83話 猛炎獅子との戦い(1)
「で。宮廷魔法使いたちは……というか君たちは、どこまで分かっていたんだい?」
約束通り魔族を倒して、その報告にウェルテクス城を訪れたレインたちは応接室に通された。三賢者の一人であるアンブロワーズが応対してくれて、給仕の者がお茶を淹れてくれた。それを飲みながらのカイルの一言である。
「確信はあったが確証はなかったといったところじゃ。ここ最近、各地で魔物の活動が活発になっておった。まるで500年以上前、魔王が人間の世界に現れたときのようにのう。それに呼応して生き残っている魔族が動き出したのではないか、と我らは睨んでいたのじゃ」
「ふぅん。なるほどね。で、部下の宮廷魔法使いに任せたはいいが、エルフたちの反感を買うやり方になってしまったと」
「そうじゃ。恥ずかしながら、強引に調査に乗り出してしまった。それは我らの落ち度じゃ。随分やりにくかったじゃろう」
カイルは紅茶を飲み干してティーカップをソーサーに戻した。
「まぁいいよ。最終的に、僕たちとエルフは良好な関係になった。君たちとエルフの信頼関係が戻るかどうかは知らないけどね」
「そうじゃな。地道にやっていくとするわい。エルフは長生きじゃ。一度恨みを買うと仲を修復するのにとてつもなく時間がかかる」
冷たい言い方だったが、エルフたちもそこまで意地は悪くないだろう、とレインは思った。三賢者も悪気があってやったわけじゃないとエルフたちも知ったのだから。誠実に付き合っていれば関係はちゃんと修復できるはずだ。むしろそのことを伏せたカイルの意地が悪い。
「そろそろ本題に入ろうか。いつ魔界への転移魔法陣を作ってくれる? できるだけ早い方が助かる」
「三日ほど待って欲しいのう。転移魔法は高度な魔法じゃ。それも異界への転移となれば、少々時間がかかる」
「だ、そうだ。レイン、それでいいかい?」
「……俺はそれで問題ありません。その間に準備も済ませておきたいですから」
いよいよ魔界へ行くことができる。レインは気がついたら拳を強く握りしめていた。とはいえ今回、本格的な調査はできないだろう。魔界は前人未踏の地だ。地図もなければ他に人間もいない。どこにアシェルがいるかも分からない。だから問題なく転移ができることを確かめるのが第一で、後は簡単な探索程度で留めておくつもりだった。
転移魔法陣が完成するまでの間、レインはローザンディア王国のフラン宛てに現状報告の手紙を書いた。そういう約束だったからだ。とりあえず魔界に行く目途がついたことを伝えなくてはならない。そしてしばらくはオーデルヴァンで過ごすことも書いた。
アンブロワーズが言うには、魔界行きの転移魔法陣はどこにでも作れるわけではないらしい。この世界の中でも魔界により近い位相の場所が好ましいのだとされている。オーデルヴァンは魔界に近い土地らしく、この街を覆う霧も魔界から運ばれているのだと教えられた。
オーデルヴァンの一角にある空き家の中。そこに転移魔法陣は設置された。アンブロワーズの立ち合いのもと、レインたちはそこに集まった。いざ転移、というときにアンブロワーズが餞別と言ってスクロールをひとつ渡してくれた。白紙だ。何も書かれていない。普通、冒険者の使うスクロールといえば魔法陣が刻まれていて、魔力を流すと使い捨てで魔法が使える類のものが大半だ。
「あの……アンブロワーズさん、このスクロールは?」
「これは昔に作った魔導具じゃ。〈自動筆記の地図〉という……まあ機能そのまんまの名前じゃ」
「あ……なるほど。魔界の探索に使えますね」
「だから渡しておこうと思ってのう。持ち歩くだけで勝手に地図を作ってくれる。自由に使ってくれ」
「ありがとうございます……!」
レインはスクロールをリザに渡して持たせることにした。アンブロワーズは持っていた杖でレイン、リザ、カイルの身体に軽く触れ、何かの魔法を付与していく。自分の手の甲がわずかに発光した気がするので、確認すると魔法陣が浮かんでいた。しばらくすると魔法陣は消え去り、何も見えなくなった。
