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39話 デルヴォ迷宮(8)

 51階層からの特徴として、罠や仕掛けが今までよりずっと増えた。罠に引っかからないよう、リザが的確に教えてくれるのだが、罠を避けて進もうとするとかなり探索に時間がかかる。魔物もゼーシュテルン以外にガーゴイル、ゴーレム、ミミックなどが現れる。少なくとも試しに開けた宝箱は全部ミミックだった。


 75階層に辿り着いたのは探索を再開して二か月が経ってからだった。25階層、50階層と25刻みで中ボスが出現していたので、75階層にも中ボスがいるのではないかとレインは予想していたが、その予想は見事的中することになる。


「ここは広いな。迷路でもないし……うおっ、上を見ろ! ゼーシュテルンがいっぱいいるぞ!」

「ライアン、そんなに叫ばなくても分かってるわよ。この数を全部倒さなきゃいけない……なんてことないわよね……?」

「そうっすね……ともかくどこかに中ボスがいるはずっすよ。そいつさえ倒せば次への道が開かれると思うっす」


 ゼーシュテルンたちはまるで本当の星々かのように高い天井を浮遊している。と思っていたら、一体の白いゼーシュテルンがレインたちの目の前に降下してくると、他のゼーシュテルンたちが白色の個体を中心にパズルを組み合わせるかのようにシルエットを形作っていく。完成したのは白色のゼーシュテルンを心臓とした人間のような何かだ。こいつが中ボスという認識で間違いないだろう。


 明らかに今までの魔物とは格が違う。漂う威圧感がそれを物語っている。レインはクロスボウを召喚する。同じタイミングでセシリーが弓を構えて弦を引き絞る。二本の矢が人型のゼーシュテルンめがけて飛んでいく。


 二本の矢は当たる前に弾かれた。人型のゼーシュテルンが身体に光のようなものを纏ったためだ。プロテクトオーラ。防御魔法の一種である。生半可な物理攻撃は通用しないということだ。


「人間の形をした星々……ヒューマシュテルンってところか……しかし防御魔法を使えるってのはかなり厄介だな……」

「ライアン、命名してる場合なの? でもそうね。レイン君、私たちはどうすればいい? リーダーの指示がほしいわ」

「そうですね、じゃあ――――……」


 指示を出す暇はなかった。ヒューマシュテルンが全身から即死魔法の光線を放ったからだ。何本もの光がレインたちに襲いかかる。陣形はたちまち崩壊した。ライアンはセシリーを庇って光線を反射の盾で防いだが、ガラスが砕けるみたいに盾が壊れてしまった。続けざまに上空に残っているゼーシュテルンも次々と即死魔法を撃ってくる。こちらは反射の盾とマントでも防げた。


「ライアンさん、予備の盾です。使ってください!」


 レインは召喚魔法で新しい反射の盾を呼び出すと、ブーメランの要領でライアンへと投げつけた。ライアンは盾をキャッチしてセシリーを守りながら合流しようとこちらへ走ってくるが、途中で立ち止まるはめになった。レインとリザ、ライアンとセシリーを分断するかのようにヒューマシュテルンが即死魔法を連発してくるのだ。


 ヒューマシュテルンの即死魔法は、普通のゼーシュテルンの即死魔法とは威力が違う。即死魔法に威力という表現はおかしいのだが、ともかく魔法としてのランクが違う。反射の盾では防げこそするが耐えきれずに壊れてしまう。レインのマントでもおそらく同じ現象が起こるだろう。


「召喚変身、天空の聖弓兵!」


 レインの身体を魔法陣が通過し、服装が風を思わせる装備に変わる。金属の弓ストリボーグを構えると、上空のゼーシュテルンたちが即死魔法を撃ってくる。それを避けながら、狙いをつけてヒューマシュテルンに魔力の矢を放った。ヒューマシュテルンも手をかざし、即死魔法の光線を放つ。ふたつの光が激突した。


 攻撃魔法同士がぶつかると、威力が拮抗していればおおむね相殺される。魔力の矢と即死魔法でも同様の現象が起きているのだ。この光景を見たライアンはレインたちとの合流は諦めたらしく、むしろヒューマシュテルンへの接近を試みる。


「セシリー、援護頼む! レインが即死魔法を相殺してくれているうちに接近戦でやつを倒す!」

「それはできるけど……勝手に決めちゃっていいの!?」

「打ち合わせしてる余裕はないだろう! それにこの即死魔法の雨の中、合流するのはもう現実的じゃない!」


 ライアンの言葉でセシリーも腹を括ったようだ。弓矢を構えてヒューマシュテルンに矢を撃ち続ける。上空からゼーシュテルンの即死魔法が降ってくるので、避けながらだが、それでもセシリーの弓術は正確無比だった。


