52話 謎の魔法使い(1)
陸地がだんだんと遠のいていく。空は爽やかな気分になるほどの快晴で、吹きつける風も心地いい。レインたちの目的地、シャルム公国はローザンディア王国の南西に位置する隣国である。
この国へ行くには陸路と海路、二通りの方法がある。陸路は金がかからないが、道が険しい上に整備されておらず、魔物も多く現れ、時間がかかる。対して海路は短時間で着くし、魔物が現れることも滅多にない。問題点は金がかかることぐらいだ。
レインたちは今、金銭的に余裕があるので、海路でシャルム公国に行くことを選んだ。リザは船にあまり乗ったことがないらしく、甲板の縁から楽しそうに海を眺めていた。鳥が飛んでいるのを見つけると「カモメっす!」と言った。
「リザはシャルム公国に行くのははじめてなの?」
「そうっすね。でも隣の国なんで話は色々と聞いたことがあるっす。シャルム公国は魔法の国って言われてるんすよ」
「魔法の国か……冒険者も魔法使いが多いのかな」
「たぶんこっちよりは多いと思うっす。魔法の教育に力を入れてるらしくて、国民の八割が何かしらの魔法を使えるそうっす」
それはすごい、とレインは感嘆を漏らした。レインのいた国では魔法の習得は先天的な素養が重要視されており、魔法の教育は貴族、ないし生まれつき飛び抜けた才能をもつ平民だけ学ぶことができる。だから魔法は一部の人間の特権に近いものだった。
レインが召喚魔法しか使えないのも、ハイトから教わりはしたものの、魔法の専門的な教育を受けていないからだ。もっともレイン自身、魔法の才能があるとは思っていない。魔法を学ぶという点においてはレインの国よりシャルム公国の方が優れている。
「リザ。ずっと考えていたんだけど、新しい仲間が欲しいと思っていたんだ。特に魔法使いが欲しい。シャルム公国なら腕の良い魔法使いが見つかるかもしれない」
「意外っすね。兄貴は仲間を増やしたがっていないとばかり思ってたっす。おいらが仲間になるときだって最初は断られたのに……」
「そうだね。最初はそうだった。一人で全部なんとかするつもりだったから……でもリザやフランたちと会って、経験して、少し考えが変わった」
アシェルは世界を滅ぼすつもりでいる。そしてどれほどの規模かは不明だが、そのための準備もしている。レイン個人の力だけではアシェルを止めるのは不可能だ。多くの仲間が、味方が必要だ。それにリザやフランたちと出会って感じた。仲間というのはいいものだ。足りないところを補ってくれる。助け合うことができる。
だから何をするにせよ、ちゃんとパーティーを組んだ方がいい、というのが今のレインの考えだ。それも対アシェルを考えるならとびきり腕の良い魔法使いがほしい。なぜならアシェルがまさに魔法使いだからであり、魔法攻撃に対応可能な仲間は必須だ。
「ま、おいらに反対する理由はないっす。魔界へ行く方法はすぐ分からないだろうし、まずは仲間探しっすね!」
「そうだね。港町に着いたら早速探してみよう。良い人がいるかなぁ……」
シャルム公国に到着すると、レインたちはクルグスという港町で船を降りた。小ぢんまりとしているが、明るくて良い雰囲気だ。取り急ぎ宿を確保すると、宿屋の店主に聞いて冒険者の集まる酒場を教えてもらった。
夜を迎えるとリザと二人で酒場へ向かった。店に入ろうとしたところで、レインは背後から腕を掴まれてぎょっとした。両手が絡みつき、腕を組んでくる。驚きの感情が先に来てしまったせいで、振りほどくという発想がレインにはなかった。
おそるおそる誰なのか覗き見ると、腕を組んできたのは女性らしい。もちろん初対面だ。黒いローブを身に纏い、夜のような艶のある黒髪を三つ編みにしている。顔には少しだけそばかすがついているが、美人の部類だ。背は低い。女性と目が合った。女性が小声で呟く。
「お願い、知り合いのふりをして。しつこく口説かれて困ってるんだ」
