41話 デルヴォ迷宮(10)
ラプラスの動きが変わった。レインとライアンの攻めに対して、冴えない防御一辺倒から一転して素早い回避を見せるようになった。いや。それをただの回避と呼んでいいのか。攻めているレインからすれば、それは先読み、末来予知めいた動きにしか見えなかった。
レインとライアンが攻撃を放った瞬間に回避が完了しているのだ。レインたちが攻撃を空振りするようになったことで隙が生まれ、ラプラスが攻める場面も増えてきた。
避けきれない。こちらがどう動くか分かっているかのように斬撃を放ってくる。こうなると防御する以外にない。ライアンは余りの反射の盾で咄嗟に防いだりして攻撃を凌いでいる。レインもそれに倣い、ラウンドシールドを召喚して使っていた。
また、セシリーがラプラスの攻撃を邪魔するかのごとく弓矢で援護射撃してくれているので、それも助かっている要因のひとつとして挙げられるだろう。でなければとっくに致命傷を食らっている。ただその弓矢も、ラプラスは軌道を知っているかのように避ける。
「……おかしいわ。思考を読まれてるみたいにこっちの攻撃が当たらないなんて」
「そうっすね。あのラプラスって魔物、両目がなんか変っす。なんていうか、凄い魔力を感じるっす……!」
「目……? リザちゃんは感覚が鋭いのね。たしかにちょっと変な気はするけど……」
リザとセシリーの会話を聞いてレインはあることを思い出した。人間や魔族や魔物の中には生まれつき魔法を宿した特殊な『目』の持ち主が現れることがある。魔眼などと呼ばれる魔法体質の一種だ。その目を宿したものは未来を見たり、見ただけで生き物を殺すといったことができるらしい。
もしラプラスがその魔眼の持ち主だとしたら。末来の動きを見ていたのだとしたら、そんな奴と普通に戦って攻撃を当てられるわけがない。まったく別の対処法が必要になる。
ちょうどセシリーもその可能性に気づいたらしく、矢を放ちながら大声でレインとライアンに話しかけてきた。矢を放った瞬間にラプラスはすでに回避行動を終えている。
「二人とも! ラプラスの目は魔眼で、未来の動きを見てる可能性があるわ! 戦法を変えましょう!」
「未来ぃ……!? にわかには信じられんが、戦法を変えた方が良いのは同感だ! このままじゃ勝てん!」
「そうですね……! 俺もそのことを考えていました。一度仕切り直しましょう!」
レインは後ろに跳んで大きく距離を取った。ライアンもそれに合わせて反射の盾を構えたままじりじりと後退する。レインもライアンも激しく息を切らしていた。攻撃を続けていたせいだろうと思っていたが、レインはそれだけではない気がした。
「ライアンさん……魔力が妙に減ってる気がしませんか? 俺たちは疲れすぎているような……」
「すまん、俺の魔力量は大してないし、魔法も使えん。だから減り具合も分からん」
「セシリーさんはどうですか? リザも!」
「あー……レイン君、私もライアンと同じよ。でも言われてみれば魔力を使ってないのに減ってる気が……」
「たぶん……兄貴の言ってることが正しいっす。確かになんかおかしいなとは思ってたんすけど……」
ラプラスは剣を握っている手をぶらんと下げたまま、攻めるでもなく待っている。
「……不可解ですね。魔力を吸われてるとしか思えない……」
「魔眼の次は魔力か。攻めすぎて俺たちが疲れてるだけじゃないのか?」
「魔力があまりに減ると、酷く疲れたり、頭痛で動けなくなることがあります。それを単純な疲労と誤認してただけで……」
「……実は私たちの魔力が吸い取られてた……ってこと?」
「おそらく。戦い始めてから、少しずつ、少しずつバレないように吸っていたんだと思います」
