59話 一角獣の霊薬(3)
「なんだ。レイン、君もなんだかんだいってノリがいいじゃないか」
「いや……さっきのはちょっとしたはずみのようなものであって……ノリがいいわけじゃないよ」
「いいよ。いいよ。まるでお姫様みたいだ。これならユニコーンにも通用するだろう。さぁ行こう!」
羽織っていた深緑のマントを翻し、意気揚々と森へと向かうカイル。自分は何もしていないのに、あの絶大なまでの自信はどこから来ているのか。レインには不思議で仕方ない。三人はまた森の中の湖のほとりまで行き、今度はレインがユニコーンを待ち構えることになった。離れた場所でそれを見守るリザは、カイルにふと言った。
「兄貴、美人っすねぇ。フランの姉さんにも負けてないっすよ」
「ふむ。そのフランというのは君たちの知り合いかい?」
「ローザンディア王国の姫騎士っすよ。色々あって一緒に戦ったりしたっす」
「ほう。そういえば聞いたことがある。とても美しい姫様のようだね。縁があれば一度会ってみたいものだな」
そのとき、茂みを掻き分ける音が聞こえて二人は慌てて喋るのを止めた。リザの鋭敏な耳が足音も僅かに捉えた。これは二足歩行をする者の音ではない。四足の蹄が地面を踏む音だ。
ユニコーンである。槍のように長い一本角を額に生やした、白い毛並みの馬だ。一歩一歩、確かな足取りで茂みの中から現れて、女装したレインに近づいていく。カイルは自身の作戦が上手くいったことがよほど嬉しかったのか、小さくガッツポーズをした。
レインは心臓が早鐘を打つの感じていた。女装がバレやしないかと緊張しているのだ。さしものレインでもこんな体験は生まれてはじめてである。ユニコーンが手の届く距離まで近づいたら、召喚魔法で武器を呼び出して角を叩き折る。薬の材料になる角が欲しいだけなので、倒す必要はないがいざとなればカイルとリザも援護に入ってくれる予定だ。
近づいてくるユニコーンがふと足を止めてレインの顔をじっと見る。さすがにバレたのかと疑ったが、目が合うと、ユニコーンは目を奪われてしまったように動かない。これはいけるか。とはいえまだ剣や槍が届く距離ではない。
レインはぽんぽんと膝を叩いて、こっちへ来るように促した。ユニコーンは躊躇いがちに一歩進んだかと思うと、首を少し振って軽やかに近づき、座り込んでその頭をレインの膝に預けた。近づきすぎてかえってやりにくいが、作戦成功だ。
剣を召喚して角を叩き切ろうとした瞬間、ユニコーンが飛び起きてレインを睨みつける。その表情は険しいように思えた。怒りの形相だ。高い鳴き声を上げると、額の角をレインに向けて突っ込んでくる。
「っ……しまった、女装がばれたかっ」
座ったままの姿勢だったので、レインは上体を逸らして紙一重で角を避けると、そのまま後ろに一回転して足で着地。立ち上がり、剣を構えつつ体勢を整える。ユニコーンの形相は怒りのままだ。レインが死ぬ以外のことで、その怒りが収まることは決してないだろう。ユニコーンは乙女を好むが、それが偽物だと知ったときは激しく怒り、その者を殺すという。この状況はまさにそれだ。
ユニコーンが激しくいななく。再び角を向けて突進を繰り出す。対してレインは側面に素早く回り込んで、角を剣で斬るつもりだ。タイミングを合わせて横に逃げた瞬間、ユニコーンは頭だけ向きを変えて強引に攻撃してきた。鋭い角の先端がレインを襲う。
咄嗟に剣の平らな面で角を受け流すと、ユニコーンが横をすり抜けて背後に走り去っていく。レインもまた反転して背後を向くと、ユニコーンは急停止してその角の先端をまたもやレインへと向ける格好となった。
今の一連のやりとり、危なかった。下手をすると剣が折れていたかもしれない。レインが今使っている剣はアキュートソードと呼ばれている剣だ。切れ味はとても良いが非常に脆い。刃毀れしやすく、折れやすい。攻撃を受けたり、力任せに叩きつけるといった使い方は向いていない剣だ。
さっきはつい剣で防御したが、剣に損傷がないのは奇跡と言ってもよかった。硬いユニコーンの角を斬るにはこの剣が適しているとはいえ、無茶な扱いはするべきではない。アキュートソードは壊れやすいくせに高いので、レインも一本しか持っていないのだ。
