58話 一角獣の霊薬(2)
「ミレーユ、君の治癒魔法でも駄目なのかい。他に治す方法は?」
治癒魔法は外傷だけでなく病気にも効く大変便利な魔法だ。しかし外傷を治す方が得意であるのはあまり知られていない。ポーションが外傷しか治せないのは冒険者なら誰もが知る知識であるものの、治癒魔法も歴史的には外傷を治すために進化してきたのだ。だから病気には効かないことがままある。
「治癒魔法は駄目なので……薬を作るしかありません。でも材料が集まらなくて……」
「何が集まらないんだい?」
「……一角獣の粉末です。商人に頼んでも中々調達できないんです」
「なるほどな。貴重な材料だ。手に入らないのも無理はないか」
一角獣の粉末。聞いたことがある。確かユニコーンの角を粉末状にしたものだ。ユニコーンが頭に備えている角は古くから傷や病を癒やし、汚れた水を清らかにする効果があるため貴重な材料として用いられてきた。このユニコーンという魔物、獰猛とされているが、魔物にしては珍しく人間の前にあまり姿を現わさず、戦う機会のほとんどない魔物なのである。だからこそ入手が難しく、貴重とされている。
「なら僕がなんとかしてみよう。ミレーユ、確か街の近くの森にはユニコーンがいるはずだね?」
「カイルさん……本気ですか? 確かにそんな話を聞いたことはありますが、姿を見た人なんてほとんど……」
「でもやってみる価値はあると思わないかい? 僕は冒険者だ。倒して手に入るならそちらの方が手っ取り早い」
どうやらカイルはやる気のようだ。そうとなればレインも黙っているわけにはいかなかった。
食事をご馳走になったぶんの働きくらい見せなくてはならないだろう。
「カイル、俺たちも協力するよ。リザは五感が鋭いから魔物探しにも役に立てると思う。いいよね、リザ?」
「もちろんっす。兄貴がやる気ならおいらもやる気になるっすよ」
「そういうことだ、ミレーユ。大船に乗ったつもりで任せておきたまえ」
ユニコーン探しは次の日から始まった。モルゼーの街近郊には森が広がっていて、この森にはユニコーンがいると昔から証言が残されている。森は人の手がほとんど入っておらず、ユニコーン以外の魔物も生息している。多いのはコボルドで街の近くに現れては冒険者に退治されている。
「カイルの兄さん、ユニコーンがいるって……情報だけなんすよね? もしいなかったらどうするんすか?」
「リザは半信半疑のようだね。安心したまえ。僕は昔に森でユニコーンを見たことがある。いるのは本当だよ」
「はぁ。そうなんすか。それっていつの話っすか? この森はまぁまぁ広いっす。今回も見つかるといいんすけどね……」
「……いつだったかな。もう忘れてしまいそうになるくらい遠い昔の話なのは確かだよ」
カイルは時々、意味深長なことを言う。とにかく、レインたちは昔にカイルがユニコーンを見たというところまで行ってみた。そこは森の中の開けた場所。小さな湖のほとりだった。陽光が射し、小鳥のさえずりが聴こえてくる。穏やかで居心地が良さそうだ。
「懐かしいな。昔と変わっていないよ、綺麗なままだ……」
「うーん。でもユニコーンは見当たらないっすねぇ……あっ!」
リザは何かを見つけたらしく、地面に顔を近づけながらレインたちに言った。
「蹄の跡があるっす! もしかしたらユニコーンが来てたのかもしれないっすね……!」
「だから言ったじゃないか。ここでユニコーンを見たって。ところで追跡はできそうかい?」
「うーん。残念だけど途切れちゃってるっすねぇ。どこに行ったのかまでは追えなさそうっす」
「じゃあカイル、リザ。一度この辺りを中心に探してみよう。もしかしたら何か痕跡が見つかるかもしれない」
と、レインは言って、手分けをして探してみたが、それらしい痕跡は一切見つからなかった。朝に森の中に入って、昼過ぎを迎える頃まで探し続けたが成果はまったくなかったのである。
