44話 王立図書館(1)
デルヴォ迷宮からマルゴットの街に戻ると、報酬を渡してライアンとセシリーとは別れた。二人ともレインとの迷宮探索で少し冒険者としての自信がついた、と言っていた。レインからすれば二人は十分に優秀な冒険者だと思っていたので自信が無かったことに驚きだった。
レインとリザの次の行き先は王都である。アシェルは魔族を率いて世界を滅ぼすつもりだ。しかも魔界の大半はすでにアシェルの配下なのだという。それが真実なら到底レインだけで手に負えるものではない。下手をすれば国家規模の問題だ。
王都へ行けばフランがいる。どうにかフランと会ってこの話を伝えなくてはいけない、今のレインの考えだった。どこまで動いてくれるのか、そもそもこの話を信じてくれるのか一切分からないが、とにかく耳に入れておいた方がいいだろう。
門を潜り抜けて王都に戻ったレインは、常に奇妙な注目を浴びることになった。道行く人の多くが、なぜかレインをじっと見つめ、ひそひそと何かを話しているのだ。悪口ではないような気がするが、レインには何かうわさをされるようなことをした覚えがまったくない。
「……なんだろう。何かあったのかな。リザ、なんでだと思う?」
「さぁ……おいらにも分からないっすよ。でも、あんまり気にしすぎない方がいいっす」
「……それもそうだね。今日は宿屋を見つけて一休みしよう。王城を訪ねるのは明日でいいかな」
「了解っす」
宿屋に向かって歩いていると、幼い女の子が走ってきてレインたちの前で立ち止まった。手には花束を持っている。花束と言っても花屋で店売りしているようなものではなくて、どこかで摘んできた花を集めたような感じだ。
「勇者様、これ、あげる!」
レインは言われるがまま「ありがとう……?」と言って花束を受け取ると、女の子は母親らしき人のところまで急いで走っていった。奇妙だ。ただ奇妙だ。理由が分からず首を傾げていると、背後から誰かが近づく気配がして振り返る。
「お久しぶりですね。レイン殿。リザ殿」
姫騎士フランに仕える騎士、クルツである。思わぬ遭遇をした気分だった。王都にいるのは当然だが、こんな宿泊施設の立ち並ぶ通りにいるのはどうにも疑問が残る。本来なら騎士団の宿舎にいるか、さもなくば王城で仕事をしているはずだ。
「半年ぶりですね……クルツさん。なぜこんなところに?」
「実は衛兵にレイン殿を見つけたらすぐ知らせるように、と姫様が命を下しておりまして。早い話がレイン殿を王城に連れてこいということです。姫様が会いたい会いたいと寂しがっているんですよ」
「なるほど。それでクルツさんのところに連絡が入ったということっすね……?」
「そういうことですね。リザ殿は理解が早い」
「なるほど……ちょうど俺もフランに会いたいと思っていたところなんです。色々あって」
「おや。それは姫様も喜びます。では王城へ行きましょうか。そのまま滞在してもらうことになりますが、よろしいですか?」
並みの冒険者が宿泊する宿屋より、王城の客室の方がサービスが良いのは確かだ。レインたちとしては断る理由がない。クルツの案内で王城に入ると、顔パスで応接室まで通された。少しの間、応接室で待っているとクルツがフランを連れて戻ってくる。
「待ってましたわよ二人とも! 半年間もどこで何をしていたんですか、心配したんですのよ!」
「ずっと迷宮探索をしていたんだよ。途中からはライアンさんとセシリーさんも一緒だった」
「ええっ! ライアンさんまで! なんというか仲間外れにされた気分ですわ……!」
顔を合わせて早々、フランは以前と変わらぬテンションを見せつけながら勢いよくソファにもたれかかった。姫としてはあまりお行儀が良くない気もする。現にクルツが「姫様、はしたないですよ」と言いながら隣のソファに座る。
「それでフラン、騎士の仕事は順調?」
「ええ。最近、各地で魔物が活発なのです。原因は分かりませんけれど、とりあえず退治してこいって言われてあちこち飛び回る日々ですわ」
