60話 魔導具職人ロージー(1)
モルゼーの街を出て、次に通るのはメルカの街だ。U字型に湾曲した川に囲まれた街で、商業が盛んであることで知られている。レインたちが目指すこの国の首府、魔法都市オーデルヴァンにも匹敵する賑わいなのだそうだ。昼夜問わず物が売買されており、冒険者ならば魔導具や魔法武器の工房がたくさんあるのも見逃せない。
メルカの街までは、馬車を使うことにした。ある商人がメルカの街まで帰るところを交渉して相乗りさせてもらったのである。カイルがこの先は徒歩だと疲れるから、馬車の方がいいと言うのだ。この土地に詳しい彼がそう言うのなら従うべきだろう。
「いやぁ、しかし皆さんお強いですな。トロールの群れを簡単に追い払うとは。いやはや、正直に言いますと、それができるだけの護衛を雇った方がよほど高値がつきます。本当に良かったんですかな。お代が馬車に乗せるだけでも?」
「そういう約束ですから、お気になさらないでください。追い払っただけで、倒したわけでもありませんから……」
レインが商人の男性と話していると、青年の御者が荷台の方を向きながら口を挟んだ。
「でも本当にお強いですよぅ、冒険者さん。動きを見れば分かりますだ。お若いけれんども、並みの使い手じゃありませんだべ」
「ありがとうございます。まぁ……褒められるのは、悪い気がしませんね」
「おら、これでもちょっとだけ冒険者をやってただぁ。才能はなかったけども、強さの見分けくらいはつくでさぁ」
御者の青年は田舎風の話し方で、雰囲気が柔らかかった。とても荒っぽい冒険者の仕事をこなしていたとは思えない。
「まったく、またその話し方に戻したのか。訛りがある方がいいなんて、お前も変わってるなぁ」
「しょうがないべよ、父ちゃん。こっちの方が性格に合ってるんだから」
どうやら御者は商人の息子のようだ。商人の男性は「こんなのんびり屋が後を継いだら、店が潰れるかもしれん。お前にはもっと仕事を覚えてもらうからな!」と厳しい口調だ。それでも息子は「そう言わずに優しくしてほしいなぁ」とのんびり言った。
メルカの街に到着すると、レインたちは商人とは別れて宿屋を探した。カイルはメルカの街にも詳しいようで、値段もそこそこで居心地の良い宿を紹介してくれた。〈燕の巣立ち亭〉という宿屋である。
ちょっと気難しそうな亭主と、従業員が二人。そして食堂の料理を担当する亭主の奥さん。この四人で切り盛りしている。その日の宿泊客はレインたちだけだったので、一人一部屋ずつ借りることにした。
「レイン、君は豪華な宿よりひっそりしていて、落ち着いたところの方が好きだろう。だからここを選んだんだ。僕の予想は当たっているかい?」
「……怖いな。カイル、なんでそんなことが分かるの。顔に書いていた……わけないよね」
宿屋の食堂で食事をしながらレインはカイルに聞いた。カイルはグラスに注がれた葡萄酒を軽く揺らして、こう答える。
「昔の親友に君みたいな奴がいたのさ。本当にもうそっくりだ。頼りがなさそうな見た目のくせに、お節介で、底抜けに優しくて、僕みたいな奴でも絶対に見捨てない。そんな奴が……いたのさ。遠い昔にね」
そう語るカイルの顔は、なんとも寂しげで、目がどことなく潤んでいた。レインは反射的に、その親友とは死別してしまったのだろうか、と思った。であれば深く聞いたりするのは古傷を抉るようで悪い。何も聞かず、黙って料理を口に運んだ。
「そうだ。食事が終わったら少し街を歩かないか。この街は昼も賑わっているけれど、夜も大変な騒ぎだよ。夜にしか店を出さない露店も多い。見て回るだけでも楽しいはずさ」
「それって夜遊びっすか、カイルの兄さん? おいら良い子なんで夜はすぐに寝るっすよ」
「ありていに言えば、そういうことになるかな。まぁいかがわしい店に連れていったりはしないから安心したまえ」
たまには羽目を外すのも悪くないかもしれない、とレインは聞きながら思った。よく考えてみると、レインは旅の最中にあまり息抜きというものをしない。リザは不満も漏らさず一緒に旅をしてくれているけれども、それだと息が詰まることもあるだろう。ストレス発散も大事な仕事だ。
