51話 王立図書館(8)
召喚変身を解除して元の姿に戻ると、ちょうど良いタイミングでエウレカが走り寄ってきた。目に涙を浮かべて、レインに抱き着く。
「やった……やりました。本当にやったんですね、私たち……!」
「あ……ええ。そうですね。途中ヒヤヒヤもしましたけど、作戦成功です」
「まだ信じられません。これもレインさんが考えた作戦のおかげですね……!」
そこまで話したところで、エウレカはちょっと顔を赤くしてレインからすすっと半歩離れた。
「す、すみません……感極まってしまって……つい勢いで」
お互いに照れてしまい、微妙な空気が漂っていたところで、それを破り捨てるかのようにフランとクルツが合流した。クルツは太腿と腹を負傷しているようで、フランの肩を借りていた。その箇所だけ鎧が壊れている。ポーションを飲んだのか見た目は傷がないように見えるが、完璧に治っているわけではないだろう。触りでもしたら激痛に襲われるはずだ。
「やりましたわね、レイン。作戦が成功したみたいでなによりです。こっちも魔物は倒せました」
「フランローズ様。クルツ様が負傷されていらっしゃるようですが、大丈夫ですか?」
「お気遣い感謝します。ですが私も騎士の端くれです。これぐらいの負傷で泣きごとを言うわけには……」
「クルツ、やせ我慢はしなくてもいいですわ」
フランがクルツの腹をつんつんすると、クルツは悲痛な声を発する。
「あいったたたたた……姫様、それは反則です……!」
「それはともかく。レイン、これからどうしますか? 〈封印のグリモワール〉も無事に無力化できましたし……地上に戻りますか?」
「……そうだね。マグヌスの書を探すのは時間がかかりそうだ。クルツさんも怪我をしているし一度戻ろう」
〈封印のグリモワール〉にかけた拘束魔法は何もしなくても丸一週間は解除されない、強力な魔法だ。このままマグヌスの書を探しても問題ないかもしれないが、エウレカの同僚であり友人でもあるライラをはじめとする、封印されてしまった司書たちが何人もいる。その人たちのことも気がかりではあったので、レインたちはいったん迷宮書庫を出て地上の図書館に帰還した。
「よく無事に戻ってきましたね、エウレカ2級魔導司書。貴女に話したいことがたくさんあります」
館長のドロレス含めて、数人の魔導司書が待ち伏せをするかのごとく図書館で待機していたようだ。ドロレスは今にも説教を飛ばしそうな怒りを滲ませていたが、エウレカが両手で胸に抱えている魔導書を見て、声色を変えた。
「…………それは。もしかして〈封印のグリモワール〉……?」
「……そうです、館長。レイン様のおかげで拘束に成功したんです。これでライラやみんなを助けることができます」
「まさか……そんなことが……」
「ドロレス館長、強引な手段で書庫に入ってしまって申し訳ありませんでした。でも……私はどうしてもライラたちを助けたくて……」
「それは分かっています。無茶も実現されてしまっては何も言えないわね……ただし、今後こういうことは慎むように」
「……はい。ありがとうございます、ドロレス館長」
エウレカに何か罰のようなものが下るのではないかと危惧したレインだったが、杞憂のようだ。ドロレスはレインたちに頭を下げた。
「レインと言いましたね。それに第四王女のフランローズ様まで。エウレカ2級魔導司書を助けてくださったこと、心より感謝します。それにしてもなぜ迷宮書庫の中に? 何か読みたい本でもあったのかしら?」
「俺たちはマグヌスの書を探しているんです。話すと長くなるのですが、魔界に行く方法が知りたくて……」
「そうでしたか。魔界に行く方法は知りませんが、探している本があるのなら後で協力しましょう。それぐらいしかお礼の方法が思いつかないわ」
「ありがとうございます……! それで十分です」
