45話 王立図書館(2)
メデスギア王立図書館は、ローザンディア王国の知識が集約されている場所だ。蔵書も多岐に渡り、学術書はもちろん、論文や魔導書も一通り揃っている。なによりこの図書館は王城にも劣らぬほど広大で見事な建築である。異国の人間であるレインは一歩館内に入っただけでその知的な雰囲気に呑まれそうになった。
「すごいな……こんなに本があるんじゃあ目当ての本が見つかるか心配だよ」
「その辺にいる魔導司書に聞けば手伝ってくれるっすよ。それが司書の仕事っすからね」
「魔導司書? っていうのは? 普通の司書と違うのかな」
「そこからっすか。平たく言うと、いざという時に魔導書を使って戦える司書のことっす」
「……何と戦うっていうんだ? 図書館に魔物がいるとは思えないけど……」
「それがいるんすよねぇ。この図書館には。ここの地下はでかい書庫なんすけど、そこは迷宮化してるんすよ」
レインはその話を聞いて、面白いな、と思いながら「そんな図書館があるんだ」と言った。冒険者の模範解答みたいな態度である。この王立図書館の地下はかつて普通の巨大な書庫でしかなかったが、ある日を境に迷宮化してしまったのだ。それ以来、図書館の地下はメデスギア迷宮、あるいは迷宮書庫などと呼ばれている。
「利用者のレファレンス次第で、魔導司書は地下の迷宮から本を探し出さないといけないっす。だから戦う能力を備えている必要があるんすよ」
「なるほど。よく分かったよ。ちなみにその書庫は人工的な迷宮なのかな? それとも自然発生的な迷宮?」
「自然発生した迷宮と言われてるっすね。なんでもこの図書館の地下が偶然、魔力の溜まり場になってて迷宮化したらしいっす」
「……地下の書庫には冒険者も入れたりしないのかなぁ……」
「兄貴、なんか興味が迷宮の方に移ってないっすか?」
その話はそこそこに、レインはその魔導司書を探した。これだけ蔵書が膨大だと、やはりレインたちでは探しきれない。司書の手を借りた方が手っ取り早いだろう。蔵書の貸し出しを行っている受付まで足を運ぶと、司書の一人に声をかける。相手は眼鏡をかけた理知的な女性だった。
「すみません、本を探しているのですが」
「はい。どのような本をお探しでしょうか?」
司書の女性はやさしげな声でにこりと微笑みながら問う。冷静に考えてみると、どういう本を借りればいいのかよく考えてなかった。まず思いつくのは魔界に関する本だが、魔界など存在が神話で語られる程度であり、よもやその世界に行く方法が書かれている書物など皆無であろう。
次は迷宮に関する本か。と言ってもデルヴォ迷宮は言い伝えが残されている以外はまったく謎の未踏破迷宮だった。それに関する情報を求めても手がかりが見つかる可能性は低い。それでも、今のところ思いつくのはこれぐらいしかない。
「あの……その。魔界に関する本と……迷宮に関する本を探しているんです」
「かしこまりました。ご案内しますので、こちらへどうぞ」
司書は椅子から立ち上がると、すたすたと歩いてレインたちを案内した。階段を上って3階に着くと、その一角である本棚まで案内された。司書が眼鏡をくいっと持ち上げながら説明してくれる。
「こちらの本棚には迷宮に関する本を纏めてあります。世界中の迷宮を網羅した人気図書、『世界迷宮大全』や迷宮に関する論文を纏めた学術書など、迷宮関連で押さえておきたい必須図書はおおむね揃っております」
世界迷宮大全は個人的に面白そうだと思ったが、今は読みたい本を読んでいる場合ではない。司書の人は次に別の本棚へとレインを案内し、「こちらが魔界関連の文献や資料を纏めた本棚になります」と言った。迷宮に関する本に比べると、圧倒的に蔵書が少ない。伝説みたいな話だ。レインだって短時間とはいえ、未だにそんな世界に行ったことが信じられないくらいである。
「うーん……何か手がかりがあるかなぁ……」
「……失礼ですが、詳しい情報を頂ければ、本を探すお手伝いがもっとできます」
「あ、その……言いにくいんですけど、魔界に行く方法を探してて……何か少しでも手がかりがないかと思ってここに来たんです」