「じゃあ、少し行ってみようか。俺も夜はあまり出歩かないから、カイル、案内を頼むよ」
夜のメルカの街はカイルの言う通り、昼とはまた違った賑わいを見せていた。大通りを歩けば、昼にはなかった露店がずらりと並んでいる。客引きがそこかしこにおり、ぼーっとしているとカイルやリザとはなればなれになってしまいそうだった。
「兄貴、ここのクレープ、うんま~っすよ! あ! あっちにはワッフルとアイスクリームが売ってるっす!」
宿屋では良い子だと主張していたリザが、一番目を輝かせてはしゃいでいた。リザは甘い物に目がないようで、レインの手を引っ張りながら次から次へと屋台で甘い物を買っていく。甘い物は別腹とは言うが、夕食を済ませた後なのに、そこまで食べられるのはまったく感心するしかない。
そうして露店をハシゴしていると、ある露店がレインの目に留まった。どうやら魔導具を売っている店らしかった。魔導具とは魔法の力が込められた、あるいは魔力によって機能する装飾品や道具のことだ。以前、ロキからもらった灯火石の首飾りも、魔導具のひとつである。
レインの故郷でもこういう露店は確かに見かけたことがある。だが、大半は魔法の力が込められたと銘打たれただけの、偽物の魔導具が並んでいるだけだった。運勢が良くなるとか、持っているだけで健康になれるとか、何も知らない一般人が騙されて買っていく。
だがこの露店は違うらしい。さすがは魔法の国だ。身に着けて指を鳴らすと炎が出せる〈着火の指輪〉、魔力を通すと防御魔法が起動する〈守りの首飾り〉、後ろが視える〈無死角の眼鏡〉などなど。生活や冒険が少し便利になりそうな、ある程度実用性のある本物の魔導具が揃っている。
こういう店なら見る価値はありそうだ。店主はレインと同年代くらいの女の子で、もしかしたら1つくらい年下かもしれない。丸眼鏡をかけた、どことなく内気そうな子だった。とはいえ客商売はできるらしく、レインを見ると「いらっしゃいませ」と朗らかな声と笑顔で迎えてくれた。
「お客さん、冒険者ですか? 武器はないですけど良い物が揃ってますよ~」
「そうですね。この国では魔導具が露店でも売っているんですね」
「まぁ、ここは魔法の国ですからね。よその国と違って、たとえ露店でも偽物の方が珍しいか……も……」
丸眼鏡の女の子は口をぱくぱくとさせて後からやってきたカイルを見た。カイルの方もびっくりしたらしく、反射的に後退っている。
「や……やぁ。ロージー、久しぶりだね……まさか露店で魔導具を売っているとは……」
「か、カイル。久しぶりだね……! 街に来たなら工房まで寄ってくれたらいいのに……!」
「あ、いや……その。すまない。今日、メルカに着いたばかりなんだ。顔を見せるつもりではあったよ。うん」
この露天商の女の子、ロージーとカイルは知り合いらしかった。だがカイルの知り合いの女性にしては、カイルに対して怒っていたり、もしくは彼女であるかのような振る舞いを見せない。まるで普通の友達のような接し方だ。
さらにカイルの様子が、更におかしい。どんなに女性に嫌われていても平然と口説き文句を紡ぐこの男が、どうしたことか女性に免疫のない初心な男性かのようにぎこちない反応をしているのだ。カイルとの付き合いはまだ短いが、何か事情があるのは容易に察することができる。
「それにしても、どうして露天商なんか? 工房の仕事は朝早いだろうに。大変だろう?」
「まぁ、その。副業ってところ。自分で作った魔導具も売れるから……最近はじめてみたの」
「なるほどね。ああ、紹介が遅れた。こっちの彼はレイン。この子はリザ。僕の新しい仲間だよ。と、言っても僕はリーダーじゃないけど」
カイルの紹介でレインとリザは軽く頭を下げて挨拶をした。
「レインです。しがない冒険者です。よろしくお願いします」
「おいらはリザっす! よろしくっす!」
「私はロージーです。普段は魔導具職人をしてます。と言っても、まだ『見習い』が取れたばかりなんですけどね。えへへ」
ロージーはそう言ってレインたちに一礼した。