封印された司書たちの解放は驚くほどあっさりとしていた。ドロレスが杖を持って〈封印のグリモワール〉に解呪魔法を発動すると、ひとりでにパラパラとページが捲れて、次々と光が飛び出していく。光が図書館の床に着弾したかと思うと、そこには魔導司書たちの姿があった。友人だというライラを見たエウレカは泣きながら抱き着いていた。
その日は一度解散となり、レインはクルツを背負ってフランと一緒に城に戻った。クルツは怪我が悪そうなので治癒師にも見せて、治癒魔法で治してもらったが、二、三日は安静にしておくように言い渡された。なので次の日、レインはフランと二人だけでまた王立図書館に行き、今度はエウレカと館長のドロレス、他に三名の魔導司書と一緒に迷宮書庫へと入った。
人海戦術だ。膨大な歴史書の中からマグヌスの書を探し、そしてようやく見つけることができた。発見者は意外なことにフランである。フランは本を開くと「あぁっ!?」と驚いた様子で叫ぶ。
「フラン、マグヌスの書に何かあった……?」
「大変ですわ。この本、虫食いにやられています!」
「えっ。大丈夫かな……重要な部分だけ読めないとかあるんじゃあ……」
「ああ……お恥ずかしながら、たまにあるんです。書庫が迷宮になってからろくに管理ができなくて……少しお借りします」
ドロレスがマグヌスの書を開くと、高速でページを捲っていく。とても読めるような速さではないと思ったが、あるページでピタリと捲るのを止めたところを見るに、読めているらしい。おそろしい速さの速読だ。
「レインさんたちが知りたい内容はこの辺りではないでしょうか。大丈夫、そのページは虫食いにはやられていません」
マグヌスの書をドロレスから受け取ったレインがそのページを読むと、こう書かれていた。
『……神話の時代、人間の世界と魔族の世界は簡単に行き来することができた。だが魔族の侵攻が始まると、魔界へ行くのは危険とされて、二つの世界を移動する方法は禁呪として封印された。それから長い月日が経ち、人々は魔界のことなどほとんど忘れ去ってしまったが、我が故郷にはその魔法が今も残されている』
「……なるほど。魔法使いマグヌスの故郷がどこか、誰かご存知ありませんか?」
「シャルム公国です。ローザンディア王国の南西に位置する隣国ですね」
エウレカが答えてくれると、レインは一縷の望みが見えた気がした。
「よし。シャルム公国に行けば、何か分かるかもしれないんだね。手がかりが見つかって安心したよ」
「でもレイン、その魔法を誰かが知っているとして、禁呪を簡単に教えてくれるでしょうか? 少し望み薄な気がしますわ」
「それでも……行ってみるしかないよ。今はそれぐらいしかやれることがないからね」
そうと決まれば話は早い。エウレカとドロレス館長に協力してくれたことを感謝し、城に戻ったレインはリザにシャルム公国へ行くことを告げた。リザは王城の快適で豪勢な暮らしにどっぷりと浸かっていたようで「ちょっと名残惜しいっすねぇ」と漏らしていた。
準備を整え、出発の日にはフランが見送りに来てくれた。執事のヘイデンやメイドも一緒だ。クルツはまだ負傷のことがあったので騎士団の宿舎で療養しており、見送りには参加していない。
「レイン。何か分かったら手紙でも構いませんから、教えてほしいですわ。一応気になる問題ですから」
「分かった。調べて分かったことは手紙に書いて送るよ。王城宛てでいいかな?」
「ええ。ま、まぁ……王都に戻ってきて直接教えてくれるのが一番嬉しいんですけれど……」
なぜか指をもじもじさせながらフランが言うので、レインは内心で首を傾げつつこう返した。
「うん。王都は気に入っているし、そのうち戻ってくるつもりだよ」
「そ、そうですか! ならまた王城にお寄りください。いつでも歓迎しますわ!」
なんだか周りがにやにやしているような気がするが、レインは周囲の反応に気づかずそのまま王城を出発してしまった。何があってもアシェルを止めてみせる。その決意を胸にして。




