69話 真理の鍵団(7)
扉の向こうは長い一本道が続き、それが終わると再び広い空間が待ち受けていた。カイルがいる。そのさらに奥に、老人が二人、立っている。片方は身なりがよく、いかにも貴族的に見える。おそらくゲイツ伯爵だ。もう片方は髭を蓄え、怪しげなローブを被っていて隠者のようだ。こちらが真理の鍵団の首領、アルケインであろう。
「レインとリザか。そちらの女性は? 名前を聞いてもいいかな? これが終わったら二人きりで食事でもどうだい?」
「秒で口説かないでほしいっすね。この人はバンビーナ。アルケインの弟子らしいっす。おいらが倒して拘束したっす」
「ほう。リザが。頑張ったようだね。こちらも正直、伯爵を人質にされて困っていたんだ」
カイルの視線がアルケインたちに向けられる。アルケインの背後には台座があり、その上には重厚な雰囲気を醸し出す大きな箱が固定されている。あの箱の中に真理の鍵団が追い求めてやまない魔導書が入っているのだろう、ということは容易に想像がついた。
「仲間が増えたようだが、動くでない。伯爵を無事に助けたいのならばな……」
「君たちが誰か知らないが……私のことは気にせずアルケインを……この男を殺せ。彼は狂っている。魔導書を渡してはならん」
「さっきからずっとこの調子なんだ。話が平行線でまったく進まない。レイン、なんとかしてくれ」
カイルは肩を竦めながら言った。なんとかしろと言われても。
「あの……確認なんですが、その箱の中には魔導書が入ってるんですよね? 伯爵にしか開けられないんですか?」
「そうだ。この男は私を人質にしているつもりだが、私を殺せば箱は未来永劫開くことはない。だから私を殺せないのだ」
それを聞いたアルケインは笑った、ような気がした。長い髭が邪魔で表情が分かりにくい。
「確かにな。だが殺さずともお前を苦しめる方法はいくらでもある。それはお前を助けに来た連中にとって好ましいものではない。だから人質としては十分使いものになるということが分からぬか?」
「ま、待ってください。アルケインさん、ゲイツ伯爵に手を出さないでください」
「ほう。それはまさか我が弟子バンビーナを人質として使うということか? 伯爵に手を出せば殺すとでも……?」
「それは……ううん……なんていうか……」
「非情になりきれんようだな。しかしはっきり言っておこう。バンビーナに交渉の材料としての価値はない」
「駄目だったか。レインに頼った僕が愚かだったようだ……」
なんだか失望させてしまったようだ。レインは途端に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「もう面倒になってきたな。伯爵、もうその魔導書はあげていいんじゃないか。命あっての物種だろう」
「何を言うか! この魔導書は誰かに渡してはならぬ! かつてこの地を荒らした魔族が封印された危険な書物なのだ!」
「ほう。そうだったのか。そんなもの手に入れて何になるんだい?」
「それはアルケインに聞いてくれないか。正確には、その肉体のみを封じ込めてある。もう一冊の魂を封じた魔導書は別の貴族が管理しておるのだ」
カイルと伯爵の会話に、リザが口を挟んだ。
「魔族を封印した魔導書? おいらは真理の鍵っていう誰でも凄い魔法が使えるようになる、なんか胡散臭い魔導書って聞いてるっすよ。そうっすよね、バンビーナの姉さん」
「ええ。そのはずよ。そうですよね、アルケイン様……?」
リザがロープをくいくい引っ張ると、縛られたままのバンビーナはこくこくと頷いた。アルケインが狂ったように叫ぶ。
「当たり前だ。この男は真理の鍵を渡したくないがために嘘を吐いているのだ! そうに違いない!」
「ずっとこの会話でループしてるんだ……レイン、これは誰が本当のことを言っているんだろうね」
「俺にも分からないよ……もう魔導書を直接確認しないと分からないんじゃないかな……」
「そうか……よし、分かった。伯爵、魔導書は諦めてそいつに渡してしまえ。ただし、箱を開けるのは僕たちでやる」
「どういうことだ?」
