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70話 真理の鍵団(8)

 先手を取ったのはアルケインだった。魔法陣が浮かび上がり、激しい炎がアルケインの周囲を舞う。火の粉が飛び散り、蛇のようにうねりながらカイルめがけて炎が飛んでいく。ランダムインフェルノ、と呼ばれる炎魔法だ。軌道を自在に操作できる炎を発射する魔法である。


 対してカイルはそれを水の防御魔法、ウォーターヴェールで防いだ。周囲に展開された水流の幕が蛇のごとき炎を弾く。と、同時に攻撃魔法も発動していた。激しい水流の渦がアルケインの頭上から降ってくる。これは水魔法のひとつ、ハイドロボルテックスである。


「ふん、少しはやるようだな。だがその程度の魔法など……!」

「アルケイン様っ、上だけではありません! 下からも……!」

「なんだとっ」


 カイルの背後から戦闘を見ていたレインも気づくのが遅れた。防御と上からの攻撃の二手ではない。さらに下からの攻撃も加えた三手であった。アルケインの真下から槍さながらに水が噴き上がる。これもまたガイザーランスという水魔法だ。魔法陣の展開が省略されていたため、誰もがその魔法にギリギリまで気づけなかったのである。これがカイルにとって本命の攻撃なのだろう。


 アルケインは舌打ちしながら、バンビーナの腕を乱暴に掴んで横に飛んだ。速い。浮遊魔法と加速魔法を組み合わせた回避だ。間一髪で上下からの挟み撃ちを逃れたアルケインは、浮遊魔法でバンビーナを少し離れた位置に移動させた。


「私から離れていろ。戦いにくくて仕方がないわ!」

「はっ……も、申し訳ありません。アルケイン様」


 攻撃こそ避けられたがカイルの優勢は揺らがない。アルケインが回避に使った時間を、カイルはさらなる攻撃のために費やすことができるからだ。バンビーナが離れた直後には、水魔法、タイダルウェイブで生み出した津波がアルケインに襲いかかっていた。


「手に入れた魔導書の力は借りないのかい? このまま勝ってしまうけれど。それとも負けた後の言い訳を準備しているのかな」

「若造が……! 舐めた口を! 見せてやろうではないか、大魔法使いアルケインの実力をっ!!」


 アルケインが手をかざすと、幾つもの熱線が発射される。炎魔法のフレイムブラスターだ。熱線は津波を貫通してカイルに飛んでくる。津波で威力を殺せないあたり、普通のフレイムブラスターより威力が高い。狙いはでたらめだが、何発かはカイルに当たる軌道だ。


「ふむ……魔法の威力が底上げされている……普通の魔導書じゃないな。まぁ……それでも僕なら防げてしまうけれどね」


 光の障壁を張る防御魔法、プロテクトシールドを発動し、ピンポイントで障壁を展開して熱線を防御していく。初歩の防御魔法で高威力の魔法を防げる秘密は威力に応じて二重、三重に魔法を張ることだ。実現するには高度な技術を要するが、カイルはそれを何も言わず平然とやってのけてしまう。


 アルケインも光の障壁をドーム状に展開して津波から身を守る。防御魔法のひとつ、フィールドバリアだ。タイダルウェイブは威力の高い魔法であり、本来ならその程度で防げるものではない。しかし伯爵が管理していた例の魔導書から微かに魔力が放出されると、光の障壁の強度が増して津波を防ぎ切った。


「これでどうだぁ!! この私に楯突いた礼に見せてやろう! 我が最大の炎魔法、ナインソウル・フレイムノヴァを! その威力をとくと味わうがいい!!」


 空中に幾つもの複雑な魔法陣が浮かぶと、太陽を思わせる九つの超巨大な火球が出現する。炎魔法の中でも最上級とされる強力な魔法である。威力もさることながら一度放たれれば広範囲を焼き尽くす。カイルだけでなく、レインやリザ、伯爵にもその被害が及ぶことだろう。


「御託はいい。さっさと撃ってきたまえ」

「なっ……なんっ……いいだろう、それほど死にたいなら望み通り死ねっーーーー!!」


 これはまずいかもしれない。隠している手の内ではあるが、レインにはこの魔法から身を守る方法がある。それを使ってリザと伯爵、そしてカイルを守ろうとしたのだが、カイルがそれを制した。背後に顔をちらりと向けて、不敵に微笑む。


「心配しなくていいさ。レイン、ここは僕が片付けると言っただろう?」


 カイルの目の前に魔法陣が浮かぶと、光輝く巨大な盾が出現する。直後、合計九個の巨大な火球が一斉に降ってきた。火球が盾に激突し、炎が一気に広がっていく。しかし、盾の発する光が炎を受け止めて背後にいるレインたちを守る。


