40話 デルヴォ迷宮(9)
76階層からはそれまでの階層に出現していた魔物と傾向が変わり、悪魔系の魔物がその大半を占めている。今まではどちらかというと鉱物系のように無機質な魔物が大半だった。悪魔系は手強い相手が多いことで有名である。
基本的に徘徊しているのはレッサーデーモンである。屈強な身体に角を生やした怪物だ。武器としてピッチフォークを持っていて、近接戦闘も強いが口から即死魔法の光線を吐いてくる。それ以外の魔法も使うことができ、確認した限り、炎、氷、雷魔法のどれかを習得しているようだ。
レッサーデーモンは一体しかいないなら問題なく倒せる。複数体現れると連携してくるので、まずレインとライアンで足止めし、セシリーが仕留めるというパターンが一番多い。こちらには反射の盾とレインのマントがあるため、魔法をある程度防げるのは大きい。
次にバフォメットという悪魔系の魔物も時折現れる。山羊の頭が特徴的である。このバフォメットは非常に強く、今まで戦ってきた中ボスクラスの強さをもっている。このバフォメットを正攻法で倒すのはかなり大変だ。もし現れた場合はレインが本気を出すしかなくなる。つまり召喚変身して、ゴリ押しで倒すしかない。
ただし上手くやり過ごす方法もある。この迷宮内において、バフォメットは罠から出現するのだ。たとえば罠に引っかかると召喚魔法が起動し、バフォメットが出現するという具合に。リザが罠に気づきさえすれば戦わずスルーできることも多い。ただこの階層まで来ると罠もかなりいやらしい仕組みをしているので、リザでも分からずに引っかかるときがある。
階層の広さも1層の頃と比べるとかなり広くなっている。そのせいか今は三日程度で1層分をようやく攻略できる程度の速度だ。レインたちは携帯食料などを買い込んで半月は迷宮内に潜ったまま探索するというやり方をしている。これは転移石を節約するためだ。転移石は高価なので、毎日街に戻っていては金がいくらあっても足りないのである。
そうなると必然的に迷宮内で眠る機会もあるのだが、その時に厄介になってくるのが76階層から出現するサキュバスとインキュバスで、夢魔とも呼ばれる。夢に現れて人間の精気を奪い、それを糧として生きる魔物たち。どこに潜んでいるのか、絶対に姿を現わさず、回復するために眠っているはずのレインたちの体力を奪ってむしろ衰弱させていく。
目を覚ませば夢魔は精気を奪えないが、そうすると睡眠不足となりレインたちはやっぱり疲労が溜まる。ある意味、夢魔が一番厄介な存在かもしれない、とすらレインは思った。おかげで万全ではないコンディションで戦わされることもかなり増えた。
100階層に到達した時、レインたちはボスを警戒して100階層に至る階段の前で転移石を使い、街に戻った。中ボスか、はたまた迷宮を守るボスそのものか。100階層からはどちらの可能性もあり得る。たっぷりと数日かけて休養するとようやく99階層から100階層へと降りた。
「いよいよ100階層か……これから先も続くのか、はたまたここが終点なのか……終点だといいんだがなあ」
「そうね……これ以上迷宮の難易度が上がったら、今の私たちで探索するのは厳しいわ」
ライアンとセシリーの言うことはもっともだ。レイン自身もそれを痛感している。迷宮探索は基本的に楽しい。楽しいのだが、そろそろ楽しいのラインを越えて苦しいの領域に到達しつつある。アシェルに関する手がかりも手に入らないし、ここらをいったん区切りにしてもいいかもしれない。
100階層は25階層、50階層、75階層と同じく、迷路型の構造ではなく、広場のような空間になっていた。その中心には一本の黒い剣が刺さっており、まるでどこかで聞いた選ばれた者しか引き抜けない剣のおとぎ話か伝説を思わせる。
「……なあセシリー。あの剣、持って帰ったら売れると思うか?」
「やめときなさいよ……すごく邪悪な気配がするもの。呪われてるかもしれないわよ」