それは良いことだ。どうやらフランもようやく騎士らしい仕事を任されるようになったらしい。実際、フランは充実した表情をしている気がする。その話も色々と聞きたいところだが、レインは王都に戻ってきてから妙に注目を浴びているのが気になっていたので、何か知らないかフランに尋ねることにした。
「フラン、王都に戻ってきてから、俺、なんていうかその……変にうわさされているような気がするだけど、何か知らないかな? 花束までもらったり……悪い気はしないんだけれど気になって」
「ああ。だから花束を握り締めてたんですか。それはユースティム砦でのレインの活躍が広まっているのですわ」
ユースティム砦でレインは魔族と戦い、フランの助力を受けながらもほとんど単独で倒した。砦に派遣されていた騎士団が王都に帰還すると、たちどころにその活躍が広まったのだという。無理もない。もし魔族に敗北し、砦が潰されていたらリンクス山脈に押し留められていた魔物の群れが王国各地に広がり、甚大な被害が及んだことだろう。
レインはそこまで深く考えていなかったが、その功績は大きかったのだ。あの頃、レインはすぐデルヴォ迷宮へと出発したので気づかなかったが。しかしレインはどうにも腑に落ちない様子でフランに話した。
「でも、勇者だと間違えられてるよ。俺は勇者じゃない。弟子なのは確かだけどね」
「それはたぶんルブルグ兵団長の『勇者様の生き写しのようでした』という発言に少しだけ尾ひれがついたのだと思いますわ」
「少しどころじゃないよ。俺はそんなに大した冒険者じゃない……」
「別にいいじゃありませんか。私、思うんですけれどレインが『召喚の勇者』の名を継げばいいと思うのですわ」
「……その名前は俺には荷が重すぎるよ」
フランは軽々と話すが、そんなことできっこない。それがレインの本心だった。現代で正統な勇者を選ぶとしたら500年前に魔王を討った勇者の血を引く者だ。レインの師匠である勇者ハイトがまさにその一人だった。
魔王が討たれる前は各国の王がそれぞれ勝手に勇者を選び、勇者の印という首飾りを持たせて魔物退治をさせていたそうだが、そのシステムは冒険者ギルドという形で引き継がれたので、今や行われていない制度となっている。
「それはともかく、大事な話があるんだ。少し突飛かも知れないけど、聞いてくれるかな……?」
「ええ。もちろんですわ。レインの話ならいくらでも聞きましょう。時間ならたっぷりあります」
レインは語った。この半年間に何をしていたのかを。そして魔界に渡ったアシェルがこれから何をやろうとしているのかを。フランはそれを熱心に聞いてくれた。隣に座るクルツも、疑うことなくその話を信じてくれた。
「魔族を率いてこの世界を滅ぼす……恐ろしい話です。このことはすぐお父様とビスマルク団長の耳に入れておきましょう」
「ありがとう。今にして思えば、もっと情報を引き出せれば良かったんだけれど……」
「レインは十分頑張りました。でも、今のところできる対策が限られてるのも事実ですわ……たぶん、現状では衛兵の数を増やすとか、その程度のことしかできないと思います」
「姫様。思えば、最近魔物が活発なのもその兆候なのかもしれませんね」
とりあえず問題にしてくれるだけでも十分だ、と思った。なにせ具体的なことは何一つ分かっていない。アシェルの率いる魔族の侵攻がいつ始まるのか、どの程度の規模なのか、どこから攻めてくるのか。一切不明だ。それらを調べることが今後のレインの行動指針のひとつとなるだろう。
「それでレイン殿はこれからどうされるおつもりですか?」
「……そうですね。まずは魔界への行き方を調べようと思います。デルヴォ迷宮の転移魔法陣は壊れてしまったので」
とは言ったものの、手がかりが一切ないのでどう調べて良いかも分からない。それでもやるしかない。レインはもうはっきりと決めているのだ。弟弟子として兄弟子を絶対に止めてみせると。そう思っているとクルツがこんなことを言った。
「なるほど。それなら、王立図書館へ行くといいかもしれません。調べてみないと分かりませんが、きっと迷宮や魔族、魔界に関する論文や情報が少しくらいは手に入ると思います」




