62話 魔導具職人ロージー(3)
レインとリザがもう一人のカイルについて調べている間、こちらのカイルはと言えば、ロージーの買い物に付き合って市場まで繰り出していた。商業が盛んなメルカの市場だけあって凄まじい活気であり、人に溢れている。そんなロージーが欲しいものは新しい魔導具作成に使えそうな素材のようだ。
珍しい鉱石や魔石をはじめ、魔物から入手できる素材もロージーには見逃せない。特に魔物由来の素材は冒険者が売らない限り手に入らないので、欲しいとき常に売っているわけではない。だから定期的に市場を見て回って探す必要があるのだ。
「あ~ん、〈人魚の涙〉に〈魔牛の角〉かぁ。どっちも欲しいけどどっちも高いなぁ。悩む~っ」
「なら僕が片方買ってあげよう。もう片方はロージーが買えばいい。これで二つとも揃う計算になるね?」
「えーっ。すっごい高いのにいいの? カイル、気持ちは嬉しいけど無理しちゃ駄目だよ」
「ふっ……そうだね。でもここは格好をつけさせてほしいな。構わないね」
もちろん出費としては手痛い。だがカイルは女性相手のときは異様に気前が良いのでむしろ満足だった。ロージーは始終、申し訳なさそうにしていたが。そうして市場の店を何軒か回ったりしているうちに、あっという間に正午を迎える時刻になった。これからはもっと人の往来が激しくなる時間帯だ。
カイルとロージーは横に並んで歩いていたが、あまりの人混みに流されて離れ離れになりそうになった。カイルは反射的にロージーの手を掴んで近くまで引き寄せた。ロージーはもう一人のカイルに好意を抱いている。少なくともカイルはそう感じている。勘違いされている身としては、他人のものを横取りしようとするようで良くないな、と反省した。カイルにも理性はあるのだ。
「急に手を握ったりしてすまない。この人の数だからね。気を悪くしたなら謝るよ」
「ううん。いいよ、気にしないで。カイルの手、なんだかひんやりする」
「そうかな。意識したことはないけど、まぁ男性には冷たい奴だとか人の心がないとか言われたりするね」
「……あはは。意外だね。カイルは男の人には優しくしないの?」
むしろ男相手には口説いたり、下心がない分、優しいまであるのではないかと思ったが、確かに男性相手には気を遣って優しくしていない気がする。ただ男性に優しくするメリットも皆無に感じたので、素の付き合いで構わないだろうと脳内で結論づけた。
カイルとロージーは昼食のためにカフェに入り、オープンテラスの席に座った。カイルの計画通りだ。満席になる前になんとか滑り込むことができた。これまで幾多のデートを経験してきた彼だからこそ為せる技である。
「うむ。やはりここの紅茶は美味い。高い茶葉使っているから、味の深みが違う」
「……ねぇ、カイル。ひとつ聞いてもいいかな……その……」
「ん? なんだい。どんなことでも気にせず聞いてほしいな。僕とロージーの仲じゃないか」
ロージーは俯きがちにもじもじしながら、最後は意を決したようにカイルを顔を見て言った。
「カイルは……本当に五年前、私を助けてくれたカイルなの?」
声が震えていた。そんなことを聞くのは相当、勇気がいるだろう。だがカイルとしても素直に肯定するわけにはいかなかった。五年前ロージーを助けたもう一人のカイルが死んでいるだなんて、口にするわけにはいかなかった。そうと知ればきっとロージーは悲しむ。
「い、嫌だな……ロージー、そうだと思う根拠でもあるのかい?」
「……あるよ。顔は覚えてないから分からないけど……『手』のことはよく覚えているの」
「手だって? そんなの誰のものでも大して変わらないだろう」
「全然違うよ。カイルは私を助けてくれたあと、怖くて動けなくなった私に手を差し伸べてくれた。私をその手を握って家まで帰ったんだよ。その時のカイルの手は、大きくて、太陽の日差しみたいな温もりがあった。今のカイルの手とは違う」
気がつけばロージーは落ち着きを取り戻し、確固たる意思でカイルを見据えている。ロージーがその結論に至った決め手は手の体温だったようだが、きっとそれまでのカイルの振る舞いにもどこか違和感があったのだろう。
そういう小さな違和感が積もりに積もって、目の前のカイルは別人だと確信するに至った。そしてそれを覆すだけの言い訳も、カイルは持ち合わせていない。となればカイルにはもうお手上げだ。降参するしかない。
「……ふっ。驚いたね。まさかそんなことで別人だと気づくなんて想像もしてなかったよ」
「教えて。なんで私に付き合ってカイルのふりなんてしていたの……?」
「それは……君が美しいからさ」
「……えっ?」
「僕は女性を口説くのが生きがいでね。美しい女性を見つけたら自分のものにしたくなるんだ。だから同じ名前の奴だと勘違いされてるなら、あわよくば交際までいけるかなと思っただけのことだよ」
ロージーは一瞬、呆気にとられたような顔をして、その後にふるふると首を横に振った。
