで、熱かった。指一本動かせないのに自分でも驚くほど意識ははっきりとしていた。まだ戦いは終わりではない。気を抜くなと。師匠のハイトに言われているような気分だった。カイルがポーションを飲ませようとしてくれたが、口が動かせなくて飲みたくても飲めない。
少しして魔族、カルパヴリクシャの片割れが怒声を発したかと思うと、地面が激しく揺れ始めた。まるで地震だ。いや。地面は正確には破滅妖星イギルジェなのだから、これは地震などではなくて魔物が動き出しているという解釈が正しいのだろう。ややこしいのでここでは地面としておくが。
視界に映るカイルが地面に手を触れながら何かを話している。レインは意識を集中させてその会話を聞いた。
「どうなっているんだ。カルパヴリクシャは何をしようとしているんだ?」
「……イギルジェって名前だったね。この魔物の内部で魔力が急速に高まっている。この感じは……そうだな。爆発する前兆に近い」
「なんだとっ。こんな巨大なものが爆発したら、世界樹もただではすまない。それどころか……」
「そうだね。カルパヴリクシャの奴、本当にこの森ごと僕たちを道連れにする気らしいよ。なんとかしないと」
そうだ。なんとかしないといけない。心の中でカイルの意見に賛成した。だが、何をすればいいのかレインには分からない。
「おそらく……この魔物を操っているのはあくまでカルパヴリクシャだから、体内に沈んだあいつの頭を破壊できれば爆発しないはずだ」
「簡単に言うんじゃない。この魔物の大きさを考えろ。この巨大な魔物の体内のどこにいるのか、分かるわけがない。分かったとして、どうやって破壊する!?」
「そうだな……それが問題だ。僕も透視魔法は得意じゃないからな。そもそも位置の特定が困難だ」
「カイルの兄さん、ケーニッヒ・フレアプファイルは駄目なんすか?」
「この局面に適した魔法ではないね。あれは爆発の威力で殺傷する魔法だ。貫通力が低いから、使ってもこの魔物の表面を焼くぐらいしかできないよ。それに頭の位置を特定する問題が解決できてない」
その問題を解決する手段がレインにはある。今すぐ言ってやりたいところだが、この負傷ではどうしようもない。
「兄貴の魔法武器なら……風の弓ストリボーグなら、なんとかできるかもしれないっす。あれを使うとき、兄貴には透視能力があるっす」
「召喚変身か。だが今のレインによしじゃあいっちょ頼むかというわけにはいかないな。瀕死の重体だ」
そのとき、ココシュカが鱗粉のような光の粉を空中に撒きながら、カイルの眼前を飛び回る。
「……僕に任せて。世界樹に頼めば治してくれるかもしれない」
「そ、そんなことができるんすか? お願いするっす!」
「たぶん、大丈夫……魔族を倒したお礼ぐらいしないといけないし……だから世界樹も力を貸してくれるはずだよ」
うっすらと開いているレインの目に映ったのは、世界樹の根がするすると触手のように降りてくる光景だった。根が優しくレインの身体に絡みつくと、全身の激痛が和らいでいくような感覚がした。木の根はうつ伏せに倒れていたレインの身体を起こし、徐々に力が戻ってくるのを感じる。
誰かに抱き締められる感覚に似ていた。この世にある邪悪なものや悪意から守ってくれているかのような。レインはそれを心地よいと思った。ただ、いつまでもそうしているわけにはいかないだろう。虚ろだったレインの目に光が宿り、手を伸ばす。
「……召喚変身。天空の聖弓兵……!」
レインの姿が変わる。片眼鏡を装着した狩人のような服装になると、イギルジェの内部を透視した。あまりにも大きいのですぐに見つけられなかったが、いた。数百メートル下の位置に頭がいる。手に持っていたストリボーグを構えると、レインは自分の腕が震えていることに気づいた。まだ完全には回復していないらしい。カイルたちが不安気な視線をレインに送っている。
「心配しなくても大丈夫……この一撃だけは……絶対に当ててみせる」
