81話 エルフの森を救え(8)
レインとアルが戦っている間、カイルとエルミアもカルパヴリクシャのもう片方の頭、ハルと戦っていた。ハルは植物魔法が得意なようで、手のひらサイズの大きな種子を弓矢のように飛ばして攻撃してくる。カイルは防御魔法でそれを的確に防ぎながら、炎魔法のフレイムブラスターで反撃する。
エルミアもまた風魔法、真空の刃を放つエアロカッターで援護してくれる。攻撃の手数はカイルとエルミアの方が上回っているが、たとえ命中したとしてもハルの身体はすぐさま再生してしまう。決定打を与えられないまま、実質的に膠着状態に陥っていた。
「おい」
「なにかな、エルミア」
「お前は大魔法使いなんだろう。何か他に使える魔法や作戦はないのか」
カイルにはまだまだ魔力に余裕があったが、エルミアはそうではなかったのだろう。大魔法使いの称号は伊達ではない。カイルとエルミアでは魔力量に天と地ほどの開きがあるのだ。
このまま同じことを繰り返してもエルミアは何も貢献できず、魔力切れになるだけだ。だから、ぶっきらぼうな言い方ではあったけども、今のうちに打開策があるか聞いてきたのだろう。
「あるにはあるけどね。でも……少し。ほんの少しだけ準備がいるんだ。準備の間、僕は何の援護もできなくなる」
「……私の能力しだいということか? いいだろう、やってやる。どれくらい時間を稼げばいい」
防御魔法で種子の弾丸を防ぎながら、カイルは両手をパーにしてエルミアに見せた。
「キッカリ10秒だ。短いと思ったかい? でも戦闘における10秒は途方もなく長い時間だよ」
「……たしかにお前の言う通りだ。実力で言えば私は、あの魔族はおろかお前たちにも劣っている。その私が10秒も時間を捻出するのは難しいな。だから言い出さなかったのか?」
カイルは無言ではにかんだ。年上でしかも好みの女性に、足手纏いだから気を遣ってましたなどと言えるはずもない。
「……望むところだ。やってやる。後ろに下がっていろ。私が10秒時間を稼ぐ」
「無理はしないでくれ。危ないと思ったら準備を中断してすぐに援護するよ」
「ふ。お前も甘い奴だ。私の命など気にするな」
「それは難しい相談だよ。美しい女性はつい守りたくなってしまうからね。性分なんだこれが」
「そうか……だが私たちは、今においては仲間だ。難しいかもしれないが、仲間なら信頼して背を預けろということだ!」
両手に風の渦を浮かべてエルミアがハルに向かって突っ込んで行く。今まで冷たい態度を取っていたエルミアがカイルを仲間とまで言ってくれた。俄然やる気が出るというものだ。魔法陣が浮かび、カイルは周囲の自然から魔力を集めはじめた。赤銅魔蠍アンタレスから盗み覚えた、ケーニッヒ・フレアプファイルの準備である。
「吹き荒れろ、タービュランス!」
手に浮かべた風を解き放ち、二つの旋風がハルの両側から襲いかかる。いくら魔族とはいえ、避けなければ吹き飛ばされてしまうだろう。だが驚くべきことにハルは避けなかった。身体を丸めながら両腕で風を受け止める姿勢を取ると、そのまま旋風がぶつかる。
「いい風だね。夏なら涼しくて便利そうだよ」
ハルはタービュランスを凌ぎ切ると再び種子の弾丸を発射した。狙いはエルミア、ではない。カイルの方だ。エルミアは風の防御魔法ウィンドシェルを身に纏うと、カイルとハルの間に立ち、種子の弾丸を弾き飛ばす。防がれた種子は地面に転がった。
「タービュランスが効かない理由は分からないが……このまま攻め……」
「残念。3秒だ。君が稼げた時間だよ。悪いけどもう詰んでるんだよね」
「……なんだとっ!?」
足元の地面から太い蔓が伸びてきて、エルミアの身体を雁字搦めに拘束してしまった。植物魔法のひとつ、ロープヴァインである。ハルは考えなしに種子を攻撃手段に選んでいたわけではなかった。時間差で蔓へと成長させ、動きを封じるための布石でもあったのだ。
エルミアがどうにか拘束を脱しようともがいている。首にも絡みついており、その締めつけは強くなっているようだ。このままでは1秒足らずで絞め殺されるだろう。合計してもたった4秒。10秒には到底届かない。
「これで一人片付けた。弱者から死ぬのは自然界の掟だよね。悪く思わないでよ」