「嘘だよ。確かに貴方は私を助けてくれた人じゃない。でも、そんなに悪い人でもないよ。出会って半年間くらいの付き合いだけど、それくらいわかるもん」
「どうかな。残念だけど僕はあまり良い奴じゃないんだ。女性には優しくしようと努力しているけれどね」
「貴方は何かを隠しているんだよね。だから本当のことを言うことができない。なんで隠すの? 教えて……!」
「……それは君が知る必要はないよ。知らなくていいことなんだ」
そう言ったもののロージーはまったく納得していない。カイルがこのまま何も言わず立ち去ったとしても、ロージーはきっともう一人のカイルについて調べるだろう。そうなればロージーは真実を知ることになる。その時だった。レインとリザが一人の人物を連れて現れたのである。
「ここにいたんだね! 探したよ……市場の人混みが凄すぎて二人を見つけるのに時間がかかったよ」
「レイン、リザ。ここまで来たということは、もしかして見つかったのか」
「ああ。とてつもない幸運のおかげでカイルを見つけた。彼は死んでなんかいない。ちゃんと生きてたんだ」
その人物にカイルは驚きを禁じ得なかった。なぜならその人物は、カイルがすでに会ったことのある人物だったからだ。
「いやぁ、まさか同じ名前だったなんて意外だなぁ。カイルさん、心配してもらわなくてもこの通りピンピンしてるべ、安心してなぁ」
このメルカの街に来るまでカイルたちは商人の馬車に乗せてもらった。
その時に御者をしていた、商人の息子だ。彼こそが五年前ロージーを助け、同じ名前のカイルなのである。
そういえば思い当たる節がある。彼は言っていたではないか。昔に冒険者をしていたと。
「いや……そういう君もカイルだろう。その……お互いになんて呼べばいいか困るな」
「ははは、おっしゃる通りだべ。番号をつけるわけにもいかないし、困るべさ」
もう一人のカイルは生きていた。その事実にカイルは安堵を覚えた。すべては杞憂だったのだ。
「カイルさんは冒険者を辞める時、なんか逃げるみたいで恥ずかしくて、他の同業者には何も言わず辞めちゃったみたいっす。だから死んだんじゃないかって思われてたみたいっすねぇ」
「ロージーさん、どうか俺たちの仲間の方のカイルを悪く思わないであげてください。カイルは貴女の想い人が死んだなんて知ったら、悲しむだろうと思って、あえて勘違いを正さなかったんです」
レインの何気ない発言を聞いて、あ、とカイルは思った。たちまちロージーの顔が赤くなる。
「おおお、おも、想い人なんてそんなっ」
「あ。ああ~……す、すみません。余計なこと言っちゃって……」
「本当に余計なことを言ったね、レイン。まぁ、本物が生きていたなら僕はお役御免だ。ロージー、君も恩人のカイルと話したいことがあるだろう、僕たちはこれで失礼するよ」
と、カイルはそう畳みかけてレインとリザを連れてその場を去った。〈燕の巣立ち亭〉まで撤退すると、カイルは借りている部屋の椅子にどかっと座り込んで大きく息を吐いた。
「はぁ……本当に良かった。結局、僕が気を揉みすぎてたってことか。レインとリザには感謝しないといけないな」
「最後にやっちゃったな、俺……あの二人、上手くいくかな。俺のせいで上手くいかなかったらどうしよう」
「さてね。もう僕たちには関係のないことだ。ただ、あれぐらいなら問題ないだろう。むしろ話が早くて良かったと思うね」
「そうだといいんだけど……」
この話には続きがある。後日、ロージーは〈燕の巣立ち亭〉にやってきて、自分が勘違いしていたことをカイルに謝った。カイルはそんなことは気にしなくていい、と言ったが、ロージーの気が済まなかったようでお詫びにお手製の魔導具をカイルたちに渡した。
「ふむ。指輪のようだけど、どういう魔導具なんだい、ロージー?」
「えと……〈絆の指輪〉って名前なんだけど、同じ指輪をしている人のことを念じながら魔力を流すと、その人がどこにいるか、道を示してくれるの」
「ほう。それが四人分か。一つ余るね。ではレイン、君が二つ持っていてくれたまえ。それとも急いで残りの仲間を見つけようか?」
「四人目の仲間か……考えてなかったけど、まぁ、パーティーの定番は四人組だからね。最後の一個はとりあえず俺が預かっておくよ」
そうして指輪を受け取ると、ロージーはもじもじしながらカイルに言った。
「あの……カイル。改めて、今までごめんね。私、すごく失礼なことをしちゃって……でも……もし良ければこれからも友達でいてくれるかな……カイルは魔法のことにすごく詳しいし、話が通じるから楽しいんだ。五年前に私を助けてくれたカイルじゃなくても、貴方はもう私にとって大切な人なの」
それに対する答えは決まっている。偽りの関係ではあったが、その中で育まれていたものも確かにあった。
カイルはその整った容姿で満面の笑顔を作りながらロージーに言った。
「それは嬉しいね。僕もずっと同じ気持ちだった。これからも、僕の数少ない友達でいてほしい」




