61話 魔導具職人ロージー(2)
カイルが今度はレインたちにロージーのことを紹介をする。
「ロージーはさらっと言ったが、この年で一人前の魔導具職人だと認められるのはすごいことなのだよ」
「私がすごいわけじゃないよ……仕事を教えてくれた師匠がすごいだけだもん」
「まぁまぁ。謙遜しないで。そういうわけだ、そのロージーが売ってる店だから魔導具も良い品が揃ってるというわけさ」
ロージーは顔を赤くして照れていた。とても嬉しそうだ。
「ねぇ、カイル。メルカにはどれくらいいる? もし良かったら一緒に買い物とか、付き合って欲しいなぁ」
「すまないね。僕たちはオーデルヴァンに行く予定なんだ。長居はできないかな……」
「そうなんだ。ごめんね、じゃあまた今度」
「ああ。別に構わないよ、カイル。二、三日くらいならこの街に滞在しても。そこまで急いでるわけじゃないからね」
レインは気を利かせたつもりだったのだが、その時のカイルの顔は今までに見たこともないものだった。あれは深い絶望の淵に叩き落とされた表情だ。あるいは、死刑宣告を受けて断頭台の前に立たされた罪人のような。その顔はこの世の終わりという言葉が相応しい。
長居をしてロージーの仕事を邪魔するのも悪いので、〈燕の巣立ち亭〉という宿屋にいる、ということだけ伝えてレインたちはその〈燕の巣立ち亭〉に戻った。まだ空いていたからか、カイルはふらふらと食堂に入って葡萄酒を注文し、グラスに注いで一気に飲み干した。
「はぁ……レイン。君はまったくもって余計なことを言ってしまったな。どうしてくれるんだ?」
「どうしてくれるんだ? って言われても。そんなに問題があることかな……何か事情でもあったの?」
「事情ならある。酒を飲んだら少し落ち着いた。その秘密の事情を今、話そう。君たちは仲間だから、仲間の秘密には守秘義務があるぞ。他の奴には言わないでくれよ」
などと新ルールを追加しながらカイルは語り始めた。あれは半年前のことである。当てもなくこのメルカの街をふらついて女を口説いていると、他にも女を口説いている同業者を発見した。客観的に見て自分よりルックスも悪ければスマートさの欠片もない輩だったそうだが、それはどうでもいいとレインは言った。
つまるところ、無理矢理、強引にいかがわしい場所へ女性を連れ込もうとする輩だったという。カイルはそれを見て頭にきた。自分ならば、決してそんなことはしない。カイルはかつて親友と約束したことがある。女性には極力優しくするという固い約束だ。まぁたまにグレーゾーンを突っ走ることもあったが、その約束を胸に今まで生きてきた。
だから、女性を泣かせるやり方はしない。また、そういうことをする輩も許さない。それは自分がやらないんだから他の奴がやるのはずるいだろう、というあまりにも勝手な理屈だったようだが、カイルは軽く魔法でその輩を追い払い、女性を助けた。
「その助けた子がロージーだったんだ。その後、僕は紳士的に名前を名乗って、次からは君も気をつけなさい、と言って立ち去ろうとしたんだけどね」
「……そこから何かあったの?」
「あったんだな。これが。どうにも、ロージーの実家はこの街の近くの村出身みたいでね。昔、村にゴブリンが現れたときに、彼女もまた襲われた。それを冒険者に助けてもらったんだそうだ」
「普通の話じゃないっすか。それと何か関係があるんすか?」
「だからあるんだよ。その冒険者の名前がカイルなんだ。同じ名前の冒険者なんだよ。五年前の話らしいけど」
そこまで話したところで、カイルは葡萄酒を一口飲んで溜息を吐いた。
「ロージーは僕をその冒険者だと今も勘違いしてる。つまり……人違いなのさ」
「……そうなんだ。分かった。ロージーにそのことをそれとなく伝えればいいんだね? ちょっと待ってて」
「待て待て待て。話が早すぎる。それだと僕の努力が無駄になってしまう。この街に来るたびに他人のふりをしてるんだぞ僕は」
「そんな必要無いよ。誤解なら解けばいいじゃないか。それとも君って意外と内気なの……?」
「そうじゃない。理由があるんだ。僕は女の子に優しくしたいと言っただろ」
カイルが言うには、その同じ名前の冒険者のことを調べてみたところ、組んでいたパーティーも解散しており、もう三年以上は誰も顔を見てないという。お世辞にも才能のある冒険者とは言えなかったらしく、てんで弱かったそうなので、どこかで死んでしまったんじゃないか、というのが彼の顔を知る者たちの意見なのだ。