これは古代魔法の発動を中止すべきか。そう判断しかけた瞬間、カイルとエルミアの目にある光景が飛び込んできた。それは炎を纏ったレインの大剣がカルパヴリクシャの片割れ、アルの身体を貫き、灰へと変える瞬間だ。
「……えっ? アル…………?」
片割れの呆気ない死にハルは意識をそっちへ持っていかれた。エルミアとカイルがいるにも関わらず、後ろを振り返ってレインの方を見てしまったのだ。この隙は相手にとって致命的なものとなる。
「……いけっ! タービュランス!!」
魔法陣が浮かび、旋風が再びハルを襲う。ハルはまたもや身体を少し丸めただけで、避ける気配すら見せない。その防御の仕方が仇になるとも知らずに。タービュランスは先ほどと同じく防がれたが、コンマ数秒後に魔法陣を省略して発動した風の刃、エアロカッターがハルの両足を切断した。これがエルミアの本命だ。
「……なるほどな。足の裏から根を張ってタービュランスを耐えていたのか。通りで吹き飛ばされないはずだ」
「いい気にならないで欲しいね! エルフごときがっ。この程度の負傷、僕ならすぐに再生するさ!」
「……そうだな。私の力ではお前は倒せない。だがお前の晒した隙と再生までにかかる時間。これで稼げたな……キッカリ10秒だ」
エルミアが背後を、カイルの方を見る。その両手には炎の弓矢が構えられている。カイルが炎の矢を解き放つと、再生が完了して立ち上がったハルの胸に着弾した。瞬間、炎の矢が激しく爆発する。エルミアが目を細めている。爆風の強烈さに驚いた様子だ。
「……なるほど。これは凄まじい魔法だな。それにしても、どうも古代魔法のようにも見えたが。禁呪だぞ」
「エルミア、君は博識だね。ケーニッヒ・フレアプファイルと言って、最近覚えたばかりの魔法なんだ。まあ内緒にしておいてくれ」
カイルが笑いながら片目を瞑ると、エルミアは絡みつく蔓を短剣で切りながら溜息を吐いた。
「……今回だけだぞ。忠告しておくが、決まり事はあまり破るものじゃない」
「ありがとう。覚えておくよ」
凄まじい爆発を食らったハルは、身体のほとんどが消し飛んでいた。頭だけはかろうじて残っており、それが無残にも地面に転がっている。いかに再生能力を有すると言っても、身体の大部分を失ってしまった状態ではもう助からないだろう。
それよりもレインだ。カルパヴリクシャの片割れ、アルの方を倒したのはいいが、それから地面に倒れたままで動かない。カイルはレインの近くまで走り寄ると、思わず目を見開いた。服装は〈紅炎の剣士〉から元の旅人姿の服装に戻っていて、さっぱりしているが、全身に酷い火傷を負っていたのだ。
ケーニッヒ・フレアプファイルの準備をしながらレインの戦いも見ていた。炎を全身に纏って突撃し、命中したときの威力は古代魔法にも匹敵し得るものだった。にも関わらず、レインが今までその技を使うところを見たことがない。おそらく、使わなかった、のではない。使えなかったのだ。使えば自滅するから。あれは未完成の技なのだ。身に纏った炎を制御しきれず自らも焼いてしまう諸刃の剣。
「戦い……終わったんすね。カイルの兄さん、兄貴は……?」
世界樹の根に隠れていたリザとココシュカが姿を現わし、カイルに容態を尋ねた。
「あまりよくないな。ポーションを飲ませようとしたが、飲んでくれない。そんな体力もないみたいだ……これだと治癒魔法で治すしかない」
「治癒魔法を使える者なら村にいるぞ。すぐに連れて行こう」
「助かるよ、エルミア。しかし……言いにくいことだけど、最初に会ったときから態度がかなり変わったね。ああいや、嬉しいからそのままの君でいてくれたまえ」
「……そうだな。私は勘違いをしていた。最初は不信感があったが……少なくともお前たちは悪い奴らではない。それにさっきの戦いはレインのおかげで10秒稼げたようなものだ。恩人には死なれたくない」
エルミアがレインの身体を起こし、背負おうとしたとき、憎悪に満ちた怒声が響き渡った。
「許さない。許さないぞ……お前ら! よくもアルを殺し……僕をこんな姿にしてくれたな! おかげで計画も滅茶苦茶だ! こうなったらお前たちだけでも……この森のエルフの連中だけでも!! 道連れにしてやるっ!!」
ハルの頭が地面に沈んでいく。すなわち破滅妖星イギルジェの内部へと。やがてハルの頭が完全に沈み切ると、地面が激しく震動し始めた。最後の悪足掻きか。何かが起ころうとしているのだけは確かだった。