ゲイツ伯爵の疑問を打ち消すようにカイルが話を続ける。
「魔導書と伯爵の身柄は交換だ。その箱、どうやって開けるんだい?」
「箱はダイヤル式だ。ダイヤルの周囲には魔法文字が刻まれていて、特定の順番でダイヤルを回せば開錠できる」
「なら口頭で伝えられるな。アルケイン、お前はそこから離れろ。僕たちが開けて魔導書をくれてやる」
「ふん。まあいいだろう。真理の鍵さえ手に入ればこちらとしては何の文句もない」
意外なほどアルケインは素直に言うことをきいてくれた。迷っているのは伯爵のようだ。
「しかし……解き放たれればその魔族は魔法使いでは倒せぬと言われている……もし封印が解けたらどうなるか……」
「伯爵、安心したまえ。どんな奴が復活しようと僕とレインがそいつを倒してやる。それで文句ないだろう」
「できるのか……そんなことが? というより、君は一体……」
「真面目すぎるんだよ、君は。もう少し気楽に物事を考えたまえ。なんとかなるさ、ってね」
カイルは伯爵にウインクすると、箱に向かって歩き始めた。レインとリザもそれに続き、アルケインも伯爵を連れて歩き出す。レインたちはアルケインとすれ違い、立っていた場所が入れ替わると、アルケインが早速開錠を急かした。
「箱から離れたぞ。さっさと魔導書を渡せ」
「アルケイン、君はせっかちな奴だな。もう少し心にゆとりを持ちたまえよ。伯爵、教えてくれ」
「うむ。では言うぞ……トネリケータス・エッセ・クライ・ウェス……」
魔法文字や魔法の言語はレインも簡単にではあるが、習った記憶がある。魔法の術式を構築するのには欠かせないものだからだ。リザは魔法を使わないためか、意味不明な呪文を聞かされている気分なのだろう、眉を寄せて首を傾げている。
「アミルティート・イェヘ・ロッサ・ニス、プルトゥナル・ソズ・アーキタ・スーリャ・バデナ・シール」
カチッという音が鳴ると、ダイヤルを回すカイルの手が止まった。箱の鍵が開いた。カイルは箱を開けると、そこには古めかしい一冊の魔導書が納められている。果たしてこれが一体何の魔導書なのか。それは本を受け取るアルケインが知るところであろう。
「おお! それが! 魔法の真理が遂に我が物となる……! もう用済みだ、さっさと行くがいい!」
「この魔導書は君が持っていけ。弟子なんだろう?」
アルケインはさっさと伯爵を解放すると、カイルは魔導書をバンビーナに渡してしまった。互いの陣営に望みのものがやってくる。カイルの肩に乗っていた使い魔のストラが伯爵に駆け寄った。
「にゃん! じいじ、無事で良かったにゃん!」
「ああ、ストラ……お前がこの人たちを連れてきたのか? 君たちのおかげで助かりはした。そのことには礼を言おう」
突然、アルケインが大声で笑い始めた。魔導書を手に入れて気分が高揚した。というだけではないだろう。
「ふはははは。馬鹿な連中だ。魔導書さえ手に入ればもう関係などないわ。追手を差し向けられても面倒だ、全員死んでもらうぞ」
「まあ、十中八九そうなると思っていたよ。レイン、リザ。君たちは手を出すな。こいつは僕が片付ける。まあ義務のようなものだ」
「言っている意味が分からんな。貴様ごとき若造にこの大魔法使いアルケインが負けると思ったか」
アルケインは虚空から魔導書を呼び出した。収納魔法で取り出したのだろう。その魔導書は、先ほど箱から取り出した例の魔導書によく似ている気がしたが、レインは魔法について専門家ではないので、そう思っただけですぐ思考を戦いのことで押し流してしまった。
「教育の時間だ。本物の魔法使いの戦いを教えてあげよう。覚悟したまえ」
カイルも収納魔法から杖を取り出す。カイルは今までの短い旅の中で、常に飄々としており本気を出した場面を見たことはついぞ無かった。レインと手合わせしたときだって余力を残していたのだ。魔法も初歩的なものを好んで使う。
だが、今のカイルは雰囲気が違う。レインの肌をピリピリと刺激するような研ぎ澄まされた魔力を感じる。もしかしたら遂に分かるのかもしれない。ヴェールに包まれて見ることのできなかったカイルの本気を。