「ロージーは自分でも気づいていないけれど、五年前に助けてくれたカイルに好意を抱いてる。彼のことが好きなんだよ。でもその本物のカイルは、もう死んでしまっている可能性が高い。それをロージーが知ったら悲しむはずだ。僕は……彼女の涙を見たくないんだ」
「女性に優しくしたいから……だから真実がばれないように、もう一人のカイルが生きてるふりを続けてるんすか?」
「そうだよ。毎回バレやしないかひやひやしてるんだ。僕もそんなことは得意ではないからね」
難しい問題だ。実際のところ、冒険者稼業というのはやっぱり死亡率の高い仕事だ。忽然と姿を消してしまったら大抵の者は死んだと思うし、レインも正直そう思う。だが冒険者を辞める時は、退職届を出す必要はない。もう依頼を受けにいかなくなるだけだ。つまり、誰にも言わずフラッと辞めてしまった可能性だってある。
「それにしてもカイルの兄さん、そのもう一人のカイルさんと、顔も似てたんすか? 凄い偶然っすねぇ」
「いや。顔は似ていないと思うよ。ロージーは眼鏡をかけていただろう。昔は視力が悪いのに裸眼だったらしくてね。顔はあまり覚えてないそうだ」
カイルとリザの会話を聞きながらレインは決意した。この問題に首を突っ込む決意をだ。
「カイル、そのことについてどれぐらい調べたんだ? 確実に死んだと、そう言えるのかな?」
「……レイン。もしかして探すつもりなのか。確かに僕も完璧に調べたわけじゃないけど……」
「俺のせいで君がまた、他人のフリをする必要があるからね。罪滅ぼしをさせてくれないかな」
「……君も人がいいな。ありがとう。ま……でも期待はしないでおくよ」
こうしてレインはカイルと同じ名前の冒険者について、調べることになった。この人探しにはリザも協力してくれる。カイル曰く、もう一人のカイルはメルカの街の近辺で活動していた可能性があるとのことなので、まずこの街の中を調べることにした。
冒険者ギルドで色々と聞ければ、調査も捗るのだが、ギルドは冒険者の個人情報を第三者に口外しない。余計ないざこざを避けるためである。なので、レインたちは地道に同業者がたむろしていそうな酒場などで聞き込みを行った。
「カイル? 知らねぇなー。そんな奴は見たことがないぜ」
「この辺りは冒険者の入れ替わりも激しいからなー。知ってる奴も少ないんじゃねぇか?」
「五年前か……すまねぇな。俺は最近この辺に来たばかりだ。力になれそうにない」
二日続けて聞き込みを行ったが、レインの方はまったく手がかりを見つけることができなかった。その間、カイルはロージーに付き合って一緒に買い物などをしているようである。ここは商人が集まる街。見て回りたい店も数多くあるのだという。
「兄貴、もう一人のカイルさんについて情報を入手したっす。一度話したことがある人を見つけたっすよ」
「本当に!? それで、どうだった!?」
「いやー……最後に見かけたのは三年前らしくて、大した情報は得られなかったっすね。でも……」
「でも?」
「もう一人のカイルさんは田舎者扱いされてたらしいっすね。訛りがきつかったらしいんで。本人は否定してたみたいっすけど」
「訛り? うーん……どこかの村出身なのかなぁ……」
「田舎の若者が一攫千金を狙って冒険者稼業を始めるなんて、よく聞く話っすね」
レインたちが滞在している宿屋、〈燕の巣立ち亭〉の食堂でリザと会話をしていると、亭主の奥さんがジュースをサービスしてくれた。奥さんはレインとリザの会話を聞いていたらしく、興味深そうに尋ねてきた。
「誰か人探しをしているのかしら? 冒険者の依頼? 二人とも大変ねぇ」
「ああ、いえ……依頼ではないんですけど、ちょっと色々あって。五年前にこの辺りにいたカイルって冒険者を探してるんです」
「カイル? ああー……そういえばいた気がするわね。ちょっとのんびりした感じの子だったわよ」
人の縁とは不思議なもので、意外なところで繋がりがあったりする。今回がまさにそうだ。まさかこんなところでもう一人のカイルに関する情報が飛び込んでくるなど一体誰が想像しただろうか。
「え……カイルさんのこと、ご存知なんですか!?」
「少しだけね。結婚する前は冒険者ギルドで受付嬢をしていたから」
「あの、カイルさんが生きてるか死んでるかを調べてるんですが、分かりませんか!?」
「ええっ。そうねー……私が辞める時はまだ元気にしてたけど。でも、実家に帰るかもって話はしてた気がするわ」
「カイルさんの実家は何してるんすか? それが分かるとすごい助かるっす」
「あ、えーと。たしか……父親は商人だって聞いたことがあるわね」
訛りのある言葉で話す、商人の息子。そんな人物と最近会った気がする。