 心臓の位置にある白いゼーシュテルンを狙って絶えず矢を撃ち込んでくる。もっともセシリーの矢はすべてプロテクトオーラに弾かれてしまう。だがある時、偶然レインの魔力の矢とセシリーの矢が同時に発射されると、ヒューマシュテルンはレインの矢を即死魔法で防ぎ、セシリーの矢は身体を構成するゼーシュテルンを分離させ、そいつを身代わりの盾にして防御した。


「……今のは?」


 レインの口から疑問が漏れる。なぜセシリーの矢をプロテクトオーラで防がなかったのだ。レインの魔力の矢はプロテクトオーラなど簡単に突破できる威力があるため、即死魔法で相殺するのは理解できる。だが、なぜセシリーの矢は防御魔法で防がなかったのか。我が身の一部を犠牲にするより、魔法で防御するのが普通の思考だろう。


 答えはひとつ。ヒューマシュテルンは即死魔法とプロテクトオーラを同時使用できないのだ。そもそも魔法の併用は高等技術であり、熟練の魔法使いでも二つ程度がせいぜいと言われている。それは脳で二つの物事を同時に考えるようなものであり、三つ併用できれば、その者は賢者と称えられるだろう。


「ということは……! セシリーさん、タイミングを合わせて発射しましょう!」

「ええ……レイン君、分かったわ!」


 二人は呼吸を合わせてなるべく同時に矢を射るようにした。これならば少しずつではあるが、ヒューマシュテルンの身体を削ることができる。セシリーの矢を防ぐために体の一部を分離させる必要があるからだ。構成するゼーシュテルンが減れば少しは弱体化するか、もっと上手くいけば身体を維持できなくなるのを期待できる。


 そこでヒューマシュテルンもいよいよ自身の窮地を察したようで、防御を捨て猛攻に出た。全身から即死魔法を放ち、また上空のゼーシュテルンからも即死魔法を発射させる。それでもなお、膨大な即死魔法の光線を奇跡的に掻い潜ってきた者がいる。


 ライアンだ。途中ヒューマシュテルンの即死魔法を防いだせいで、渡された予備の反射の盾まで壊してしまったが、自身の武器である斧が届く距離に達した。渾身の力を込めて、白いゼーシュテルンを狙い斧の一撃を叩きこむ。


 プロテクトオーラは発動しない。ライアンの攻撃に合わせてレインが側面から魔力の矢を放っていたからだ。魔力の矢はプロテクトオーラで防げないため、即死魔法の光線で相殺するしかない。だからプロテクトオーラを使いたくても使えない。


 阿吽の呼吸による即席の連携攻撃によって、斧が中核である白いゼーシュテルンに深く食い込む。血のようなものが勢いよく噴出するとヒューマシュテルンのシルエットが崩れた。その身体を構成するゼーシュテルンがちりぢりに逃げていく。


「や、やったのか……」


 ライアンの呆然とした呟きの後、壁の一部がせり上がって下へと続く階段が現れた。中ボスを倒すことができたのだ。レインは召喚変身を解除してライアンに近づく。


「ライアンさん、ありがとうございます! 助かりました……!」

「あ、ああ……正直に言うが、本当に運が良かっただけだ……冷静になって考えると無謀過ぎる……いまさら身体が震えてるよ」

「すみません、俺がもっと早く指示を出せてれば良かったんですけど……」

「レイン君、事前情報も何もない魔物が相手だったし仕方ないわよ。誰がリーダーでもそんな暇無かったわ」


 セシリーはフォローしてくれたが、リーダーとしてあまり役に立てなかったのは事実だ。レインはそれを内心で強く反省した。


「とりあえず、76階層に降りてから転移石の座標をセットして、今日は街に戻りましょう。みんな疲れているでしょうから」


 迷宮のボスは時間が経てば復活する。中ボスも例外ではない。75階層で座標をセットして街に戻ると、次に来たときに復活した中ボスとまた戦うはめになる。レインたちは76階層に一度降りてからマルゴットの街に戻った。


「しかし、強かったなあ。中ボスは。もう一度戦えって言われたら絶対無理だぞ。即死魔法も怖いからな」

「その話何回目よ。でも即死魔法がこりごりってところは同感ね。生きた心地がしないもの」


 その夜、レインたちは食堂で生還を喜ぶように食事をした。全員共通の感想として、即死魔法は怖いからもう戦いたくない、というものだった。しかしその即死魔法にも負けず劣らずの脅威がまだ迷宮に潜んでいることをレインたちは知らない。

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