68話 真理の鍵団(6)
ウォルシュと名乗った男の剣から放たれる冷気はどんどん強さを増している。もう冷気というより吹雪だ。この吹雪に触れると冷えて温度が下がるのはもちろんだが、凍結して氷漬けになってしまう。魔法を弾く形見のマントがなければ、レインはとっくに氷漬けとなって敗北していたに違いない。
レインはマントで前面を覆ったまま、腰に帯びている剣を抜き、突っ込んだ。マントでも完全には防げない。耐えるだけでは体力を消耗していくだけだと判断した。ならば接近戦に持ち込むべきだ。レインは突っ込みながら叫ぶように名乗りを上げる。
「俺はレイン! 銀級冒険者にして、召喚の勇者ハイトの弟子! 悪いけれど、君には倒されてもらう!!」
剣を振り下ろす。ウォルシュが聖水晶の剣で防御する。剣と剣がぶつかり合い、鍔迫り合いとなる。手応えからして腕力は互角だ。しかし驚くべきことにウォルシュの剣は切り結んだレインの剣を徐々に凍結させていく。それだけではない。脆くなって刀身に亀裂が走ったのだ。
「くっ……こ、これは……!?」
「悪いな。俺の凍結剣グラキエスは、刀身に近い距離ほど凍結の力を発揮する。しかも凍ったものは強度が下がり、脆くなっちまうのさ……!」
さらに剣に亀裂が走る。ウォルシュが凍結剣を押し込んでくる。レインの剣がパキン、と音を立てて折れた。まずい、という本能的な反射で後方へ跳躍して距離を取るものの、相手がこの隙を逃すはずもない。ウォルシュは犬歯を剥いて獰猛に追撃をしかけてくる。
「はっ! 勇者の弟子って言うわりには弱腰だな! もっと勇敢に攻めてきたらどうだ!?」
避けるので精一杯だ。この男の剣技は鋭く、速く、正確だ。レインにとって救いだったのはウォルシュが剣を振り回している間は吹雪を出せないことである。吹雪を放出しながら接近戦を挑まれたらかなり危なかった。とはいえ、武器で相手の剣を受けるとまた凍結能力で壊されてしまうので、やはり避けるしかないことに変わりはない。
「ウォルシュさん、でしたか。凄いですね。貴方ほどの剣技の持ち主はそうそういないですよ」
「避けながら褒められても嬉しくねぇな。まぁ、昔は兵士だったんでね。嫌でも鍛えられた。だがな、俺が本当になりたいのは魔法使いなんだよ」
レインは剣が届かない絶妙な間合いを維持しながら策を練る時間を稼ぐ。ウォルシュもレインの身のこなしから、簡単には斬り殺せないことを理解したのか、確実な一撃を入れられる隙を探っている。会話もその一環だ。
「この国じゃあ、魔法使いこそが至高の存在だからな。優秀な魔法使いは例外なく尊敬され、認められる。俺には魔法の才能は無かったが、だからって簡単に諦められるほど利口な性格じゃないんだよ」
「……もったいないですよ。剣士として真面目に兵士をした方が良い人生を送れるのに」
「そう見えるか。でも俺はそういうタイプじゃねぇんだ。それに、ちまちま剣で斬るより凄い魔法で一発ドカンとぶち殺した方が楽しいだろ」
「それは……人によると思いますが……」
召喚魔法を行使し、新たに剣を呼び出す。息を吐き、吸い込んで、レインは距離を一気に詰めた。ウォルシュはあからさまに受けに回っている。鍔迫り合いに持ち込んでまた破壊するつもりなのだろう。それでいい。それこそがレインの狙いなのである。
レインが放つ剣の軌道は大上段から一直線に振り下ろす軌道。それを受け止めようとしたウォルシュが目を見開く。凍結剣でレインの剣を受け止めようとした瞬間、レインの剣が消失し、凍結剣をすり抜けた後に手に魔法陣が浮かんで再出現したのだ。
答えは単純。召喚魔法で召喚した剣が凍結剣に触れる直前に召喚解除し、凍結剣をすり抜けた後に再召喚した。それを高速でやってのけたのである。この方法ならレインの剣が凍結して壊れる心配はない。
「……ぐぅぅっ!!」
だがウォルシュはその程度の不意打ちで倒せる剣士ではなかった。神懸かり的なタイミングで半歩後退し、頭に振り下ろされる剣を避ける。レインの剣は空振りに終わり、ここで大きな隙を晒したというわけだ。ウォルシュは獰猛に笑うと、凍結剣の切っ先をレインに向ける。至近距離であの吹雪を放つつもりなのだ。