少しだけ状況が見えてきた。女性の言葉から1秒も立たずに一人の男が背後から駆け寄ってくる。
「待ってくれたまえ。そんなに嫌がることないじゃないか。一緒に食事をするだけだよ、やましい気持ちは何もない」
男は身なりが良かった。上等な白いシャツの上からこれまた高級そうな深緑のマントを羽織っている。端正な顔立ちで、若いのに白髪なのが少し気になった。男はたぶん冒険者だ。それも魔法使いだろう。事情もよく知らないのに首を突っ込むのは良くない気もするが、女性が嫌がっているなら知り合いのふりをするぐらい構わないと思って付き合うことにした。
「ごめんなさい。ハンサムな魔法使いさん。私、付き合ってる人がいるの。行きましょライアン?」
「すみません……セシリーは僕の彼女なんです……」
こんな経験したことがないので、ちゃんと演技できているのか不安でしかないが、ともかくそう言ってレインは知らない女性とリザを連れて逃げるように酒場へと入った。ちらりと振り返ると、男はレインを怪訝な顔で見つめていた。
「はぁー。助かった。ありがとうね。でもセシリーだなんて、即興の偽名にしては忌々しいにもほどがあるわ」
「お気に障ったのならすみません……知り合いにライアンという冒険者がいて、その人の彼女がセシリーだからつい……」
「うそ。凄い偶然。私の昔の仲間もライアンとセシリーって名前だった。私はソワレ。貴方も冒険者なんでしょう?」
ソワレ。どこかで聞いたことのある名だ。数秒の間を置いてレインは思い出した。確か、ライアンに告白してフラれた女性魔法使いの名前がそうではなかったか。この女性がまさにそうであるかは分からないが、気になる。でも告白が云々などと聞いては失礼極まるので、レインは細心の注意を払って尋ねた。
「俺はレインと言います。その……ライアンとセシリーという人はローザンディア王国の冒険者じゃありませんか? バーディック石柱迷宮を攻略してたりしませんでしたか」
「うそっ。当たってる。貴方、あの二人のこと知ってるの! すごい偶然だね。二人は元気? もしかしてあの二人、今は付き合ってるの?」
「ああ……ええ。俺たちが一緒だった時は順調と言っていましたけれど」
「はぁ~……そっかぁ。私って嫌なやつだなぁ。破局してればいいのにってつい思っちゃった……」
「……せっかく酒場に入ったんですし、何か飲みますか?」
「ごめんなさい。私お酒飲めないの。でもそうね、折角だし食事に付き合ってくれると嬉しいわ」
共通の知り合いがいたという偶然が、レインとソワレの距離を急速に縮めた。ソワレは元々この国の出身であり、魔法使いが少ないから重宝されると聞いてローザンディア王国で冒険者稼業をやっていた。ところが告白してフラれたため、ライアンと顔を合わせるのが気まずくなって拠点を故郷に戻したというわけである。
ソワレの話を一通り聞くと、レインも自分たちの旅の目的を話した。ソワレは馬鹿にして笑ったりするでもなく興味深そうに話を聞いてくれた。
「へぇ~。レイン、貴方とんでもない冒険をしてるんだね。師匠を殺した兄弟子を探して魔界まで行くなんて。普通そこまでしないよ」
「まぁ、それもこれも協力してくれたライアンさんとセシリーさんのおかげです。今は仲間を探しながら、もう一度魔界に行く方法を探してる途中なんです。迷宮の転移魔法陣は壊れてしまって」
「どういう仲間を探してるの?」
「今は魔法使いです。この国なら腕の良い人が見つかるかなと思って……」
「へぇ。私も魔法使いだから、魔法には自信あるよ。この国の魔法学院も卒業してるし。そこらの奴より腕は良い方だと思うけど?」
向かいの席に座るソワレはテーブルに手を置いて、ぐっとレインに顔を近づけた。
「私を仲間にしてみない? ライアンとセシリーにも負けないくらい役に立つと思うよ?」
その表情は自信に満ちていた。冒険者は誰もが腕に自信を持っている。そういうものだ。




