53話 謎の魔法使い(2)
ソワレが自分から仲間になりたいと言ってくれたのは正直、嬉しかった。そのまま即決しそうになったレインだが、ここはよく考えなければいけない。戦う相手は元金級冒険者であり、自分よりも遥かに強い兄弟子であり、人ならざる魔族になった男だ。ライアンとセシリーの仲間だったなら、もうそれだけで一定の実力はあるだろうが、ここは慎重になるべきだろう。
敵は強大で、腕のある冒険者でも易々と死んでしまいかねない相手なのだ。軽い気持ちで決めてしまうのは駄目だ。ソワレに相応の覚悟と実力があるのか、一応確かめる必要があるだろう。
「そうですね……ソワレさんの気持ちは嬉しいですが、とても危険な旅になります。それでもいいんですか?」
「冒険者なら危険のひとつやふたつ、踏み越えて行くものだよ。私は貴方が気に入った。仲間になるなら、そういう人とがいい」
「……分かりました。じゃあお互いを知るためにも一度、三人で依頼を受けるか、迷宮探索をしてみるのはどうですか?」
「いいよ。レインがそうしたいのなら。実力を知りたいんだよね。まぁ私もまだ銅級だし、試される側なのは仕方ないね。ちなみにレインは何級なの?」
「俺は……一応銀級です」
「わぁ。すごいね。レインってまだ若いでしょ? それなのにもう銀級なんだ」
失礼を承知で試すようなことを言ってみたが、悪い気はしていないようだ。レインは少しだけ安心を覚えた。ここでひとつ問題があるのは、依頼はともかくこの国の迷宮について何も知らないということである。さすがにリザも他国の迷宮のことなど詳しくないだろう。
「お客様、失礼します。葡萄酒をお持ちいたしました」
出し抜けに酒場のマスターが葡萄酒の入ったボトルをレインたちのテーブルに置いた。グラスがレイン、リザ、ソワレの前に並ぶ。レインに葡萄酒を注文した覚えはなかった。なぜならこのテーブルに座っている全員、酒が飲めなかったからである。
「すみません、俺たちは酒を注文してませんが……」
「あちらのお客様からです」
マスターの視線の先にいたのは、先ほどソワレを口説こうとしていた男の冒険者だ。いつの間にかカウンター席に座り、グラスに注がれた葡萄酒を飲んでいる。男はレインたちを見て、パチンとウィンクする。一体何がしたいのだろうか。男は席から立ち上がるとテーブルの空いている席、つまりソワレの隣に座り、グラスを持ったまま優雅に手を広げた。
「まぁ一杯飲みたまえ。僕の奢りだ。この店で一番美味い葡萄酒さ。飲んで確かめたから間違いないよ」
「ああ、その……お気持ちは嬉しいんですが、俺たち酒が飲めなくて……」
男はそれを聞いて椅子からずっこけそうになっていたが、それでもグラスに入った葡萄酒は零さなかった。器用なものである。
「全員、酒が飲めないのに酒場に入ったのかい? 君たちもおかしな人だな……」
「なんでもいいけど早く消え失せてくれる? 愛しのライアンと楽しく食事を楽しんでたんだけど? ハンサムな魔法使いさん」
「そう邪険に扱わないでくれたまえ。彼の名前はライアンじゃなくてレインなんだろう? 話は全部聞こえていたよ」
酒場に集まる冒険者たちの喧騒の中で、カウンター席から聞き耳を立てるとはなかなか優れた聴力だとレインは感心した。
「実を言うと聞きたいことがあるんだ。レイン。君の着ているマント、とても良いものだね。どこで手に入れたんだい?」
「このマントですか。これは亡くなった師匠の形見ですが……それが何か……?」
男は一瞬だけ悲し気な顔をして「そうか」と呟き、葡萄酒の入ったグラスをテーブルに置いた。
「申し遅れた。僕の名前はカイル。銅級冒険者だ。腕の良い魔法使いを探しているなら、うってつけの奴がいる。この僕だ」
「は……? 何言ってるの貴方。どこまで私につきまとう気なの? いい加減にしないと衛兵を呼ぶよ」
「静かにしてくれたまえ。今、口説いているのは君じゃない。僕は彼と話しているんだ」