「では、転移の際の注意事項を説明しておこうかのう。行きは特に問題ないのじゃが、問題は帰りのときじゃ。三人にそれぞれ帰還用の転移魔法を付与した。念じればいつでもこちらの世界に帰れるが、帰るときは必ず三人が接触した状態で、同時に発動してほしいのじゃ」
「一人で勝手に発動したら……どうなるんですか?」
「うむ。残されていた魔法の術式が少々不完全でのう。私が指定した場所に転移できないのじゃ。この空き家に戻るようにしてあるのじゃが、単独で転移するとまったく違う場所に飛ばされてしまうじゃろう」
「なるほど……分かりました。気をつけます」
説明が終わり、カイルとリザの三人で顔を見合わせる。いつでも行ける、という表情だ。レインが「お願いします」とアンブロワーズに言うと、アンブロワーズは杖で地面を突き、転移魔法陣に魔力を流し込む。
「最後に言っておくが……無理をするでないぞ。命あっての物種じゃ。危ないと思ったらすぐに逃げなさい。誰も咎めはせぬ」
「アンブロワーズさん、すみません。何から何まで。でも大丈夫です。今回は軽い探索だけにしておくつもりですから」
「うむ。それでよいと私も思う。では幸運を祈るぞ……! 転移!」
転移魔法陣の光とともに、レインたちの周囲の景色は一瞬で変わった。荒涼とした大地が続く場所へと転移していたのである。レインの目に映る左右には巨大な岩壁があり、谷のようになっている。生き物の気配は、少なくともレインの五感では感じ取れなかった。
「ここが……魔界なんすね。兄貴、前に来たときと同じ場所っすか?」
「いや……違うみたいだ。前は洞窟の中だった。でも、魔界なのは確かだよ。ほら、リザ。上を見て」
見上げた夜空には月が二つ浮かんでいた。もちろん人間界では月は一つしかない。
「本当に……違う世界に来たんすね。なんか急に実感出てきたっす……」
「僕もだよ。この歳になっても未知の体験をすることがあるんだな。ちょっとびっくりしてるくらいだ」
「カイルの兄さん、なんか急に年寄りくさくなったっすね」
「普段は頑張って若者に合わせてるんだよ。中身は爺さんなんだから仕方ないさ」
とりあえず、レインたちは岩壁に挟まれた場所を通り抜けて、見晴らしのいい場所へと向かった。比喩ではなく右も左も分からない、未知の領域にいるのだ。最終的な目標はこの世界のどこかにいるアシェルだが、まずはこの辺りがどういう場所で、何があるのか。それを知りたい。
「荒地ばかりだね。生き物もいない。しばらくはこんな景色が続きそうだ。リザ、周囲に魔物の気配は?」
「特にないっす。おいらの目と耳でも、何も見つけられないっす」
「レイン、まずは自然の豊かな場所を見つけないか。こんなところじゃあ食料調達もまともにできない。もちろん、数日分の食料なら準備してるが、今後、長期間の探索をするときに困るだろうからね」
カイルの言うことはもっともだ。はじめてこの世界に転移したときは、洞窟の中だったが、普通の動植物が息づいているような感じがあった。つまり今回はたまたま荒地に転移しただけだ。探せば緑の豊富な場所もあるはずだ。
「よし、それじゃあまずはこの荒地の先を目指そう。何も分からないから、真っ直ぐ進むくらいしか指針がないけれど……」
そのときである。リザがレインの袖を引っ張った。
「兄貴、今、星が光った気がするっす。なんかどんどんこっちに近づいているような……」
「え……?」
三人で空を見上げた。魔界と言えど夜空は月の数以外、同じである。空には星が散りばめられている。そのうちのひとつである赤い星がレインの目にも光ったように見えた。炎のように揺らめきを発しながら、どんどん接近してくる。錯覚じゃない。本当にレインたちのいる場所めがけて落下してくる。
「うわっ……なんだ!? みんな、後ろに逃げよう!」
レインたちは慌てて逃げ出した。星はレインたちのいたところに激しく着弾し、派手に土煙が舞った。地面には落下時の衝撃で巨大な穴が生まれることになった。穴の中に何かがいる。もうもうと立ち昇る煙の中でぎらりと目が光る。それは高く飛び上がってレインたちの眼前に着地し、腕を組みつつ言葉を発した。
「よう。お前か? 魔王様を倒そうなんつう、大それたことを考えてやがる奴は」