 もしやカイルが発動したこの防御魔法は。レインですら教わっただけで実物など見たこともなかったが、光魔法に属する最上級の防御魔法、ガーディアンイージスではないか。現存するほとんどの魔法はこの魔法で防げると聞いたことがある。例外は古代魔法などのごく一部だけだ。


 二発、三発、四発、と次々に巨大火球が炸裂するのに、その炎は火の粉の一粒すら届かない。まさに鉄壁の防御魔法だ。気になることがひとつあるとすれば、ガーディアンイージスを発動してからいつの間にかカイルの姿が消えてしまっていることだ。一体どこへいってしまったのか。


「馬鹿な……私はアルケインだぞ……なぜ私を恐れん……なぜこの若造ごときを倒せん……!?」

「それはね、簡単なことだよ」


 アルケインの後ろからカイルの声が響き、大魔法使いは驚いた様子で振り返った。カイルは口の前で人差し指を立てて「静かに」と言ってその肩にポンと手を置く。


「いつの間に……どうやって私の背後を取ることができた……!?」

「透明魔法だよ。それを使って忍び寄った。まぁ、僕もこの魔法は苦手だから数秒くらいしか使えないのだけれどね」

「馬鹿なことを言うな! 最上級の防御魔法を遠隔操作で維持するなど、できるわけがない!」

「できるんだから仕方ないだろう。まぁちょっと要領が必要なのは確かだけど」

「お前は……お前は……一体何者なのだ……!?」


 アルケインとカイルのやり取りを聞きながら、ゲイツ伯爵もまた口を開いた。


「確かに……彼は何者なんだ。今までは聞く暇もなかったが、あまりにも似すぎている……」

「……え? どういうことですか……?」


 九発の火球すべてをガーディアンイージスが防いだことで、役目を終えた巨大な盾が消滅する。カイルの姿がレインたちの目にも映った。そしてカイルはアルケインとゲイツ伯爵の疑問を解消するようにこう言ったのである。


「まだ分からないのか。僕が……本物のアルケインだ」


 アルケインの肩に置いているカイルの手から電撃が走る。雷魔法のサンダーパルスだ。電撃に悶絶したアルケインはその場から崩れ落ちて戦闘不能となった。カイルが告げた真実にレインは理解が追いつかなかった。今まで戦っていた大魔法使いアルケインが偽物で、本物のアルケインがカイルだったなんて。そんなレインに対してゲイツ伯爵は不思議なほど腑に落ちた様子だった。


「……やっぱりそうだったのか。髪の色こそ違うが、どうにもアルケインの若い頃に似すぎていると思っていた。アルケイン……いや、今はカイルと呼んだ方がいいのか」

「カイルでいいよ。アルケインの名前は悪評が立ちすぎてて居心地が悪いからね。だから別人を装っているんだ。そこは気を遣ってほしいところだな」

「……そうか。すまない。私はてっきり、君が本当に悪人になったのだとばかり……本物の君は、もう長い間会っていない私を助けに来てくれたというのに……」


 カイルは伯爵の謝罪を笑い飛ばして、肩を竦める。


「そんなこと気にしないでくれ。勘違いされるのには慣れてるからね。それに、そう思われても仕方ないことをしてきた自覚もある。いまさら綺麗な人間だと思ってくださいとは言えないよ」

「では君が研究していた魔法の真理などではなく、若返りの方法だったというわけか」

「偽物の彼はそんなことを言っていたのか。正解だよ、魔法の真理なんて興味ないからね。それより……」


 視線が下に移る。偽アルケインが所持している魔導書へと。伯爵が管理していた魔導書がどういうものなのか、確認する意味もあったのだろう。


 遠目で見ていたレインにも気になることがひとつあった。偽アルケインは伯爵の魔導書の他に、もう一冊、よく似た魔導書を使って戦っていた。魔法の発動もその本の力のように見えたが、伯爵の魔導書と関連性があるのだろうか。あったとして、どういう魔導書なのだろうか。


「カイル、伯爵の真理の鍵の書と、偽物が持っているそのよく似た本の二冊を回収して。なにか気になる」

「ああ、分かっているさ。僕も戦いながら気になっていたんだ。ちょっと調べて……」


 カイルが魔導書に手を伸ばす。すると二冊の魔導書が光を放ち、偽アルケインの身体が突然激しく燃えだした。カイルは何もしていない。勝手に炎に包まれたのだ。


「う……うわああああああ~~~~~~っ!!!!」


 偽アルケインの悲痛な断末魔が響き渡る。カイルは浮遊魔法で自分の身体を宙に浮かせると、レインたちのいる場所まで後退した。その場にいるのは危険と判断したのだ。この不自然な発火現象。何かある。


「……どうやら、偽物の僕は騙されていたようだな。サイラスの言っていたことが正しそうだ」


 焼死する偽アルケインを睨みつけるように眺めながらカイルはそう言った。

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