「……駄目だな。これは僕たちも作戦を考える必要があるかもしれない」
「作戦か……確かに必要かもしれないね。三人だけじゃあこの森をすべて調べるのは無理だから」
「具体的にはどういう作戦にするっすか? カイルの兄さん、何か思いついてるんすよね?」
「まぁ、ね。一度ミレーユの家まで戻ろう。僕に考えがある」
そういうことで一度ミレーユの家に戻ると、カイルが作戦の概要をレインとリザに話した。ユニコーンは獰猛な魔物だが、一様に人間の乙女を好んでいる。美しい乙女を見つけるとたちまち大人しくなって乙女の膝の上で眠ってしまうのだそうだ。
カイルの考えた作戦はシンプルで、乙女の膝の上で眠った瞬間に捕まえよう、というものだ。問題は美しい乙女をどう用意するかだが、そこはもう消去法でリザが美しい乙女役をやるしかない、という話になった。
「というわけだ。リザ。今から君にはおめかしをしてもらうよ。ミレーユが手伝ってくれるし、服も貸してくれるそうだ」
「えええええええ。いやいやいや。おいらじゃ無理っすよ! 顔がまず……そんなに可愛くないっす……」
「いや可愛らしいよ。猫みたいだ。レインもそう思うだろう?」
「そういう可愛らしさじゃなくてぇ! 女の子っぽいって話っすよ!」
「まぁものは試しだ。ミレーユ。後は任せるよ」
そうしてミレーユの手によってリザは女の子らしい装いに変わった。まだ子どもなので化粧はあまりしてないが、服がいつもの格好からフリルのついたワンピースに。性別を考慮してない立ち振る舞いもミレーユの指導によって随分と女の子らしくなった。
「わ……笑わないでくださいっすよ……兄貴……」
口調は一切変わってなかったが、見違えるようだ。
「うーん……まぁ今までよりは乙女っぽくなったか……よし。もう一度ユニコーンを探しに行こう」
カイルはさらっと失礼なことを言いながら、再び森の中にある小さな湖のほとりまで移動した。この場所で乙女という名の罠を張るのである。リザはそこに座らされて待機を命じられた。レインとカイルは草むらに隠れて気配を消し、じっと捕獲のチャンスを窺うわけである。
「……来ないな、レイン」
「……今のところそれらしい気配はまったくないね」
わざわざリザに付き合ってもらったにも関わらず、待っていたのは残酷な結果だった。リザはユニコーンが好んでいるタイプの乙女ではなかったのだ。どういうタイプの乙女が好きなのかと言われたらそれはレインもカイルも分からないのだが。
「はぁー。なんだったんすか、この作戦。おいら、こんな格好する必要あったんすか? カイルの兄さん、他人を巻き込むならもうちょっと真面目に考えてほしいっす」
「失敬だね、リザ。僕はいつだって大真面目だ。それにこの作戦が失敗だったとは思わない。餌がユニコーンの好みじゃなかっただけだよ」
「じゃあ次はどうするんすか? 街中で女の子を口説いて連れてくるんすか? 付き合ってくれる人なんていないっすよ」
カイルは腕を組んだまま答えない。そして少しの間を置いてから、カッと目を見開いてレインの両肩を掴んだ。
「色々考えてみたが、この方法しかない。レイン、君が乙女になるんだよ!」
「はいぃ?」
こいつ正気か、とレインは内心で思った。だがカイルが言うには、レインはどちらかというと女顔だし、体格も華奢な方だ。素材は悪くない。髪形さえウィッグか何かで誤魔化せばいけるはずだ。女性に関して百戦錬磨の僕が言うのだから間違いない、と妙に熱のこもった説得をされてしまった。
服を貸すミレーユも、なぜか乗り気だった。体格が華奢と言ってもやはり男なので、なるべく露出の少ないゆったりした服を貸してもらった。そしてウィッグを被り、化粧を施せばそこには儚げで可憐な乙女がいたのである。レインは鏡を見て驚愕した。
「これが……私……!?」
あまりに女性らしくなっていたので、レインは思わず一人称を変えてしまった。
声が男だったのですぐ正気に戻ったのは言うまでもない。




