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42話 再会(1)

 現れた通路の先へ進もうとすると、ライアンが「その前にちょっと待ってくれ」と言って剣を指差した。


「魔剣カリギュラだったか。この剣、魔法武器みたいだし高く売れるんじゃないか? 持って帰ろう」

「またその話? そんなに欲しいなら好きにすればいいんじゃない。私は知らないわよ」

「突き放すようなことを言うなよ。あ。レインは欲しいか? この剣」

「いえ。なんだか邪悪な気配がするので……止めておきます」

「セシリーと同じようなことを言うんだな。でも呪いみたいなものがあるならラプラスだって使えないだろう。だから問題ないはずだ」


 と言って、ライアンは地面に転がる魔剣を持ち上げようとしたが上手くいかない。剣がまるで重たくなったようにその場所から動かせない。腕力に自信のあるライアンが何度試してみても、やはり持ち上げることはできなかった。


「はあ、はあ。駄目だ。全然ビクともせんな。どうなってるんだ、この剣?」

「優れた剣は持ち主を選ぶって言うわ。ライアンにはその資格がないってことよ。武器だって剣じゃなくて斧だし」

「ううむ……それなら仕方ないな。元々自分で使うつもりもなかったし、ここは諦めよう」


 気を取り直して先に進むと、通路の奥に待っていたのは何かの魔法的な設備だった。部屋の中央には罅割れて今にも崩れ落ちそうな石碑が置かれており、その石碑を中心として、何重もの魔法陣が地面に刻み込まれていた。


「なんの魔法陣なんだ? 俺にはさっぱり分からないな。魔法使いがいれば話は違っていたんだが」

「たぶん……転移魔法だと思います。魔法陣の術式がどことなく似ている気がします。間違ってるかもしれませんが……」


 何よりレイン自身がそうだと思いたかった。ここが行き止まりで、兄弟子のアシェルの手がかりはもう残っていないとは考えたくなかったのだ。この石碑の魔法陣を起動させれば、アシェルのいる場所へと運んでくれる。そんな淡い期待が込められていた。


「一度この石碑を調べてみますね。この魔法陣が使えるか分かるかもしれな……」


 そう言いながら石碑に触れた途端、異変が起きた。魔法陣が光を帯びて起動したのである。危険を感じたライアンとセシリーはリザの手を掴んで魔法陣の外へと逃げた。レインも逃げようとするが間に合わない。魔法陣の光の中に消えてしまう。


「兄貴ーーーーっ!!?」


 リザの叫びがどこまでも虚しく迷宮の最深部に響いた。



 ◆



 そこは洞窟だった。背後には先ほど見たものと似たような石碑が置かれている。洞窟の天井には大穴が穿たれており、星を散りばめた夜空が浮かんでいる。夜にも関わらず明るく感じるのは、周囲を飛んでいる蛍のような虫のおかげだろう。その虫が灯す青い光も相まって、どこか幻想的な空間のようにも思えた。


 おそらくここは自分たちが暮らす世界とは別の場所だ、とレインは結論づけた。そんな突拍子もない考えにすぐ至ったのは、夜空に浮かぶ月が二つあるからだ。ここにはリザも、ライアンも、セシリーもいない。魔法陣の誤作動なのか、自分だけがこの世界に飛ばされてしまったようだ。


「やっぱりここまで来たか。言っただろ、俺の予感は当たるんだよ」


 声がした。上だ。洞窟に開いた大穴から声が聞こえた。頭上を見ると、そこには見知った顔の男と、知らない女性の姿があった。どちらも宙に浮いている。女性はおそらく魔族だ。頭から二本の角が生えている。絹糸のように艶のある美しい黒髪を腰まで伸ばし、肌は生気を感じさせないほど青白い。十本の指にはそれぞれ指輪をはめている。


 そしてその隣にいる男は。間違いない。最後に会ったときよりも顔立ちがより大人らしくなっているし、服装もまるで貴族のようだが、レインはその顔を忘れたことがない。少ない手がかりを頼りに探し続け、師匠ハイトを殺した張本人のことを。


「アシェル……」


 レインはほとんどうわ言のように呟いていた。


「よう。久しぶりだな、レイン」


 優しく微笑みかける姿は以前とまるで変わらない。アシェルは自身の紫の髪を軽く触ると、女性の魔族と一緒にゆっくりと降下してきて洞窟の地面に降り立った。レインは反射的に、腰の鞘に収めてある剣の柄を利き腕で握る。