ラプラスの仕業か、あるいはラプラスが持つ剣の仕業か。ラプラスの剣が普通の武器でないのは見て分かる。レインの見立てでは魔法武器だ。魔法武器ならばなにかの能力があり、周囲から魔力を吸い取るといった効果を秘めていたとしても不思議ではない。
問題は吸い取った魔力を何に使うかだ。ただ吸い取るだけではあるまい。その魔力を利用して、何かレインたちを窮地に陥れるような必殺の一撃。そんな攻撃を放ってくる可能性は十分にある。そう考えると、ラプラスが今までさほど積極的に攻めてこなかった理由も納得がいく。密かにレインたちの魔力を吸い取り、大技を放つ機会を窺っていたのだ。
「汝らの推測、正解と言っておこう。我は未来を見通す魔眼を持つ。そしてこの剣の銘は魔剣カリギュラ。魔力を吸う魔法武器である」
「わざわざ教えてくれるなんて親切だな。いいのか、手の内を明かしちまって」
ライアンの言うことはもっともだ。レインとセシリーの推測は何の確証もない。ラプラスが肯定さえしなければ有利に戦いを運べたはずだ。
「汝らの力をもっと見たいのだ。この先に進む資格があるのかどうか。それを見極めることこそ我の存在意義。それに……」
ラプラスが頭上高くに魔剣カリギュラを掲げると、レインたちから吸い取った膨大な魔力が刀身から溢れ出す。これはとてつもなく不味い状態だ、とレインは本能的に悟った。この魔力をすべて攻撃に費やした攻撃が来たとしたら。今の消耗の激しいレインでも防ぎ切れるかどうか。
「汝らに我の最大攻撃を防ぐだけの力があるとは思えぬ。受けてみよ」
「っ……召喚変身、紅炎の剣士!」
大剣スヴァローグを召喚してその姿を変える。どんな攻撃かは分からないが〈紅炎の剣士〉ならば力押しでなんとかなるはずだ。というその考えはまったく甘いものだった。魔剣カリギュラが長大な魔力の刀身を形成すると、ラプラスはそれを軽々と振り下ろす。
「ぐうっ!!?」
レインはラプラスの斬撃をスヴァローグで受け止めた。重い斬撃による負荷が大剣を伝ってレインの腕にのしかかる。レインはそれを渾身の力で跳ね上げると、大剣に炎を纏わせることでカリギュラに似た、長大な炎の刀身を生み出した。
「ほう! 面白い、どちらの魔法武器が上か比べてみようではないか!」
「う……お……うおおおおぉぉぉぉぉ!!」
二度、三度、四度。激しくカリギュラとスヴァローグの刀身がぶつかり合う。その度にレインは苦しそうに息を切らした。魔力切れが近いのだ。想像以上にレインは魔力を吸い取られているようだ。このままでは〈紅炎の剣士〉の状態を維持することすら難しい。
ただ、レインとて馬鹿ではない。消耗した状態で真っ向勝負をすれば勝ち目がないことくらいは理解している。レインの役目はラプラスの注意をこちらに引きつけることだ。ライアンとセシリーにはアイコンタクトですでに意図を伝えてある。二人と一緒に戦うのはもう二度や三度ではない。それだけでだいたいの意思疎通ができる。
ライアンとセシリーが実際にどんな作戦を取るかはレインにすら分からないが、きっと上手く行くはずだと信じている。自分がラプラスの攻撃を受け止め続けているうちは、ラプラスも二人には手出しできないはずだ。そんなことをすればレインに隙を与えてしまうことになる。
もう何度目になるのか分からないが、カリギュラとスヴァローグの刀身が激突し、激しい鍔迫り合いになる。その時だ。ライアンがラプラスの背後から斬りかかった。それだけではない。死角からセシリーの矢が正確に頭を狙って飛んでいる。
いくら魔眼を持つラプラスと言えど、目で見えない死角から攻撃されては未来の動きを見ることなどできまい。つまりそれは完全な不意打ちとして成立するのだ。これは行ける、とレインは思ったが、ラプラスが一枚上手だった。鋼の尻尾が独立して動き、ライアンの斧とセシリーの矢を弾き飛ばしてしまった。