セシリーとライアンの会話をよそに、リザの鋭敏な感覚が何かを捉えたらしく、レインのマントを掴んで背後に隠れた。腕が震えている。リザは戦いこそできないが、だからといって戦いに恐怖しているところを見せるような冒険者ではない。むしろ肝の据わってる方だ。
「兄貴……みんな。気をつけた方がいいっす。何か……来るっす」
その時だった。地面に突き立つ黒い剣の背後に、幽鬼のごとくひとつの影が現れる。影はだんだんと形を纏い、その正体があらわになっていく。身長はレインとそう変わらない。細身で、角と尻尾が生えており、両手で黒い剣を握り締めてそれを引き抜いた。
「冒険者たちよ。よくぞ最深部まで到達した。我はラプラス。この迷宮を守る番人なり」
喋った。それも人間の話す共通言語だ。見た目からして、悪魔系の魔物であることが伺える。魔物としては相当に高度な知能を有しているということだ。レインは今までそれなりに迷宮探索をしてきたつもりだが、人間の言葉を話すボスとは出会ったことがない。
「問おう。汝らは何を望み、この迷宮の最深部へ来たか。この最深部に眠りし物は、冒険者に新たな道を示すためのものである」
「新たな道……? そんなことには興味ない。俺は……アシェルという冒険者を追ってここまで来たんだ」
「ほう。聞き覚えがある。その冒険者ならかつてここへ来た。そして我を打ち倒し、この迷宮の『先』へ進んだようだ」
レインはようやく兄弟子アシェルを追う旅に手応えを感じた気がした。アシェルはやはりこの迷宮に来ていた。そしてこの迷宮の先に進んだ。それが何なのかはまだ分からないが、このボスを倒せばすぐ判明することだ。
「……それなら話が早いよ。ラプラスと言ったかな、悪いけどこの先へ通してもらう!」
「よかろう。我を打ち倒せば新たな道は開かれる。汝の実力を試してやろう」
鞘から剣を抜いたレインは、真っ先に突っ込んだ。次にライアンも斧を構えて飛び出す。セシリーは後方から弦を引き絞って矢を放つタイミングを窺っており、リザはセシリーの更に後ろで待機している。
ラプラスの実力は未知数だ。かといって臆していては何も始まらない。多少、無茶でも機先を制する。相手の空気に呑まれてしまう方が危険だとレインは判断したのだ。
レインが剣を振るう。その軌道は下から上へ振り上げる動き。逆袈裟だ。対してラプラスは持っている剣を上から下へ振り下ろして受け止めるつもりだ。その直前、振りかぶった剣を握るレインの手に魔法陣が浮かび、持っている武器が剣からウォーハンマーに変わった。
遠心力を得たウォーハンマーが唸りを上げてラプラスの剣と激突する。火花を散らす勢いで相手の剣を弾き返す。レインの手に魔法陣が再び浮かび、武器がウォーハンマーから剣に戻る。剣を左から右へ横一文字に振り抜く。ラプラスの剣は弾かれたまま上空だ。防御は間に合わない。
当然、ラプラスは回避を選択する。後方へ跳躍したが、横一文字に振るわれるレインの武器がまた変わった。今度は槍だ。軌道は変わらぬまま、ラプラスの跳躍で空いた距離が埋まる。槍の穂先がその横腹に食い込む瞬間、鋼のような尻尾がねじ込まれ、槍の薙ぎ払いを凌がれてしまう。
召喚魔法による変幻自在の攻撃にやや遅れてライアンが追いつき、ラプラスめがけて斧を水平にスイングした。重厚な両刃の斧を受け止めるには、ラプラスの剣は少しばかり華奢だ。またもや鋼の尻尾で受け止めるが、その尻尾には深い切り傷ができることになった。
「レイン、良い調子だな! このまま押し切れるかもしれんぞ!」
「ええ……! ライアンさん、一気に行きましょう!」
この時、レインは逸るあまりに気づくことができなかった。ラプラスはただ様子見をして、二人の実力を測っていただけであることを。この魔物があえてやられっ放しでいたのは冒険者の手の内を知り、本気を出すに相応しいか試していたのだ。追撃をしかけるレインとライアンには、この時ラプラスの瞳が黄金色に輝くのが見えていなかった。