「私が処理しましょうか」

「止めろアリスマター。レインは俺の弟分なんだぜ。なるべく殺したくはないな」

「……承知しました。アシェル様」


 女性の魔族が恭しく頭を下げると、アシェルは微笑を浮かべたままレインに近寄ろうとする。


「……動くな! アシェル、なんで師匠を殺した!?」

「おいおい。殺気立ってるなぁ、レイン。でもそんな状態じゃあ話し合いもできないぜ? 少し落ち着けよ」

「俺の質問に答えろっ! なんで師匠を殺したんだ……! なんでそんなことをする必要があった!?」

「その話をすると長くなる。それに言い訳なんだけどな、先にしかけてきたのは師匠の方なんだぜ?」


 アシェルは肩を竦めて飄々とした態度を崩さない。レインは今にも飛びかかりそうな怒りの形相でアシェルを睨みつけていた。


「師匠を殺した俺が許せなくて、仇討ちのために俺を追いかけてきたのか?」

「……そうだ。でもそれ以上に何でそんなことをしたのか。そんな必要があったのか。知りたいと思ってここまで来た」

「そうか。まあ、知りたいなら教えてやるよ。別に面白くもない退屈な話だけどな……」


 アシェルは確かに師匠を殺した。だが考えてみれば、アシェル側の考えや言い分は何も聞いていない。客観的にはアシェルが悪いとしても、彼には彼なりに言いたいことがあるだろう。レインは師匠殺しに関して何も知らない。剣を抜くのは話を聞いてからでいい、と逸る自分を抑え込むように納得させた。


「俺はなレイン。誰も傷つかない、平和な世界を実現するのが夢なんだ」

「……それが師匠を殺したことと何の関係があるって言うんだ……!」

「大ありだ。俺の夢を実現するには、途方もない力が要る。世界をひっくり返せるだけの大きな力がな」


 似たような話をかつて聞いたことがある。ずっと遠い場所に自分の望んでいる力はあると、アシェル自身が語っていた。


「レイン、お前はデルヴォ迷宮からここに来たんだろ。もしかして何も知らないのか?」

「……確かに踏破はしたけど、あの迷宮のことはよく分かってない」

「ならここがどこなのかも分かっていないのか。レイン、デルヴォ迷宮はな。魔物や魔族が生まれた世界に繋がってるんだ」


 魔物や魔族が生まれた世界。神話まで遡る古い伝説にその話は残されている。かつて闇の神プルトゥナータは魔物や魔族を生み出し、彼らのための世界を創った。だが魔物も魔族もその世界だけでは満足できず、いつしか人間たちの住むもうひとつの世界を襲いはじめた。その魔物と魔族の世界を一般的に魔界などと呼んでいる。


「ここは……魔界だっていうのか。信じられない……でも」

「信じるしかない。だろ? 月が二つあるもんな。どう考えても人間の世界とは違う場所だ」

「でも……そんな世界に来たからどうなるっていうんだ。そんな簡単に大きな力が手に入るなんて……」

「そりゃ簡単ではなかったさ。でも結論から言えば『力』は手に入った」


 隣に立っていた魔族の女性、アリスマターが静かに口を開く。


「アシェル様は秘術によって魔族となり、今や魔界を統べる魔王となられました。この世界に住まう魔族と魔物のほとんどがアシェル様の配下と言ってよいでしょう」

「アシェルが……人間じゃない……!? それはどういう……!!」

「おいアリス。そういう衝撃の事実をさらっと話すなよ。タイミングってもんがあるだろ」

「申し訳ありません。事実でしたので」


 アリスマターは表情を一切変えず淡々と喋った。

 外見上の変化はないので信じられなかった。アシェルがまさか人間を辞めていたなんて。


「魔族になって10年、結構時間がかかっちまったが……おっと。こっちとそっちじゃ時間の流れが違うな。人間の世界では1年くらいか。ともかくいよいよ準備が整ったってわけだ」


 アシェルが芝居がかった仕草でレインに手を差し伸べる。


「それで最初の話に戻るんだがな、レイン。俺は人間の世界に平和な世をもたらしたい。協力してくれないか?」


 それは悪魔が甘美な言葉を囁くかのようだった。

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