レインはすかさず距離を詰めようとしたが、ユニコーンが前足を持ち上げていななく。すると頭上に魔法陣が浮かび、レインめがけて光線が飛ぶ。光魔法の初歩とされる、ライトシュトロームだ。太陽光を収束して光線を放つ魔法であり、威力は太陽光の収束率に依存するが、基本的に人体を簡単に破壊する威力が出せる。
たたらを踏みながらどうにか横っ飛びで光線を躱す。まさか魔法まで使ってくるとは思わなかった。ユニコーンはその場に留まったまま、第二射をレインに放つ。だがその光線が届くことはなかった。レインの頭上に光の障壁が発生し、光線を防いでくれたからだ。
「レイン、そのまま突っ込みたまえ。僕たちで援護する」
カイルの防御魔法だ。リザも短弓を構えて援護射撃に入ってくれた。ライトシュトロームの光線が連続で放たれるが、すべてカイルの防御魔法に防がれていく。また、リザの矢も命中精度は悪いが突撃の良い援護になってくれた。ユニコーンはこれで迂闊に攻撃できない。
「カイル、リザ、ありがとう!」
レインはユニコーンに肉薄して跳躍すると、アキュートソードを真上から振り下ろし、その角を根元から斬り落とした。地面に着地したレインが剣の召喚を解除してその立派な角を掴み取ると、ユニコーンは怯えたような様子で逃げ去っていった。
「よくやった、レイン。しかし、ユニコーンは魔法も使えるんだな。僕も知らなかったよ」
「そうだね。師匠のマントがあれば防げたかもしれないけど、今は服装が服装だからね……」
「いやいや。その服も悪くなかったよ。お淑やかな見た目なのに派手に戦うギャップがいい」
「何の話なんだ……俺はもう二度とこんなことしないからね」
角をミレーユのところまで持ち帰るとただちに薬が作られた。他の材料は揃っていたおかげだ。薬の名は一角獣の霊薬。カイルがちゃんと治るか心配なのでしばらく滞在したい、と言ったので、ミレーユの祖母の体調が改善するまでは宿代を渡して厄介になった。
さいわいにしてミレーユの祖母の体調はどんどん良くなっていった。最初は寝たきりで、食事をするのも辛いのかスープしか飲めなかったそうだが、今は部屋を歩けるようになるまで回復し、食事もしっかり食べられるまでになった。ユニコーンの角の効能は凄まじいものがあるな、とレインは思うのだった。
◆
全員が寝静まった頃、ミレーユの祖母、ベルティーユの部屋の扉を開ける者がいた。カイルである。手には葡萄酒のボトルと、グラスを二つ持っている。カイルが部屋の中に入ると、物音でベルティーユが起き上がった。カイルは片目を瞑ってウィンクをして、机の上にそれらを置いていく。
「夜遅くにすまないね、ベルティーユ。僕たちは明日、この街を出ていく。君に会いに来たのに、ろくな話もせずに帰るのは寂しいだろう? だからお邪魔させてもらった」
「そうだったの。構わないよ。今はカイルと名乗っているんだっけねぇ」
「まぁね。しばらくはこの名前でいるつもりだから覚えておいてくれ。本名は色々と面倒事が増える」
「そうそう。薬のこと、ありがとうねぇ。ユニコーンの角を取ってくるなんて相変わらず型破りねぇ」
ベルティーユは相変わらず落ち着いた、ゆっくりした喋り方だ。カイルの知る限り昔からそうだ。おっとりしていて、何をしてもどんくさいのに、治癒師としての能力だけは非常に優秀だった。ベルティーユの顔を見て随分老けたな、と思ったが、顔に刻まれた幾つもの皺すらも愛嬌になっているかのようで、これはこれで悪くない。
「大したことじゃないさ。今は仲間がいるからね。それに君とあの森でユニコーンを見たことを覚えていたからな。そう難しい話じゃなかった」
「そんなこともあったねぇ……誰も信じてくれなかったけど……あの子たち、良い子そうだねぇ。レインちゃんとリザちゃん」
「ああ。なにせレインはあのハイトの弟子だ。順調に経験を積めば……そのうちなるかもしれないな。勇者に」
ボトルのコルクを開けて、グラスの中に葡萄酒が注がれていく。グラスの片方をベルティーユに渡して、カイルは乾杯の仕草をした。
「お互いの健康に乾杯……ってところかしらねぇ」
「はは。まったくそうだ。せいぜい長生きしたまえよ、僕もまだ死ぬ気はないからね」
モルゼーの街の夜は更けていく。カイルとベルティーユは久しぶりの会話を楽しみ、お互いのことを語り合った。
朝を迎えると、レイン、リザ、カイルの三人は魔法都市オーデルヴァンを目指して再び出発した。