「ぐっ……これでも駄目か……! すまんレイン……!」
「幼稚な手だ。我がその程度の浅知恵で負けるとでも……」
ラプラスの言葉が途中で止まった。そのこめかみに矢が突き刺さったからだ。セシリーではない。リザである。短弓を構え、自分でもびっくりしているのか身体を大きく震わせていた。
「い……いやぁ……眼中にないと思われてそうだったんで、試しに援護射撃してみたんすけど……」
ある意味、リザはラプラスにとって死角にいる存在だった。レインたちにとってもである。リザは戦いに参加できるほどの実力がない。だから何の指示も出さず、身を守ることを最優先させていた。ラプラスは怒りの表情でリザを睨みつけ、距離を一気に詰めて魔力の刀身を形成したカリギュラを振り下ろそうとする。
「貴様ごとき……貴様ごときが、この我を倒せると思うなァァァァァ!!!!」
レインは気がついたら走り出していた。魔力が切れて召喚変身が解除される。腰の鞘から剣を引き抜き、呼吸も忘れて走った。セシリーが矢を射かけた。何本もの矢がラプラスに刺さる。それでも止まらない。末来が視えても避けるだけの余裕が無いのだろう。怒りで我を失っているとも言える。
近くで転んでいたライアンが立ち上がり、斧でカリギュラを持っているラプラスの腕を斬り落とす。続けてレインもラプラスに飛びかかるように剣を振り下ろした。肩口から刃が食い込み、心臓に達する。カリギュラの瞳が金色の光を失い、静かに崩れ落ちた。
「や、やったのか……リザのおかげだな。まぐれ当たりとはいえ、あいつもリザにしてやられるとは思ってなかったんだろうな……」
ライアンが呆然と誰に話すでもなく呟いていると、レインはリザに近寄って怪我がないか確認した。
「何もなくて良かった。リザ、助かったよ。ありがとう。でも今回は危なかったね……正直焦ったよ」
「ご、ごめんなさいっす……兄貴。ただ兄貴もピンチみたいだったしなんかしなきゃと思って……」
「謝る必要はないよ。でも特別な指示がない限りは、自分の身を第一に考えていいんだ」
リザが狙われた時、思った以上に気が動転していた。今まではリザを気にすることができていたが、今回はそんな余裕一切なかった。余裕のない中でリザが窮地に陥ったことで、レインはようやく自分の気持ちに気づいたのである。
レインはリザを自分からくっついてきた、妙な子だと思っていた。なぜ自分なんかを兄貴と慕い、一緒に旅をしたがるのか。理解できずにいた。そればかりを気にしていたが、きっかけなんて大した問題じゃない。リザはもう大切な仲間なのだ。
レインにとって大切な人とはっきり呼べる存在は少なかった。ハイトが殺されてからは一人でアシェルを探し続けていたので仲間もいなかった。自分にとってかけがえのない仲間は、リザがはじめてだった。
「わ、分かったっす。これからは無茶なことはしないっす。命あっての物種なんで。へへへ……」
話し終わると倒れているラプラスまで近づき、その死体を確認する。心臓の部位に紫色の魔石が埋まっていた。紫色の魔石は迷宮のボスである証だ。これはレインたちが迷宮を攻略したということに他ならない。
「兄貴……やったっすね! これで迷宮踏破っす! ラプラスは冒険者に新たな道を示すとか言ってたっすけど、どういう意味なんすかねぇ」
「そうだね……まだ下に階層があるのかな。それにしては通路や階段らしき場所も見当たらないけど……」
重厚な音が鳴り響いたかと思うと、壁の一部がせり上がって通路が現れる。きっとこの先にアシェルは進んでいったのだ。レインはようやく兄弟子の尻尾を掴んだような気がした。