もう面倒になったので、レインは率直に目的を話すことにした。司書の女性は「なるほど」と言って顎を触って思案しはじめる。こんなことを聞いても馬鹿にしたり困ったりもせず、真剣に付き合ってくれるのだから真面目な司書である。
「……少しお時間をいただけませんか? 少しでも関連する図書を探してみます」
「……い、いいんですか!? ありがとうございます……」
「もちろん、それが司書の仕事ですから」
司書は受付の時と同じく、柔らかく微笑みながらやさしげな声を発する。
「申し遅れました。私、2級魔導司書のエウレカと申します。失礼ですがお名前を伺ってもよろしいですか?」
「俺はレインです。こちらは仲間のリザです」
「よろしくっす」
「レイン様に、リザ様ですね。では探してまいりますので、それまで少々お待ちください」
待っている間、レインは暇なので迷宮に関する本を読んだ。リザは活字が苦手らしく、読むのが面倒なので、椅子に座って足をプラプラさせながら本を読んでいるレインに時々話しかけた。
「兄貴、それは何を読んでるんすか?」
「世界迷宮大全。図鑑みたいな感じだね。挿絵がついてて分かりやすいよ」
ページを捲りながらレインは言った。以前攻略したデルヴォ迷宮についても所在する場所がしっかり書かれている。もっともその情報は未踏破であるためか「ローザンディア王国に存在する未踏破迷宮であり、謎に包まれている」としか書かれていない。
エウレカを待っていると、いつの間にか日が傾きはじめていた。リザは机に突っ伏して居眠りをしている。世界迷宮大全を読み終えたレインは魔界関連の本を読み漁っていた。
その内容は漠然としており、魔族や魔物が元々暮らしていた世界だとか、こういう世界なのだと思われるという、おおよそ空想や仮説が入り混じった情報ばかりであまり参考にならない。それに肝心の魔界へ移動する方法はさっぱり言及がなく何も書かれていない。読み終わった本を返そうとすると、そこで二人の人物がレインに声をかけた。
「レイン! 騎士団の仕事が終わったので様子を見にきましたわ。何か手がかりはありましたか?」
フランとクルツである。レインは司書のエウレカに本探しを手伝ってもらっている、と話すとフランは「私も手伝いましょうか!」と言って袖をまくり上げながら言った。本探しを力仕事かなにかと勘違いしている気がする。
「うーん。本に囲まれると、幼少期に勉強をさせられていた嫌な思い出が蘇りますわ。もう勉強はしたくありません」
「そうですね。幼い頃の姫様は陛下にテストの点数がバレないよういつも答案用紙をベッドに下に隠して……」
「わーわーわー! クルツ、私の秘密をバラすのはお止めなさい!」
「姫様、図書館の中では静かにしないといけませんよ」
そんな話をしていると、エウレカがようやく戻ってきた。表情はどこか暗い。いつの間にか王女であるフランがいることにびっくりしていた。
「第四王女のフランローズ様!? なぜこのような場所にいらっしゃって……」
「お仕事お疲れ様です。私のことはお気になさらずに。友人の様子を見にきただけですわ」
「は、はぁ……」
「エウレカさん、何か手がかりになるような本は見つかったんですか?」
レインの問いで冷静さを取り戻したエウレカは眼鏡の位置を直しながら、キリリと答えた。
「調べましたが、賢者マグヌスの書なら何か分かるかも知れません。その写本がこの図書館にあります」
「それはどういう本なんですか?」
「賢者マグヌスは神話を研究をされていた高名な魔法使いです。神話には、魔界へ赴いた魔法使いや英雄の話が多く存在します。このことから、太古にはこの世界とは異なる世界へ行く方法が存在していたとされているのです。神話研究の第一人者であるマグヌスの著書になら何かのヒントが隠されている……と私は睨んでいます。ですが、問題はここからなのです」
エウレカは一度言葉を切ってから話を続ける。
「マグヌスの書は迷宮書庫に保管されています。読むには、地下を探索しなくてはいけないんです」