「……はぁ? はぁぁぁぁ!?」
ソワレは怒り心頭と言わんばかりに声を荒げ、今にもカイルに飛びかかりそうな勢いで睨みつけた。軽薄そうな男だが、自分を売り込むカイルの眼差しは真剣そのものだ。レインにはいささか理解ができない。なぜまったくの他人である彼が、自分から仲間になりたいなどと言いだすのか。
謎だ。ソワレを口説くのが目的でないなら、何が目的なのか。レインにはそれが読めなかった。カイルの思惑を読めないながらも、かといって冷徹に追い返したりはしなかった。理由はどうあれ本当に実力者なら歓迎すべきだと思うし、ちょうど実力を確かめるためにどうするか考えていたところなのだ。
「……じゃあカイルさんも一緒に……何か依頼を受けるか、もしくは迷宮に潜りましょうか。これは単にお二人の実力が知りたいだけじゃなく、俺たちと連携が上手くできるか、相性が良いかを確かめるためでもあります。問題がなければそのまま仲間になるということで」
「あのー……兄貴、いいっすか? どっちも問題なかったら二人とも仲間にするんすか?」
「……まぁ、そうなるかな。別にいいと思うけど……パーティーの構成や人数に制限はないわけだからね」
「それはそうっすけど……前衛一人、後衛二人、非戦闘員一人って、ちょっとバランス悪いっすねぇ」
「私は優秀な仲間を一人選ぶって方法でもいいよ。こんなナンパ男、蹴り落としてやるんだから」
ソワレは自信たっぷりに言った。明確な挑発だが、カイルは無視してテーブルに置いた葡萄酒を飲んだ。
「……それより問題はどこでテストするかですね……まだこの国のことをよく知らなくて……となると依頼を受ける方がいいかな……」
「それなら僕がいい迷宮を知ってる。全部で20階層だけど、腕試しにはちょうどいい場所があるんだ」
それは良い提案だ。レインがさっそくその迷宮について聞くと、エテメアの塔という迷宮らしい。迷宮というものは基本的に地下深くへと潜っていくものだが、この迷宮は塔と呼ばれる通りに上へと登っていくタイプの珍しい迷宮である。
頂上に着くとボスである竜が待っているので、腕試しにはちょうどいいだろう、とカイルは言った。竜は強力な魔物だ。もっとも弱い飛竜のワイバーンや地竜のワームでさえ、一般的な銅級冒険者では歯が立たないと言われている。
にも関わらずカイルはもちろんソワレも竜が相手、と聞いてまったく物怖じしていない。それだけ自信があるということだろう。二人とも銅級だそうだが、冒険者の等級は結局ひとつの目安に過ぎない。本当の実力を測りたいなら一緒に戦うのが一番だというのがレインの考えだ。
「では、明日は迷宮探索の準備をして、明後日にエテメアの塔に出発しましょう。それで問題ないですか?」
「もちろん。私は異論なしだよ」
「僕も特に問題ない。それでいこう」
なんだか奇妙なことになってしまったが、ともかくこれで話は纏まった。レインたちは一度解散し、それぞれの宿泊している宿へと帰った。エテメアの塔は港町クルグスからほど近い場所にあり、一日あれば余裕で着くことができた。移動時間的にもちょうどよい迷宮だ。
カイルの解説によると、エテメアの塔は古代の魔法使いたちが神の領域へ行くために建設したものなのだと言う。だがその行為が神の怒りに触れ、塔は壊されてしまった。残された未完成の塔は地下の魔力の溜まり場が作用して迷宮と化してしまったのだそうだ。
エテメアの塔は巨大だった。20階層しかないとのことだったが、そのぶん1階層がとんでもない広さをしている。大きな街がすっぽり入るほどの面積はあるだろう。さいわい、この迷宮は攻略済み迷宮。港町クルグスで探したら正確な地図が売られていた。迷う心配はなさそうだ。
どんな魔物が待ち受けているのか。楽しみだ。もちろん遊びに来たわけではない。だが迷宮探索となると、自然と気持ちが高揚するのをレインは抑えられなかった。