そう言って魔力の矢を形成しようとしたとき、世界樹の根がさらに伸びてきて、ストリボーグにも絡みついていく。木の根が形作るそれはまるで樹木の弓矢であるかのようだ。木の根から魔力と生命力が送り込まれてくる。力が湧いてくる。いける。この一撃で戦いを終わらせる。
魔力の矢を解き放つとそれは破滅妖星イギルジェの内部に侵入し、その体内からイギルジェを操るカルパヴリクシャ、ハルの頭部を貫いた。遺跡を揺るがす震動は突然鳴りを潜め、嵐が過ぎ去った後のように静寂を取り戻した。
「やった……のか」
エルミアは力が抜けてしまったようでへなへなとその場に腰を下ろしてしまった。絡みついていた世界樹の根がレインから離れていくと、レインは倒れそうになったので、リザがすぐに支えてくれた。
「兄貴。大丈夫っすか?」
「ああ……ありがとう、リザ。今回は少しキツかったね……死ぬかと思ったよ」
「実質的に魔族が二体いたようなものだからな。でも、僕たちは一人も欠けることなく倒せた。完全勝利さ」
「完全勝利か……まぁ、最後は世界樹に……ココシュカに助けられたけれどね」
「そういえばココシュカはどこっすか?」
「ここだよ~~!」
レインたちが頭上を見ると、ココシュカはたくさんの世界樹の精たちと一緒に空を舞っていた。世界樹にはこんなにも妖精がいたのか。その幻想的な光景に目を奪われた。妖精たちはレインたちの近くまで降りてくると、ありがとう、ありがとう、と言ってふわふわ周囲を飛んだ。
「ありがとう。本当にありがとう。レインたちは世界樹を助けてくれた。何かお礼をしてあげたいんだけど、僕たちにできることがあれば何でも言って!」
「お礼なんて……何もいらないよ。俺としては、傷を癒やしてくれただけで十分だからね。ありがとう、ココシュカ」
「うーん……そうなの? あ。じゃあ世界樹の葉を分けてあげる。薬の材料とかに使えるよ」
それを聞いたエルミアがすっと立ち上がると、ごにょごにょとレインに耳打ちする。
「ありがたくもらっておけ。世界樹の葉にはあらゆる病を癒やす効力がある。薬師や治癒師なら喉から手が出るほど欲しがるぞ」
「そ、そうなんですか……? じゃあ……ココシュカのご厚意に甘えさせてもらうよ」
「それでいい。私たちエルフでさえ、掟により世界樹の葉を易々と使うことはできん。だがお前たちになら受け取る資格はあるだろう」
妖精たちが小袋を持ってきてレインに渡してくれた。中を開けると、たしかに葉が入っている。目を凝らすと魔力を帯びているのが分かる。なるほど貴重なものだということがレインにも感覚的に理解できた。
「では、私たちは村に帰ります。長老たちに魔族の脅威が去ったことを伝える必要がありますので」
「うん。じゃあ出口まで案内するよ。世界樹も感謝してたって言っておいて~」
ココシュカの案内で遺跡から出ると、レインたちは村に戻った。魔族を倒したことを伝えると、長老のグウィンたちは盛大にもてなしてくれた。村のエルフたちは魔族が企てていた恐ろしい計画の話をエルミアから聞かされると、冷たい態度もどこか柔らかくなった。
「……すまなかったな。お前たちには失礼な態度を取ってしまった。今は感謝している」
「いえ……いいんです。誤解が解けたのならそれで十分ですよ」
「そういうわけにはいかん。お前は召喚の勇者の弟子だったな。こんな辺境の森でよければ語り継ごう。新たな勇者の伝説を」
なんだか妙な話になってしまった。レインは「勇者の弟子だっただけで俺は勇者じゃありませんよ」とはっきり言ったが、エルミアは「勇者の弟子なら勇者と呼ばれて違和感を持つ者はいないだろう。私が生まれる前にはたくさんいたとも聞く」と言い返された。
こんなことで口論になっても仕方ないので、レインは結局逃げるようにイディルシル大森林を立ち去った。エルフの語る伝説が広まらないことを祈りながら。