剣技による斬撃ではなく、魔法武器の能力でとどめを刺すことを選んだ。それはウォルシュが剣よりも魔法の方が好きだという話に由来するのだろう。結論から述べよう。その選択こそがウォルシュにとって最大の誤りだったのである。
「……なっ!?」
凍結剣から吹雪が放たれると、レインはマントを脱ぎ捨てて凍結剣に巻きつけるように覆いかぶせた。レインのマントは魔法を弾き、その効力を軽減させる特別なマントだ。
凍結剣の吹雪も、当然ながら弾く。それで覆ってしまえば少しの間は凍らずに吹雪を閉じ込めることが可能となる。さらにレインは片手でマントを離さず握っており、剣を振れないようにしっかり抑え込んである。
武器を完全に封じ込められ、隙だらけになったのはウォルシュの方だ。レインは鳩尾に膝蹴りを叩きこんで怯ませると、剣の柄で顎を殴りつけた。ウォルシュは脳震盪を起こしたのか、ふらふらと後ろに倒れてしまった。
「……危なかった。師匠のマントのおかげで勝てた……」
ウォルシュが最後の一撃に吹雪ではなく斬撃を選んだら、どうなっていたか。聖水晶の斬撃は頑丈な魔法のマントでも防げない。盾を召喚して防御することになったと思うが、凍結剣の切れ味と能力ならば盾を壊すなど造作もないはずだ。薄氷の勝利だった。
凍結剣に巻きつけたマントを回収し、再びその身に纏うと、ウォルシュの手から凍結剣を奪い、鞘も外して、自分のものとした。後ろめたい気持ちはない。剣も一本壊されたし、相手は領主を襲うような暴漢だ。武器を持たせておくわけにもいかないだろう。だからこの魔法武器は自分がもらっておこうというわけだ。
念のため手持ちのロープで何もできないように手足を縛っておいた。あえて殺さなかったのは何か情報でも引き出せるかと思ったからなのだが、完全に気を失ってしまっている。なんでも思惑通りにはいかないものだ。
「兄貴! カイルの兄さんと一緒じゃなかったんすか!」
「リザ。無事で良かった。リザの囮に引っかからなかった人がいたんだ……でもなんとか倒せたよ」
カイルの後を追って地下への階段を降りようとしていたところ、ちょうどロープで縛られた見知らぬ女性と一緒にリザが戻ってきた。
「気になるんだけど……その人は?」
「バンビーナの姉ちゃんっす。アルケインとかいう人の弟子らしいんで連れてきたっす」
「そうなんだ……捕まってるゲイツ伯爵との交換に使うとか、そういう作戦?」
「そうっす。そんな感じっす!」
レインはちらっと気絶しているウォルシュを見たが、人質は一人いれば十分だろう。
そう思っていると、バンビーナがくすくすと笑い始めた。
「貴方たち、馬鹿ね。アルケイン様は非情な御方よ。人質なんて通用するわけないわ」
「そうっすか。まぁこんなことするんだから、血も涙もないかもしれないっすね」
「冷酷だけど天才よ。大魔法使いの称号を持つ本物の天才。魔法の分野では幾つもの功績を残してるのよ」
「すみません。俺もリザもこの国の人間ではないので何がすごいのかよく分からなくて……」
バンビーナはレインの無知を嘲笑った。
「知らないなら教えてあげるわ。大魔法使いは、宮廷魔法使いの頂点たる三賢者からもらえる称号よ。賢者以外では魔法使いにとって最高位の称号で、その称号をアルケイン様はたった19歳の頃に与えられていたの」
「ほえー。すごいんすねぇ。でもその割に弟子であるバンビーナの姉ちゃんは大して強くなかったっすけど……」
「うるさいわねっ。男相手ならこんな不覚取らなかったわ。男相手なら……!」
そんな偉大な魔法使いがなぜこんな事件を起こすに至ったのか、レインにはよく分からなかったが、それもアルケインから直接聞けば分かることだ。雑談はそろそろ終わりにしてカイルを追いかけた方がいい。
レインたちは地下への階段を降りて奥へと進んだ。扉の前で呆然と座り込む男がいたが、どうも真理の鍵団のメンバーらしい。カイルに負けたらしくすでに戦う力を失っている。バンビーナが「人質は私で十分でしょう」と言ったので、レインたちは無視して先に進んだ。どうにも仲間意識はあるようだ。




